第36話 共同調査①
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翌日、冒険者ギルドの裏口から入り、すぐ右手の階段横にある応接室にて。
レオ、ナキト、オットー、俺の4人が設られた椅子に座っていた。
先日は帰投して早々副ギルドマスターにナキトの治療を頼んだことや、レオが傷を負ったまま急いで今回の模擬戦闘について報告書をまとめ、魔導騎士団へ向かう等、何かと事後対応に終日まで追われる始末であった。
それ故に日が高くなってからの会議と相成ったのである。
「さて、昨夜はその、なんだ。悪かったな。皆に迷惑を掛けた」
「もういいだろ。続けてくれ」
この場の総意として、すっかり元気になったナキトが返答する。
実は今朝にもあった一幕だ。もはや誰も気にしていないといってもいいだろう。
レオがナキトへ模擬戦闘を持ち掛けたのは即興であり、本来ならば金級やその他の昇級にギルドマスターとの試合なんて記載はどこにもない。
だが、ナキトに限り事情が異なるということを、ギルド職員と彼らのパーティは理解していた。
つまりレオの行為は英断そのものだ。そこに目くじらを立てる者など1人たりとも存在しなかったのである。
しかし未だ釈然としない様子で、レオが眉を下げて咳払いをした。
「コホン……じゃあ、『共同調査』の概要に進むぞ」
その一言に、ホウリを始めとしたパーティの面々が居住まいを正した。
「まず目的だが、これは前の『共同調査』と一緒で、主に『
「ええ。初めてだけれど何とかなると思うわ」
「ジブンもイケますねー。大まかなことは学校で習ったんで」
「そうか。まあ夜営は向こうがやってくれるみたいだから、心配はそんなにねえと思うんだけどよ」
配られた資料によれば、『始まりの森林』と『嚠喨湖畔』の間には安全地帯なるものが存在するようだ。
厳密に言えば『嚠喨湖畔』に差し掛かった範囲であるが、比較的穏やかな性格の魔物が棲息する場所である為、魔物辞典と照らし合わせて見ても、ある程度の安全が確保出来ることが分かる。
「お前……ほんとに野営経験あるのな」
「そうだな。遥か昔のことだが、問題ないだろう」
俺の様子を見てレオがため息をついた。
この時代、野営をするのは冒険者と魔導騎士団、そしてそれらの十分な護衛をつけた商人くらいのものだ。
冒険者の存在さえも知らずに野営をしたことがあるなど、まさに向こう見ずの行いだ。疑われるのも無理ない話であった。
「というか、魔物辞典、暗記する勢いっすね……」
「大方頭に入ったが、これが中々な。若者が羨ましく思うぞ」
「ヒサギのおじいちゃん話はもういいから。ギルドマスター、早く」
オットーとの私語を咎められてしまった。
迂闊な行為であるな。以後慎むとしようか。
ホウリがレオに促すと、彼はもう一度咳払いをした。
「そんで、2日目は本格的に活動してもらって、クロッカスの宿に泊まってから、朝に出発して、夜ウチに帰って来る。予定はそんな感じだな」
「報告書はクロッカスとウィスタリアの冒険者ギルド分の2部で良いのだな?」
「そうだ。王都に出す分はこっちで精査してまとめ上げるから、それで問題ねえよ」
「了解した」
俺は確認したことを資料の空白部分にメモすると、今度はナキトを見た。
「ナキト。『嚠喨湖畔』で特に危険な魔物を教えて欲しい」
「……『ドレイク・ジョー』。……前の依頼で1人死んだ」
『ドレイク・ジョー』。
『竜討伐物語』に登場する、ドラゴンの元となった魔物だ。
鎧玉髄さえも砕くという頑強な顎に、鱗で覆われ、しなやかに動く尻尾。その体長は実にホーンラビット10匹分にもなるらしい。
「他には?」
「副騎士団長がいるんだろ。なら関係ねえな」
「なるほど。ありがとう」
