第20話 立場と立ち位置の確認①


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 翌日、夕方。昨日は思わぬ徹夜になってしまった為か部屋に帰って酒瓶を三本開けた後、今の今まで眠ってしまったようだ。


 今日は休日であるものの、今朝からの動向が気になり仕事着に着替えて出勤と相成った。


 ……出勤は流石に大仰だな。今日は根を詰めて仕事をするつもりはなく、昨日作成した報告書を提出する為に顔を出しただけである。


 机の上に報告書を出し、推敲を始めた俺にレオが近づいて来た。


 「ヒサギ、今後の方針が決まったぞ」

 「……そうか」

 「明後日から『ハズレ枠の勇者』……シンと仲間のクリスタ、ガウが『始まりの森林』の奥地で警戒にあたってくれる」

 「そうか。これで安心できるな」

 「いいや。調査員から詳しく聞いても、死体付近に魔族の気配はなかったらしい。オレが今からもう一回確認に行くけど、油断はできねえ。何もなかったとしても、手前が安全なんて保障にはならねえよ」


 3、4人銅級を殺しただけで、残虐な性格が垣間見えるあの魔族がそそくさ逃げ帰るだろうか。そう考えるレオの見解は、ギルドマスターとして正しい。


 だが未だ解決できていない人手不足や王都に高ランクの冒険者が集められていることを鑑みれば、少々過剰であるとも取れる。


 『始まりの森林』に魔族を配置したのは、本腰を入れて攻める目標である王都からの戦力を分散させる為の陽動である、という当初の見解は、冒険者や市井の間で一切揺らいでいないのだ。


 「残った銅級パーティは手前で警戒してもらうようにする」

 「良いんじゃないか?」


 一つ、疑問が浮かんだ。


 今後の方針、そして『始まりの森林』の警戒を怠らないよう注意するところまでは分かるが、俺に詳しい配置まで話す必要があるのだろうか。


 「……でも、勇者を完全に信頼してる訳でもねえ。もし突破されたことを考えりゃ、オレはここに残らないといけねえんだ」

 「なるほど。それは良い判断だろうな。最悪の状況になっても、指揮ができるギルドマスターがいれば安心だ」


 流石に街の危険が目下に迫れば、今怯えている冒険者達も戦わざるを得ない。十数年前にあった災厄を学習しての判断であろう。


 しかし、レオが話せば話す程、疑問が深まるばかりである。


 「……あの小ちゃい獣人の嬢ちゃんが勇者パーティの索敵係らしい。けどウチのメンツを保つ為に、調査員で索敵班を作って勇者の前方で警戒する。……要するにだな――」

 「要するに、調査の手が足りないのか」


 レオが苦々しく語る様を見て、納得した。普段はこんな回りくどい言い方、俺を煽る時にしか使用しない。


 今は逼迫した状況である。レオがふざけている訳では断じてないのだ。


 「……ああ」

 「調査業務の経験が2回ある俺を、銅級パーティに随行させたいのか」

 「……すまねえ」


 歯切れ悪く言って頭を下げるレオ。最近の騒動に関して、光明が見えたとて相当疲労が溜まっているようだ。窶れており、力ない姿である。


 だが、そんなレオの懇願を受け入れるつもりはなかった。


 「悪いが、力になれないな」

 「……お前なら何とかできるだろ」

 「期待してくれているのは喜ばしい限りだ。だが俺はお前に初めて会った時、確かに線引きをしたはずだぞ」


 そう。何でもほいほいと安請け合いで前線に出るならば、それは冒険者と変わらない。


 俺が冒険者になることの誘いを拒否した理由は、魔物と相対することへの拒絶。ひいては魔族との抗争に関して無関係でありたいという立場を願ってのことだ。


 確かにここ最近はとばっちりを食らい続けていた。冒険者学校で魔族が現れた時からずるずると引き摺り、なし崩しに今のような状況になったのは、俺が踏み込むことへ躊躇しなかった所為である。


 しかしだ。幾らレオが善人であろうとも、幾ら街には良い人がいようとも。


 俺のことを誹る人物、嘲る人物がいたとしても。


 良心や私怨なぞ一過性の感情だ。そんな一個人の私情は、俺にとって切り捨てるべきものである。


 俺は誰かに縋られる程、強い存在ではないのだ。


 そして相反するように、この時代には幸運にも縋る土壌が揃った立派な存在がいる。


 「勇者はこの国、いや、人類の切り札なのだろう? ならば態々脆弱な俺に、ギルドマスターであるお前が頭を下げる必要はない。もっと勇者を頼り、調査班を分散させれば済む話だろう」


 心とは移ろいやすいものである。斯く言う俺も、この時代で目を覚まし、レオに絆されたお陰でどうにかここまで来れた。意思を微塵も揺るがさなければ会って早々見限られていたことだろう。


