第21話 立場と立ち位置の確認②


 +++

 翌日。俺は朝からドミニクの工房を訪れていた。


 「すまない、今忙しいか?」

 「……構わない」


 中を覗くと、ドミニクがいつになく急いで鉄を打っていた。それ故作業を止めるのが憚られたが、駄目で元々声を掛けると手を止めて歩いてきてくれた。ここは好意に甘えるとしよう。


 「どうした?」

 「ドミニクを紹介して欲しいと言われてな。立て込んでいるようなら後で構わないが……」

 「お初にお目にかかります。一級罠師のホウリです」

 

 俺の背後からホウリが顔を出し、ドミニクに対して綺麗なお辞儀をした。


 ユリアさんとの約束もあった手前、今日は一日自室で考え直そうと意気込んでいたのだったが、突然冒険者ギルドにやって来たホウリに呼び出されたのだ。


 曰く、武器が欲しいの。ドミニクの店を紹介してくれないかしら、とのことである。


 ホウリには先日、冒険者ギルドの人手不足が原因で半ば強制でパーティを組ませ、調査業務を手伝ってもらった恩がある。故に頼みごとは無碍にできない。


 しかし、この用件はオットーに取り次いでもらう方が早いだろうとも考えたが、コネを利用しようなんて小賢しいことは、彼女の最も嫌悪感を抱きそうな考え方である。俺は勝手にそう納得して今に至った。


 「……罠師か。ヒサギ、武器が欲しいのか」

 

 ドミニクはホウリに頷きで返すと、俺を向いて詳細を尋ねた。


 「そうだが……いいのか?」

 「ああ。魔導騎士団が使う剣なんぞ、戦場では役に立たないからな」

 

 どうやら国家魔導騎士団からの案件を進めていたようである。頭に「国家」と付いているだけあり、恐らく王国から直々に要請されていると推測できる。本当に大丈夫なのだろうか。


 「それで、罠師の。何が必要だ?」

 「……ええ、【武器強化】を一回施した棒を見繕ってもらいたくて」

 「分かった。……それと、長い。今後は要点だけ言ってくれ」


 言うが早いかドミニクは早々に踵を返した。職人気質の人間とあまり縁がなさそうなホウリが、やや面食らう。


 ドミニクはそんな様子のホウリを気にも留めず、工房内の一角へすたすたと歩いて行った。


 俺達も後を追うと、以前俺がナイフを購入した際に利用した、種々雑多な武器が並ぶ棚の前にたどり着いた。


 「生憎だが一からは製造できない。ここから適当に取ってくれ。その場で強化する」

 

 ドミニクが棚に並んだ品々を指差して言う。流石に魔導騎士団からの案件自体を放棄することはないようだ。


 「ええと……じゃあこれで」

 

