第22話 銅級パーティ随行

+++

 魔族警戒の業務、当日。


 『始まりの森林』入口で行動を共にする銅級パーティと待ち合わせていた俺は、やって来る彼らの姿を認め、言葉を失った。


 「相変わらず失礼なヤツだな」


 大柄な体躯、肩に担いだ斧。そして――上半身裸の、鬱蒼と生い茂る毛にへばりつくヒヨコ。


 俺が本日随行する冒険者達は、グレッグ率いる銅級冒険者3人で構成されたパーティだったのである。


 「こいつ、お前の嫌いなギルド職員じゃないか?」

 「何でギルド側はこんな使えなさそうなやつ寄越すかなぁ……」


 酷い言われようである。グレッグ以外の2人とは精々受付をしている時に事務的な会話をしたくらいだったが、彼らもグレッグと同様、俺に対してあまり良い感情を抱いていない様子だった。


 「ギルマスは何考えてんだろうね」

 「ガタガタうるせえな。後にしろ。今は仕事だろ」

 「へいへい。分かりましたよ、グレッグサマ」


 苦言を呈するパーティの1人をグレッグが窘めた。以前より彼の言動の節々には落ち着きが垣間見られていたが、ここまで言い切るとは思いもよらなかった。


 短気な性格ばかりが先行して粗暴に見えるだけで、普段は常識人なのかもしれない、とグレッグに対する認識をまた改めることとなった。


 「おい、ギルド職員。確認だが、今日は浅いところだけ探ってりゃいいんだよな?」

 「……ああ、そうだ。奥地は勇者のパーティとギルドの索敵班が警戒にあたってくれている」

 「そうか。言っとくがてめえを護衛する気なんてねえからな。俺達はいつも通り魔物を狩る。護身ぐれえ自分でやれよ」

 「勿論だ。俺のことは気にしなくていい。よろしく頼む」


 必要事項の確認をしている最中、グレッグの目が、俺の腰に携えられた鞘に留まった。


 程なくして、グレッグがフンと鼻を鳴らす。


 「少しは常識ってもんが分かったようだな」

 「たしかにあの時の忠告、非常に有難かったな。以後気をつけている」

 「……その様子じゃ、まだまだだ。男なら実力がなくても虚勢くらい張れよ。礼なんてもってのほかだぞ」


 グレッグは言うだけ言うと、『始まりの森林』に足を向けた。


 ピヨピヨ。


 胸元で寛いでいたコカトリスが鳴いたのを合図に、仕事が始まった。


 

 魔族が潜んでいることが予想されるこの『始まりの森林』に於いて、今現在活動している銅級パーティはグレッグ達だけである。


 冒険者ギルド・ウィスタリア支部の銀級冒険者の殆どが王都へと赴いている状況下で、銅級冒険者は頼もしく強力な戦力だ。


 当ギルドに限れば現役での金級冒険者が在籍していない為、そもそも銅級の需要が高いこともあり、彼らはこういった危険な依頼を臆せず受け持ってくれている時点で重宝するべき人材である。


 故に銀級冒険者への昇級も検討されていると聞く。これについては俺も大賛成である。嘆いてばかりという、有事に動かない銅級冒険者達より、渋々嘆きながらも行動する彼らパーティを上層部、もとい決定権を握るレオが推すのは大変に理に適った行為である。


 そして、肝心の昇級に際して最も重要視される実力についてだが――


 「おらああッ!」


 素早く飛び回る攻撃性の高い蜂、『アングリー・ビー』複数体を難なく討伐している様を見るに、問題ないと言えよう。


 「俺がトドメ刺したな。解体はてめえらがやれよ」

 「うわぁ……おいらが【捕縛】掛けたから、斧でも仕留められたんじゃんか」

 「うるせえ。ルールはルールだ」

 「汚ねえ! パーティリーダーのくせして狡いなぁ!」

 「さっさとやれよ。とっとと次行くぞ」


 グレッグは自慢の斧で両断した『アングリー・ビー』の解体を2人に指示すると、おもむろに懐からくず米を取り出し、コカトリスの前で広げた。


 ピヨピヨ。


 コカトリスが器用に餌を啄む様子を眺めて優雅に休憩をとるグレッグ。どういう訳か絵になるな。


 「つかボーッと立ってるんならおまえもやれよな」

 「そーだよ。何の為のナイフなのかなぁ」

 