 だからこそ、折れない心が必要だとかどうとかの講釈を垂れる筋合いは、既に俺にない。


 必要なのは妥協点だ。さすれば同様に移ろいやすいレオの心は、勇者へと次第に歩み寄るだろう。


 「……確かにな。悪い。無理言った」

 

 レオは聡明である。俺の言葉の端々を拾い、真意を掴んでくれたようである。


 しかし、


 「……一日だ。一日だけ、考えてくれねえか? お前は人を理解しようと探るきらいがあるから、正直に言うぜ」


 ここで話が落ち着いたと思いきや、顔を上げたレオが俺を真っ直ぐ見据えた。


 「オレは街の為なら、勇者だろうが頼りねえヤツだろうが、皆を利用する。頼るとか頼らないとか、価値があるとかないとか、そんな風に見てねえんだ。オレは――生まれ育って、昔皆で守った故郷を、死ぬまで守り続けてえんだよ」

 

 それは、今までのレオの行動全ての裏付け。確かな理念の表明だった。


 全ては街を守る為に、後処理で苦境に立たないよう王都からの要請を受けた。


 市井の笑顔を絶やさない為に、自分よりも若く、未熟な、実力だけある勇者に腰を折り、頭を下げた。


 街全体を愛しているからこそ、何の力も持たない異国人の俺にさえ助力を求めた。


 俺はここまで一貫した考えを持つ者を知らない。


 少なくとも俺の母国には存在し得なかった。


 驚嘆に値する。紛れもなく、現代の豪傑だ。


 だが、それを目の当たりにしても、今の俺の考えは変わらない。


 「ああ、明日一杯は考えることにする。すまないがこればかりは即答できる問題ではない」 

 「そっか。善処してくれると助かる」


 最後にレオは笑って手を上げ、事務室を後にした。


 取り残された俺は推敲を終え、黙々と作業に徹していたユリアさんの元へ報告書の束を持って行く。


 「ユリアさん、提出用の報告書です。確認よろしくお願いします」

 「……はい」


 ユリアさんは無表情のまま俺を見ず、手から報告書を取った。そのまま流れるように文章に目を走らせる。


 ……明らかに怒っていることが窺えた。


 やがてユリアさんは報告書を読み終えると、書類を机に数回叩いて整えた。


 「……報告書に不備はありません。昨日は朝まで働いていたのですよね。早く退勤された方がいいかと」

 「はい。ありがとうございます。後はよろしくお願いします」

 「これで業務は終わりですね。……さて、今からはプライベートと」


 ユリアさんは矢継ぎ早に言い放ち、俺へ厳しい目を向ける。


 公私混同しない性格なのだろう。仕事では私情を挟みたくないからこそ、こうしてプライベートだと明確に区切りしたようである。


 俺は頷く他なかった。元々早く帰るつもりであった為、退勤を早々に認められたのは嬉しい。


 しかし、先程のレオとの対話で、ただでさえ張り詰めている現場がより緊張感のある雰囲気になってしまっていた。


 そんな状況を無視して退勤できる、というある種の特権は、有効な内に使わなければ意味を成さない。だが、有無を言わせないと目で訴えかけてくるユリアさんを前には、権利主張など無意味であった。


 「冒険者学校で知見を得たいと仰っておきながら、帰って早々ああいった言動を取られたのですか。期待外れです」

 「……変に期待を持たなくて結構です。俺はそれほど出来ていませんし」

 「その通りですね。これではあの立ち止まっている冒険者の皆さんと何も変わりありませんね」


 ユリアさんが責め立てるのは尤もだ。普段は勇みながらも、いざ魔族という格上の存在を前にすると怯える冒険者連中と、意気揚々と仕事に臨む素振り見せ、肝心の重要なことから逃げ出そうとする俺は、客観的に考えればそう大差なく映るだろう。


 だが、何故だろうか。


 どうにもユリアさんからは憤怒と取れる感情が見えてこない。多少の怒りは窺えるが、忌み嫌うような視線ではなかった。


 それよりも、何処か――


 「……それでも。外からそう見えたとしても。私は、ヒサギさんが沢山悩んで行動していらしたことを知っています」


 ――ああ、そうか。


 ユリアさんは糾弾したいのではない。


 俺に対して他の職員が向ける非難から守る為、わざと公に晒しているのだ。


 俺がどう転ぼうとも、あぶれないようにと。


 「私としては是非ギルドマスターのお力添えになって頂きたいのですが、より大事にして欲しいのは、ヒサギさん自身がどうしたいか考えることです。……私たちは空回り仲間のようですから」


 最後は恥ずかしそうに締めて、ユリアさんは微笑んだ。


 「……ありがとうございます。もう一度、前向きに考え直してみます」

 「いいえ、後ろ向きにでもいいと思いますよ?」


 ……どうやら今のユリアさんには嘘が通じないらしい。俺は思わず苦笑を漏らしてしまった。

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