第31話 王都・オーキッド 収拾編

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 「ハイル殿、王の御前で戦うおつもりか」

 「失礼だなあ。TPOは弁えてるつもりだからね。不躾なことはしないよ」

 「ティーピーオー、とは一体なんであろうか」

 「時と場合と場所だよ。それに僕らには制約がある。ホノカと戦ったって意味がないからね」


 あわや一触即発の事態まで発展していたが、聖杯の勇者とマレツグの会話を聞く辺り、そうならないらしい。


 勇者同士の諍いなど別の場所でやって頂きたいと切に願う。しかし、王の毅然たる様子を見ると、喉元まで出掛かった言葉を引っ込めざるを得なかった。


 「ホノカ、それにレイヤもだけど、スプルースにはスプルースの考えがあって動いてる。ここは日本でもなければ、ゲームの世界でもない。良い加減気づいたら良いんじゃないかな」

 「うっさい! 聞こえない!」

 

 杖の勇者が耳に指を入れ、「あー!」と叫んだ。


 これには来賓の方々も言葉を失っているご様子。


 この状況をどうにかしなければ、勇者の立ち位置が危うくなりそうである。


 すると、今まで状況を歯噛みしながらも黙って見ていた剣の勇者が、額に青筋を立てて聖杯の勇者を睨んだ。


 「は? ゲームじゃなかったら、どうして他のヤツらは弱い? どうして人間1人捕らえられなかったんだ?」

 「皆に出来なかったからこそ、お義父様から褒めて貰っているんだろう」

 「すごいよな。日本でもゲームでもないって啖呵切ってるヤツが、いの一番にビビって王城に閉じこもってる。ハイル、お前も外に出て戦ったら良かったんだよ」

 「僕の魔法は知ってるだろうに。レイヤやホノカと違って、条件が難しいんだよ」


 ニホン、は分からないが、ゲームは母国に存在した。即ち、娯楽。


 他3人が『スキル』と呼称するものを、聖杯の勇者が『魔法』と訂正したことで、それら2つが同一のものであると理解できた。


 しかし、剣や杖の勇者は、この世界を娯楽か何かと勘違いしているのだろうか。


 ここに生きる人々を、虚構の、どうでも良い存在として捉えていた?


 金貨の勇者・シンは色を好み、魔族を斃した末、名声を得たい、もしくは誰かに讃えられたいという実直な欲望が垣間見える。


 では、剣の勇者と杖の勇者は、一体何がしたいのだろうか。


 「だったら尚更じゃないか。シンは『ハズレ枠』って呼ばれながらも戦っていたんだ。お前は逃げてただけだろ」

 「ここに来て持ち上げるのですね。ご主人様、何か言って差し上げた方がよろしいのでは?」

 「んー。貰えるものは貰えたから、とっととここを出たいんだけどな」


 剣の勇者がシンを指差して会話の出汁にすることに、エルフのクリスタが静かに声を低くした。


 当のシンは、解放されたといったように大きく伸びをして、気怠そうな表情を隠さない。


 「それで、揉めるのも面倒だから、出て行っていいか?」

 「うむ……構わない。ご苦労であったな」

 

 そして、王に向かって退出を願い出たシンは、老人が瞑目し、頷く様子を確認してそそくさと帰る準備に入った。


 「……シン。君も、力に溺れてはならないからね。僕達は今、そう強くはないんだ」

 「ご主人様、あのような無能の言葉など聞く必要はありません」

 「もういいって。ごちゃごちゃ言ってないで早く出るぞ!」

 「っ! ご主人様、申し訳ございませんっ!」


 聖杯の勇者の忠告に、クリスタが怒り、シンがそれを窘めて謁見の間を後にした。


 シンと聖杯の勇者は仲が良さそうであったが、思い違いであるようだ。


 まあこれで勇者同士の関係が大凡分かった訳だ。


 剣の勇者と杖の勇者が共に動いており、スプルースを信用していない。


 一方スプルース側に立つのが聖杯の勇者で、それらと関係なく独立して行動するのが金貨の勇者パーティ。


 完全に対立している構図だ。


 これは……勇者召喚、失敗していやしないか。儀式自体は成功したのであろうが、もう皆やりたい放題であるな。


 「……レオに、ヒサギよ。そなたらも帰って良いぞ」

 

 深くため息をついた王の言葉を機に、俺達は退室を許されたのであった。


 

 王城を出た俺達は、歩いて数分したところで立ち止まった。


 当然であるが、レオの顔が浮かない。


 魔族が動きを見せた昨今、一般人よりも遥かに強力な力をその身に宿す勇者との連携は避けて通れない。


 そんな期待の勇者があんな姿であったのなら、一つの街を長年守護してきた彼の失望は尤もである。

 

 「あのまま放り出して行っても良かったのか?」

 「……ああ。マレツグがいるからな。上手く纏めてくれんだろ」


 俺は今後の未来よりも、目下の事態に収拾がつくのか不安であったが、どうやら杞憂であるらしい。


 「あれが魔導騎士団の騎士団長か。エルフ故かどうしても若く見えるな」

 「年齢はオレと変わんねえよ。実力の方もな」

 「なるほど」


 ならば心配ないであろう。剣の勇者と杖の勇者がどの程度まで成長しているのか不明であるが、騎士団長相手にそう易々と食い下がることはできないように思える。


 「まあ、実力で言っちゃあ副団長と魔導師団長を兼任してるババアの方がもっとえげつねえんだけどよ」

 「そうなのか。ならばどうにかなりそうだな」

 「まあな……んじゃ、明日休みとってあるから、適当に帰ってくれ」

 「もう解散でいいのか?」

 「この後王都の冒険者ギルドに顔出さなきゃならねえからな。お前も疲れたろ。悪いが、先に戻っといてくれ」

 「分かった」

 