 解体を指示された側の2人が手持ち無沙汰の俺を見咎めた。


 「蜂を解体したことがないからな。迂闊に手を出しては迷惑を掛けると思うんだが」

 「グチグチ言うな! おいらが教えてやるからやれ!」

 「それならば助かる。助力しよう」

 

 俺は2人に教えを乞い、初の魔物の解体を遂げた。『アングリー・ビー』は尻の毒針さえ気をつければ、比較的容易に解体できる部類であるようだ。


 「……なんだ、ギルド職員ってビビりばっかじゃないんだなぁ」

 

 次の解体に取り掛かろうとした折、作業をしている最中の冒険者が俺を一瞥して呟いた。


 「いいや、男性陣で死骸を触れるのはギルドマスターと俺くらいだろうか。だが、女性陣は強いぞ。この前もホーンラビットの心臓を手掴みで解体業者に渡していたな」

 「……やっぱエルナさんでもそんなんなんか?」

 「そのことについては黙っておこう。あまり言及すると俺の命が危ない」

 「くっは! すっかり調教されてやんの」

 「やっぱ尻に敷かれるのかぁ。ギルド職員も大変なんだね」


 銅級冒険者の1人が肩を叩き、俺に同情を示した。


 冒険者とはつくづく不器用な連中だな、と思う。


 何せ同じような商売敵が一堂に会し、仕事を取り合う。そしてそこにランクという階級があり、冒険者内での格差も、ギルド側が配慮しているとはいえ必ず存在するのだろう。常に殺気立つのも無理はない。


 しかし同じ釜の飯、もとい同じ仕事を共にした者に対しては非常に寛容に接する。


 全く、不器用という以外に、どう形容すればいいのだろうか。


 思えば俺も、同様にそうであると考えることが増えた。


 自分の為。最近になりようやく行動理を見つけた俺にとって、彼らの生き方は1つの到達点であったのだろう。


 何もかもが終わった俺には、やはり眩しく感じた。


 やがて解体を済ませ、グレッグ達銅級パーティと俺は再び警戒に戻るのであった。



 整えられた一本道付近の魔物を粗方討伐し、俺達は生い茂った木々が並ぶ脇道の探索を始めた。


 日がまだ高い中で、森の中は暗く、視界も悪くなった。


 「ヒサギ、あいつの粉は絶対に吸うなよ」

 「下手したら動けなくなるよ」

 「ああ。心得た」


 次なる魔物は『パラライズバタフライ』。神経を麻痺させる鱗粉を飛ばす蝶の魔物である。


 「おい、【捕縛】は」

 「もうやってるよ。さあどうぞ、グレッグ」


 銅級冒険者の1人が木魔法【捕縛】を発動した。


 発現した数本の蔦が、妖しく翅を羽ばたかせる蝶をグルリと囲み、行く手を阻んだ。


 『パラライズバタフライ』が鱗粉を飛ばそうと試みる直前、既にグレッグが大上段に斧を掲げていた。


 そして、縦に一閃。グレッグは『アングリー・ビー』と同じく、小型の魔物を器用に両断した。


 「また俺の勝ちだ」

 「なあ、酷くねえか! おいらは何もしなかったけど、【捕縛】したお前は言う権利が――」


 グレッグが汗を拭い、また休憩を取ろうとするのをパーティの1人が糾弾した。


 銅級冒険者の1人は堪らず【捕縛】を掛けた術者の方へ向き、硬直した。


 「――は?」


 そして、理解できないといったように素っ頓狂な声を上げる。


 何事かと、視線が術者に集まる。


 ――先程まで自身ありげな表情を浮かべていた術者の首が、なくなっていた。


 直後、遅れて血飛沫が舞った。


 胴だけになった冒険者が力なく倒れる。


 「――っっ!」


 グレッグは急いで斧を構えた。物言わぬ死体となった冒険者の周りに目を凝らす。


 ……。


 喧騒後の静寂。鬱然たる森林の中は、より不気味に、長く感じた。


 ザッ、ザッ、と。


 潜ませるのではなく、あくまでも堂々と、木の葉を砕く足音が近づいて来た。


 やがて、その姿を現す。


 「いやァ。勇者を出し抜けてよかったよかっタ。でもサ、モノ足りなかったんだよネェ」


 褐色の肌、額に二本の悍ましい角。獰猛に伸びた爪。――ギラつく、紅い眼。


 それは、口角を吊り上げ、卑しく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る