第37話 共同調査②

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 共同調査、当日。


 本日は関所前での現地集合とのことで、俺はまだ陽も昇らない内から支度し、冒険者ギルドの裏口の扉に手を掛けた。


 「ヒサギ君」


 夜勤で働く職員に迷惑を掛けぬよう細心の注意を払ったが、どうやら見つかってしまったらしい。


 振り向くと、苦笑いを浮かべた副ギルドマスターが立っていた。


 「今から行くのか?」

 「はい。協力してもらう身の俺が遅れる訳にはいかないので」

 「そうか、良い心掛けだ」


 あくまでも共同『調査』。記録係を担うのは俺であり、ナキト達のパーティには手伝ってもらう形だ。


 それ故、体裁面に於いても彼らに恥をかかせることはしたくない。


 この程度で褒められると、どうにも気持ちが落ち着かないな。


 「緊張しているのか?」

 「それは、もう。心臓の音が騒がしくて中々寝つけませんでした」

 「……言うようになったじゃないか」


 つい柄にもなく冗談を口走ってしまったが、副ギルドマスターは優しい笑みで受け入れてくれた。


 「本当はギルドマスターから激励を受ける方が良いのだろうがね……すまない。もう王都に行ってしまわれたのだ」


 レオはいつも忙しそうだな。


 彼のイメージがそう固着し始めた昨今である。


 「いえ、そんなことありません。送り迎えというのは、誰にされても心温まるものですから」

 

