第13話 冒険者育成学校 実技編

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 編入から一週間が過ぎた。本日は屋外で魔法実技の日である。


 実技といっても動物や魔物は用意せず、簡易な的を設え、それに向かって魔法を撃つという至極ありきたりな練習である。


 尚、魔法の担当を受け持つ講師は急にパーティから依頼のお誘いが来たとか何とかで早々にいなくなった。自由な学校であるなとしみじみ思う。


 開始から突然自習に変わった授業であるが流石は学生、順応力が高い。皆思い思いに魔法を撃って遊んでいる。


 一方で俺は暇を持て余していたので、木陰にもたれて眠そうに欠伸をするナキトに近づいた。


 「久しぶりだな、ナキト。最近見なかったのは勉学に勤しんでいたからなのか」

 「……」


 ナキトからレスポンスは返ってこなかった。


 代わりに返ってきたのは、鋭い視線である。


 「すまない、邪魔をしてしまったか」

 「失せろよ」


 ……何故か敵意を向けられてしまった。何か癪に触ったのだろうか。思い当たる節が無くて困るな。


 まあ仕方ない。俺は気を取り直して本を読んでいるホウリの元へ向かった。


 「隣に座ってもいいだろうか」

 「……どうぞ。あんた随分嫌われてるみたいね」


 一部始終を見ていたのだろうか。ホウリは呆れ顔で俺を見た。


 「半分は意味の分からない嫌われ方が多いな」

 「そ。でもあんた自身が割り切れてるならいいんじゃない?」

 「そうだな。困る状況は少ないかも知れない。……今ばかりは例外だが」


 そう自虐すると、ホウリはクスリと笑った。


 だが、穏やかな空気とは往々にして壊されるものである。


 「なぁ、編入生の年寄りの分際で、何遊んでんの?」


 逆立った金髪の少年、エリックが俺に詰め寄った。


 「……講師がいないのでは仕方がないだろう?」

 「は? だったら頑張って的当ての練習なり一発芸なりやれよ」

 「あれくらいなら出来るからな。する必要性がない」

 「言い訳ばっかだなぁ。うぜぇよ」


 元より喧嘩腰で突っ掛かって来ていたエリックは、やはり意味の分からない理由で俺に接触を図ったようである。


 素っ気なく対応する俺にあまり面白味を見出せなかったのか、エリックはあろうことか別の人物に矛先を変えた。


 「おっさんと連んでて悲しくねぇのか? 罠師のホウリさん?」

 「……別に連んでないけどね。てか、あんたも大概暇よね。的当てしていた方が良いんじゃない?」

 「――っ、クソアマがなぁ!」


 鬱陶しそうにあしらうホウリに、エリックは憤慨した。蔑ろにされるのが嫌なタイプなのだろう。


 学生とは非常に血気盛んだなと思っていた矢先、突然エリックの手元から魔法陣が発現する。


 おそらく、的当て用に予め構成していた火魔法【火球】だ。


 「あら、いいの? 生徒間での私闘は禁止されてるけど」

 「関係ねぇなぁ!」


 まずいな。エリックは魔法を即時使用出来る状態に対し、ホウリは今から防御魔法を組み立てなければならない。


 これは明らかにホウリが不利である。焚き付けるようなことを言って大丈夫なのだろうか。


 そうこうする内に、エリックはとうとう魔法陣に魔力を注いでしまった。これで魔法行使の条件は整ったのだ。


 「流石に顔面の火傷は売れねえからなぁ? 俺が奴隷として買ってやるよ」


 邪悪に顔を歪ませるエリック。


 その様を一瞥し、ホウリはまた視線を本へ落とした。


 だが、一つさっきと違ったところがある。


 それは、ホウリの左手。親指と中指が合わさっているところだ。


 パチン、と音がした。


 ホウリが指を擦り合わせて鳴らしたのだ。


 それを契機に――エリックとホウリの間に、6本の火柱が立ち昇った。


 エリックの放たれた【火球】は、無惨にも火柱に飲み込まれてしまった。

 

 「――っあづっ――ッ!」

 「ふ、熱いの略称って『あづっ』なのね」


 ホウリがもう一度指で音を鳴らすと、火柱は忽ち霧散した。


 「で、誰を何するだっけ? 良く聞こえなかったわ」

 「――くそがッ!」


 エリックは激しく傷んだ前髪を抑えながら吐き捨てるように言い放ち、どこかへ行ってしまった。


 「エリックは防御魔法が得意らしいのに、何で攻撃しようとしたのかしら」

 「……それは初耳だな。それよりも、今のが罠というやつか?」


 エリックはどうでもいい。飄々とした顔で見送ったホウリの方に興味があった。


 「まあね。分類的には魔法だけど、魔法じゃないのよ。だから予兆が見えなかったでしょ?」

 