俺への不信感もあるだろうに、こういったことはしっかりと情報共有を行ってくれるのがナキトだ。信頼のおける人物である。
今回同行する魔導騎士団の団員は6名と、前回の2名と比べかなり多いと感じる。
そして極め付けは魔導騎士団の副団長、アドルファの存在だ。
是が非にでも掴みたい情報が『嚠喨湖畔』にあるのだろうか。
単に以前の反省と考えるには、安直過ぎるような気もするのだが。
ナキト達を信頼したとしても、魔導騎士団までは信用しない。
「アドルファとは、そこまで強い人物なのか?」
そこで魔導騎士団と冒険者ギルド間での信頼関係を今一度探ってみることにする。
レオに質問を投げかけると、ややあって答えられた。
「あのババアは魔導師だからな。一概に比べれねえけど……客観的に見れば、オレとマレツグより強えぞ」
「……なるほど。しかし、獣人といえば武術を使うイメージがあるのだが。剣士としてはどうなんだ?」
「それを言っちゃあマレツグもエルフなのに剣士だろ。体格を見りゃ分かるが、アドルファのババアも剣は扱えねえだろう」
「……そうか。ありがとう」
なるほど。十全に理解できた。
魔導騎士団と冒険者ギルドでは、まともな信頼関係が築けていないようである。
然らば、身の振り方が自ずと見えてきた。
この『共同調査』、あくまでも頼るべきはナキト達のパーティであろう。
「他に質問はねえか?」
俺の問いに答えたところで、レオが辺りを見回すと、遠慮気味にオットーが手を挙げた。
「この依頼の報酬ってどれぐらいなんすか?」
「1人頭金貨50枚だ」
「うへぇ。そんな貰えるんすか!?」
「天下の国家魔導騎士団様だからな。羽振りが良い。勿論その分危険だけどな」
金貨50枚。『ナイトウルフ』5体分である。
これが高いか安いかは各々の金銭感覚によるが、オットーは高いと感じたようだ。
だが、ナキトとホウリの表情が芳しくなかった。
「オマエ、完全にカモにされてんぞ」
「いや、ギルドマスターも高いって言ってるし。相応の報酬なんじゃねーの?」
「教会から受ければ金貨100枚は下らないわよ……よくこんなの受けるわね」
「ま、まあ冒険者にしてみれば高い方なんだぜ! ……なまじ魔導騎士団の協力ありきだから、結構取られんだよ」
冒険者ギルドの主な収入源は、冒険者が依頼を受ける際に生じる手数料である。
スプルースからの補助を受けているとはいえ、魔導騎士団より賃金が安い冒険者ギルド職員の懐事情を垣間見れば、如何に儲けていないかの推察ができる。
恐らく今回の『共同調査』に於いても同様で、支給される予算の大部分は魔導騎士団に充てられているのだろう。
「なんか冒険者って、めっちゃ割り食ってる感じなんすね」
「……それはすまねえ」
慈善事業にも等しい便利屋、冒険者。
多くの者が夢を見て冒険に出るが、現実は斯くも厳しいのだ。
体裁の回復に努めたレオが、他2人からの抗議にあい、敢えなく撃沈した。
「物は考えようっすよ、ナキト、ホウリさん。要はめんどくさい仕事を全部押し付けりゃいいんすよ」
「元よりそのつもりよ」
「前は使えねえヤツばっかだったからな。副団長の威厳を示してもらわねえと」
……3人共、立派なパーティに仕上がっているようで、思わず感心した。
実に強かである。
オットーの言う通り、魔導騎士団に多くの資金が充てられているのなら、自分達に与えられた以上の仕事をする意味はない。
特に今回の依頼はウィスタリア市民ではなく、スプルースの発展の為だ。無理に危険を冒す必要性などないのである。
俺はそんな彼らの前途を願い、資料の空白欄にこう付け足した。
恐るるべきは魔導騎士団でなく、ウィスタリアの有望株である、と。
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