 これは決して冗談でない。心からの言葉であった。


 しかし、副ギルドマスターは肩をすくめて首を振る。例によって戯言だと受け取ったのだろう。


 「……ああ。呼び止めて申し訳なかった。だが、どうしても伝えたかったことがあるのだ」

 「なんでしょうか?」


 俺が首を傾げると、副ギルドマスターは真っ直ぐ向き直る。


 「専門調査員への昇進、それからスプルース市民権の獲得、おめでとう。これは君が成長し、この街へ尽力した賜物だ。同じ職員として誇らしく思う」

 「……ありがとうございます」

 「しかし、ここで足踏みしてはならないぞ。更なる躍進の為、今後も精進し給え」

 「……はい」


 柄にもないのは、副ギルドマスターも同様であった。


 裏口の扉を開けると、冷たい空気が吹き抜ける。


 明け方の混じり気一つない空は実に澄んでおり、時折優しい風を運んだ。



 +++

 関所前で寛ぐこと一時間。


 程なくしてナキト達パーティと魔導騎士団員6人が集まった。


 冒険者と魔導騎士団は仲があまり良くない為、張り詰めた緊張感が漂うことが予想されたが、これにはアドルファが待ったを掛けた。


 「一時的とはいえ、共に行動する仲間じゃ」


 そう言うと、睨みを効かせる魔導騎士団員を抑え、ナキト、ホウリ、オットーの3人に、布で編んだ小包を渡す。


 「アタシの故郷の名産品、『お守り』じゃよ」


 友好の証とやらだろうか。そんな世話好きな老婆の一面が窺えた。


 思わず面を食らったナキト達であるが、少しして懐にしまう。アドルファの試みは成功したようだ。


 しかし、伊達に国家魔導騎士団の副団長を務めていない。


 ひとたび『始まりの森林』に足を踏み入れ、魔物との戦闘になれば――、


 「む。『パラライズバタフライ』じゃな。どれ、お主らの信用を得られるよう、頑張るかの」


 アドルファが懐より、銀で出来た十字の棒を4本、真上に投げた。


 空中に散らばった棒が、炎や水、蔦や風の塊に変幻する。


 そして、それらが一挙に蝶へと押し寄せ、ものの数秒で消し去った。


 「どうじゃ? 面白いじゃろ?」

 「……なにそれ。魔法なの?」


 余りにも一瞬の出来事であった為、皆が我を忘れ、ポカンと口を開けていた。


 ホウリが驚き疑問を口にすると、老婆が待っていたと言わんばかりに口角を上げて答える。


 「立派な魔法の一種じゃよ。勇者を研究している内に発明してな! ……この『護符』の中に、簡易な魔法陣を予め埋め込んでおくのじゃ」

 「んんっ? それならこの胸当てとかに魔法陣を埋め込めば、硬くなったりするんじゃないっすか?」

 「いんや、それは【武器強化】に該当するかの。そもそも『護符』というのは、昔の部族方が魔族退散や満願成就などの願いを込めた結晶なのじゃ――」


 怪訝に思ったオットーが自身の防具を叩きながら質問を投げる。


 対してアドルファはそれを受け、声量を上げて白熱した様子で語った。


 ……周囲の魔導騎士団員の「またか」と半ば呆れた表情を見るに、あの老婆はかなりのお喋りであるようだ。


 しかし、面白いな。


 勇者召喚の儀式に焦点を当て考えれば、確かに『願い』の力は途方もない程強いことが分かる。


 そんな無数の人々の『願い』が込められて作られた物品には、意思と言わずとも、それに似た力が宿るのだろう。


 「オットー、すまないな。以前俺は『武器に意思など宿らない』と偉そうに言ったが、どうやら例外があるようだ」

 「……あ、はい。というかヒサギさんいっつもいきなりっすね」

 「人の一生は短いのだ。謝れる時に謝っておかなければな」

 「そんでスケールがいっつもでかいんすよね……」


 オットーがやれやれとため息をつく。


 すると、そんな様子を見守っていたアドルファが首を傾げた。


 「む? ヒサギが人間だと思っておるのか?」

 「え? いや、そりゃ貫禄はやばいっすけど、顔つきが人間でしょ」

 「うむ。しかし、嗅いだことのない匂いがするのじゃが」

 「……すみません。昨晩は緊張のあまり深酒をしてしまって」


 穏やかな雰囲気から一転、辺りが静まり返る。


 「人間、すよね?」


 途端に俺を見て、アドルファに等しく首を真横に傾けたオットー。


 これには俺も少し焦ることとなった。


 「……人間でなかったら何なのだ」

 「巨人の子だった、とかっすか? 親父より酒飲むらしいっすし」

 「……」


 勿論巨人の子などではない。


 周囲の反応も同様で、皆が言葉を失った。


 「それは『竜討伐物語』の途中に出てくる種族でしょ……バカじゃないの」

 「いや、男は皆夢見るんですって! ドラゴンも絶対いますし!」


 冷めた目でオットーを罵るホウリに、彼が慌てて必死に抗議した。


 「……まあヒサギのことなんて、どうせ突いても出てこないわよ。昨日ゲテモノでも食べたんじゃないの?」

 「『アングリー・ビー』を漬けた酒を、少々な」

 「ゲテモノじゃねえか」


 ナキトがそう突っ込むのを機に、今度は皆が一歩下がってしまった。所謂ドン引き状態である。


 俺も魔が差し、あまり慣れ親しまれた味でないと知った上で口にした手前、強く出ることができなかった。


 因みに件の酒であるが、癖が強く万人受けするとは言い難いが、舌にピリリと刺激を齎し、それに総じて濃度の高い酒がマッチしていてかなり美味であった。


 「なるほど。『アングリー・ビー』を漬けた酒を食らえば、そんな匂いになるのか……興味深いのぉ」


 結果、それがアドルファの暴走に拍車を掛ける。


 「食べる魔物によって匂いが変わるということは、匂いを作り出す魔法も可能性が見えて来るのぉ。どれお主ら、今度は生かしておく故、『パラライズバタフライ』も……」

 「ふ、副団長! 冷静になさってください!」


 実験体から逃れるべく、魔導騎士団員達は躍起になって首を振った。


 「ヒサギ、オマエもそろそろ危ないだろ」

 

 再び活気を取り戻した光景を遠巻きに眺めていると、隣でナキトが皆に聞こえないよう気遣い、そう言った。


 「……そうだな」


 俺が口を開けば、ナキトからそれ以上詮索するような文言は終ぞ出なかった。


 何が、とは口にせずとも分かるものである。


 だが、俺が本当の事を言ったところで、この時代の住民が信じられる話でもないのが事実である。


 「……俺は、ただの人間でありたかったと思わなかった日は、今でもないんだ」


 これがナキトに聞こえたかどうかは分からない。


 しかし、それがずっと心の奥底で願う、他ならぬ本心であった。

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