 魔法とは、厳密に言えば魔法陣を発現させ、魔力を注入させ放つ一連の流れのことではない。熟練者はそもそも魔法陣を出さないし、何より本人に適性がある魔法でない限り【身体強化】に留めて戦うのが基本である。


 それ故人間が扱う魔法には威力よりも秘匿性が求められてきたが、どうしても予兆――魔力の残滓が帯びる瞬間が存在するのである。

 

 しかしホウリの放った術式には、その予兆なるものが完全に存在しなかったのだ。


 「そうだな。【偽装】の処理を三重にすればあるいは近いものが出来ると思うが、威力を考えるにそれはないだろう」

 「……カマをかけたつもりなんだけど。やっぱりあんた、おかしいわね」

 「……年の功より何とやらだ」


 感心していた俺だったが、ホウリから訝しむような目で見られてしまった。ここは適当に答えるのが最善だろうか。


 「……まあどうでもいいわ。私も罠師を謳っているけど、能力をひけらかすつもりはないし」

 「俺は別に隠していないが? 【偽装】に命を賭けた時期があっただけなんだが?」

 「あ、そう」

 

 ホウリはまた読書に戻った。


 エリック退散後は、恙無く自習が終わったのであった。



 +++

 放課後。魔法の座学を受講し終えた俺は、講師から情報を聞き出して図書室へと足を向けた。


 なんでも当学校内には持ち出し禁止の貴重な本が並んでいるらしい。


 俺は高鳴る鼓動をどうにか抑えつつ、中へと足を踏み入れた。


 放課後故か、普段は盛況しているであろう図書室の中には誰1人いなかった。


 俺は閑散とした室内を歩き、目的の本――世界地図と御伽噺の本を手に取り、テーブルに置いた。


 世界地図は以前より知りたかった情報である。しかし悲しいかな、冒険者ギルドと街の書店には、地理関係の資料といえば精々周辺国と周辺の魔物の棲息地帯が書かれた書物しかなかったのである。


 もしかしてと来てみれば思わぬ副産物である。編入まで漕ぎ着けて良かったと実感する。


 俺は未だ鳴り止まぬ興奮を抑え、地図を開き――絶句した。


 西半分にはスプルース王国を中心として、周辺国、そして魔物の棲息地帯。


 本題の東半分が、殆ど全面黒く塗り潰されていたのだ。


 そして上書きされるように『魔王大陸』と白文字で書かれているだけであった。


 なるほど。道理で地図が普及しない訳だ。地図の半分が『魔王大陸』なんて、そもそも記載する意味がなかったのである。


 俺は虚空を仰いだ。


 そうか。


 俺が数十年前に傭兵として働いていたのは――東側のとある国だった。


 それが、全て魔王に飲み込まれたのか。


 こんな有り様では折角我が国を討ち取ったあの王様も、既に亡き者なのであろう。


 表現しきれない感情が湧き上がる。


 ――ここは学校だ。抑えろ。


 俺は深呼吸をした。


 気分転換がてらに、御伽噺の本――『竜討伐物語』でも読もう。


 ――。


 なるほど。これはショウタが憧れる理由も分かる。


 主人公はスプルース王国の勇者召喚に応えた剣の勇者。


 彼は魔物が跋扈する世界に立ち向かう勇敢な青年であった。


 旅の途中に前衛のドワーフ、中衛の獣人、後衛のエルフと出会いパーティを組んだ彼は、道中様々な行手を阻む魔物を切り伏せ、魔物を率いた混合生物、ドラゴンと対峙する。


 死闘の末、勇者は勇気の剣でドラゴンを斃し、国の英雄として迎えられる。そんな夢溢れる創作ストーリーであった。


 斯く言う俺もハラハラとしながら旅の行く末を見届け、最後は言葉にできない満足感が胸を一杯にした。


 一頻り感慨に耽っていると、ふと窓の外に、金髪の耳の長い少年が立ち去っていくのが見えた。


 ふむ。件の金髪の耳長少年――ナキトは、未だ俺を避けているようだ。


 地図に対しての虚無感はとうに無くなり、そんな周りの些細な疑問が俺の頭の中を駆け巡ったのだった。

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