 レオも相当疲労が溜まっているはずだ。しかし今度は冒険者ギルドの本部に赴くということで、俺を気遣って宿に帰るよう促してくれた。


 「……レオ、ウィスタリアの一部になれたこと、嬉しく思う。ありがとう」


 去り際、レオの背中に向かって感謝を伝える。


 彼は鷹揚に片手を上げ、人混みに消えていった。



 +++

 日はすっかり落ち、街灯がぽつり、ぽつりとつき始めた頃。


 宿の夕飯を平げ、帰り道に買った酒を部屋で1人、嗜んでいた俺は、窓から視線を外した。


 扉がノックされる音が、静まった部屋に反響したからである。


 レオから食事の誘いだろうか。


 俺は扉の前まで近づくと、ゆっくりとドアノブを開ける。


 錆びた蝶番が鳴らした甲高い音に、目の前の人物が肩を少し強張らせた。


 俺を訪ねた人物は、レオではなかった。


 「……夜更けに申し訳ございません。私は――」

 「クリスタ、だったか。どうしたんだ」


 部屋の明かりを受け、一等輝く金色の髪。きめ細やかな色白の肌。


 そこにいたのは、金貨の勇者・シンとパーティを組むエルフの女性、クリスタだった。


 「シンが俺を呼んでいるのか?」

 「いえ、ご主人様は貴方……ヒサギさんのことを、未だ覚えていない様子です」

 「ならば、ここに来る目的が分からない。見たところシンは嫉妬深そうだ。あまり1人で来るのは感心しないな」

 

 ここで余計ないざこざを起こすなど、言語道断である。

 

 人間は寿命が短いが故、種族繁栄の為、情交に対する欲が極めて強いといえる。

 

 しかし俺に残る人間の因子は純粋な彼らと比べ、少し異なる。


 それを差し置いてもそんな気は毛頭ないのだが。


 だからこそ、金貨の勇者に勘違いされ、要らぬ揉め事に発展すればかなり面倒だ。


 「……申し訳ございません。ご主人様とは、今少しばかり距離がありまして……」

 

 突き放され、しどろもどろになり吐露したクリスタ。仲違いの原因は深く考えなくとも、謁見の間を出る間際のやり取りから来るのだろうと予測できる。

 

 ならば尚更、リスクを背負ってここに来た理由が分からない。


 「しかし、少しでもご主人様にお力添えする為にもと、街を見て回った折、声を掛けられたのです。……そこでヒサギさんの話題が出まして、どうかご一緒にと」

 「なるほど」


 何故俺の話題が出てくるのかは全く分からないが、こうして彼女が訪ねてきた理由が分かった。


 必然、彼女に声を掛け、立席させ、俺を呼びに行かせるということまでさせた、その声の主に疑問が移る。


 「して、誰が俺の名を挙げたんだ?」

 「それは、実際会うまで控えてくれとご本人が」

 「……そうか」


 この会話で、クリスタが俺に対して猜疑心を抱いている、という線が消えて一先ず安堵する。


 『始まりの森林』で魔王幹部・アモンを葬ったことは、シン率いる金貨の勇者パーティには知られていないのだろう。


 縦しんばクリスタが気付かず、シンが知っていたと考えても、自己顕示欲からなる彼の行動理念を踏まえれば直様駆けつけて来ていたに違いない。


 何しろ目の上のたんこぶである。どんなアプローチであっても接触を図ってくることは、想像に難くないのだ。


 以上の推測により、俺に目をつけているのは、クリスタを使って誘い出そうとするその人物だと限定した。


 「探るようなことをしてすまない。俺も暇だ。是非ご一緒願いたい」

 「分かりました。ついて来てください」


 こうしてクリスタに連れられ、俺は宿から出た。


 夜になり往来が減った中心街を、クリスタから距離を置いて歩いていく。


 「あの、そんなに警戒しなくとも良いのでは」

 「金貨の勇者のことを第一に考えるならば、異性との接触はなるべく減らすべきだ」

 「そ、そうですね……ご忠告痛み入ります」

 

 道中、本当について来ているか不安なのか、何度もクリスタが振り返る。


 そうしてやがて足を止めた金髪のエルフ。


 酒場のテラス席に、フードを目深に被った人物が見えた。


 「ヒサギさんをお連れしました」


 眉を下げて頼み込んできた様子と対照的に、クリスタが訝しむような冷ややかな目をフードの人間に向ける。


 「ごめんね、ありがとう」


 男か女かも判別の付かない声で、その人物は慌てて手を振り、俺を見た。


 「誰だ」


 誰何すると、その人物はまた慌てた。


 「あ、ごめん。これじゃ分からないよね」


 そして、ゆっくりとフードを上げる。


 遮蔽物もなく、露わになった彼の顔は、


 「……聖杯の勇者か?」

 「やあ。また会えて嬉しいよ、子どもを救った英雄さん」


 浅葱色の髪の、今日会ったばかりの勇者、ハイルであった。

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