 ホウリは暫し悩んだ後、鉄製の棒を手に取り、ドミニクに渡した。


 「強化内容は何にする」

 「魔法射出時の速度を上げてほしいわ」

 「分かった。代償は理解しているか」

 「効果範囲の縮小ね。罠にはあまり関係ないの」

 「……そうか」


 ドミニクは短く返事すると、早速作業台へ向かい、製造中の剣を押し退けて棒を置いた。


 彼が頷く際、感心した様子であったのを確と見た。悪いようにはされないだろうと確信する。


 「かの有名な御仁の【武器強化】、楽しみだわ」

 「儂はそんな大層な人間ではない……ほれ、出来たぞ」


 ホウリや俺が見守る中、ドミニクは手慣れた所作で鉄の棒に【武器強化】を施した。


 「試しに振ってみてくれ」

 「ありがとう……よく手に馴染むわ。頼んで正解だったみたいね」


 ホウリはドミニクから棒を受け取ると、言われた通り軽く振り、思わず驚嘆を漏らす。


 お気に召してくれたようだ。これは紹介した側も嬉しいに尽きる。


 「これで魔族と戦えるかしら?」

 「……普通の魔族ならな。武器の性能だけでは、上位魔族に遠く及ばないだろう」

 「上出来よ。後は実力で何とかするもの」


 新調した棒をまじまじとご機嫌そうに眺めながらホウリが聞くと、ドミニクは苦虫を噛み潰したような顔になった。


 だが、そんな否定的なドミニクの反応を一瞥しても、ホウリの表情は尚晴れやかである。


 「両親を守るくらい、他愛もないわ」

 「そうだな……最後は得物でなく、自分に頼れ。儂はずっとそうしてきた」

 「けだし至言ね。元金級の武器職人が言うのだから、信じることにするわ」

 「あまり老ぼれを揶揄うな」


 ドミニクは態度こそ渋いものの、ホウリとの十分に会話を楽しんでいるようだ。


 「まあ、勇者が斃れることはあるまい」

 「たしかにね。『ハズレ枠の勇者』の実力は十分だもの。でも、そういうあなたも『もしも』の時を考えている風に見えるわ」

 「当然だ。……出来は良くないが、アレでも儂の息子だ。バカ1人守れない程腕は落ちておらん」

 「杞憂ね。オットーは強いわよ」


 ホウリが臆面もなくそう言い放つと、ドミニクの口元が僅かに綻ぶ。


 ……なるほど。


 ホウリとドミニクの共通点が何となく見えてきた。


 2人にもレオの様に、戦う為の大義が存在する。


 ホウリは両親の為。ドミニクは一人息子であるオットーの為。


 この街で関わった人々は、細やかな幸せを手にする為に、大きな代償を支払っていることに気づいた。


 それは、覚悟である。


 誰も勇者を信用していない訳ではなかった。誰もが覚悟を以って、守るべき存在の為に命を懸けているのだった。


 家族や街の為に勇気を奮う彼らや彼女らを――俺は、眩しく眺めることしかできない。


 「そういえば、ヒサギ。お前は何の為に戦っているんだ?」

 「……強いて言うなら自分の為じゃないか。俺には守りたい存在などないものでな」


 ふと思い出したように訊いてきたドミニクの疑問を、俺は誤魔化し、曖昧に笑って答えることしかできなかった。


 「――そう。良かったわ。あんた、ちゃんと血の通った人だったのね」


 だが。そんな俺の瞞着を、どこか安心したような表情で肯定する者がいた。


 「……どう言う意味だ?」

 「言ってなかったかしら。あたし、あんたのこと嫌いではないけれど、好きでもなかったのよ」


 思わず首を傾げた俺に、ホウリが突然そう言い放った。


 これにはドミニクもギョッとしている。当の俺も上手く言い返せず、固まってしまった。では何故今まで俺に付き合ってくれていたのだろうか。


 良い歳をした2人の硬直した様を見ても、ホウリは笑いすらせず続ける。

 

 「ほら、あんたって主体性がなかったじゃない? エリックの時も波風立たないように、とか仕事を手伝った時もギルドの為、とか。あたしからしたらふざけてるとしか思えなかったのよ。何の欲もない人は綺麗に映るでしょうけど、あたしには虚構にしか見えないの」

  

 でも、と。ホウリが、やっと笑顔を見せた。

 

 「それが自分の為だったなら納得がいくわ。寧ろ清々しくて良いじゃない。見直したわ」


 直後、ドミニクが声を上げて笑った。


 「がははは! そうだな、ヒサギ。この街の人間は皆、清々しいのだ。お前自身、最初より随分成長したのではないか?」


 まるでレオのような、豪快な笑い方であった。


 どこか貶されているような、褒められているような。曖昧な感情が綯い交ぜになる。


 ……そうか。と思う。


 心とは移ろいやすいもの。


 俺は絆されていたどころか、変えられていたのである。


 『自分の為に戦う』。いつの間にかそんな考え方になっていたのだ。


 そう気付かされた俺は、得もいわれぬ感傷に浸っていた。


 「……腹が決まったようだな」

 「なんだ、知っていたのか」

 「いいや。お前の目が語っている」


 ドミニクが何かを察したように頷くと、俺の背中を強く押した。



 同日、昼を過ぎた頃。


 俺は冒険者ギルドの正面、出入り口の扉を開いた。


 「なんだあいつ……」「ギルドのヘボ職員だよ」「……今日はやけに気合入ってるな。何も出来ねえくせして」


 口々に漏れ聞こえる侮辱に一々耳を貸している暇はなかった。


 俺は受付付近に目的の人物が立っていることを確認し、歩み寄る。


 「ギルドマスター」

 「……ヒサギ。どうしたんだ?」

 

 深呼吸をした。


 ホウリやドミニクとの会話で理由を確かめられたとしても、未だその最奥、俺自身の行動理念の理解にまでは至っていない。


 それでも。


 「――明日の銅級パーティに随行する業務、承った」


 誰の為でなくとも、せめて自分の為に、動こうか。


 「ただ言っておく。魔族に遭遇すれば、いの一番に逃げ帰るぞ」


 胡座をかいていた冒険者連中の間でどよめきが走った。


 「はァ? あいつ自分の立場分かってんのかよ!」「そうだぞ! こんな状況でもオレらに縋りつくとか、情けねぇな!」「魔族に殺されろ!」


 非難や糾弾の嵐が巻き起こった。


 「……でも、おれらにそんなこと言う資格なくね? 現に油売ってるのっておれらなワケだし……」


 だが、その中で。ほんの一握りの、か細い声がギルド内を伝播した。


 「がははは! やってくれるな、ヒサギ!」


 レオの野太い声が後方から鼓膜を打つ。俺は振り返らずに寝室へと向かっていた。


 今から是非とも冒険者達を奮い立たせ、一日でも早く加勢に来てもらいたいところである。ここがレオにとっての正念場と言っても差し支えない。


 「聞いたか? お前ら、情けねえぞ! あんな貧弱そうなウチの職員が先に行って、可哀想と思わねえのか!」


 ……先行きが不安になってきたな。絶対に、どう考えようと可哀想だとは思わないだろう。


 「ヒサギくん……」


 ふと、受付窓口を通ろうとした際に、声を掛けられた。


 エルナさんが不安そうに俺の顔を窺っている。


 彼女としては胸中複雑であろう。


 幼少期に街が魔族の侵攻を受けているのだ。そう簡単にトラウマを拭い去ることはできないと思う。


 「……大丈夫です。冒険者学校で、勇者の勇敢な姿を目の当たりにしました。それに、最後はギルドマスターが何とかしてくれると思いますよ」

 「も〜。そういうことじゃなくて〜」

 

 ここで訝しまなくなったのも成長であろうか。エルナさんは明らかに俺を心配してくれていた。


 「野営経験もあるので、多分俺も何とかなります。安心してください」


 全てが他力本願である。自分で言っている最中で疑問に思うほどだ。こいつは本当に大丈夫なのだろうかと。


 しかしエルナさんは、俺のチグハグな解答を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。彼女も俺のことをある程度理解してくれたのだろうか。


 いや、それでは語弊があるか。


 俺が彼女らを理解しようとするみたく、彼女らも俺を理解しようと、ずっと見ていてくれたのだ。


 「やっぱりヒサギくんは変ね〜」


 そして、エルナさんは困ったように笑った。


 

 斯くして、明日より銅級パーティと共に、『始まりの森林』の警戒をする運びとなったのだった。

 

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