第30話 王都・オーキッド 謁見編

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 謁見、と一言聞けば荘厳な様子を思い浮かべるが、人間、エルフ、獣人が暮らす国家、スプルースに於いて、頂点に君臨する人間の王の扱いは、下手をすれば種族間の格差を生みかねない。


 その為、服装や礼儀等は極限まで簡略化されており、謁見する際に着る衣装であっても特に決まりといったものはない。


 とはいえ流石にチュニック姿では忍びない。そう思っていた矢先、レオが冒険者ギルドの制服を持ってきてくれていた。何とも用意周到な男である。


 ところ変わって、スプルース王城、謁見の間に続く扉の前。


 本日何かしらのご褒美を賜る面々が一堂に会していた。


 「『ハズレ枠』が何のこのこ来てんだか。おかしいね、レイヤ」

 「そう言ってあげるな、ホノカ。何の能力も持ってなかったとしても、上位魔族を討ったんだ。シンは十分ここに来るべき人間だよ」

 「……ご主人様、あの2人の首を取ってご覧に入れましょう」

 「やめろって。俺達はここに喧嘩しに来た訳じゃないんだ。それに、あいつらは上位魔族さえ殺せなかったんだから、精々僻みだろ」

 「ぷっちーん。レイヤ、やっぱこいつ潰すわ」


 ……俺とレオが着いた頃には、もう既に殺伐とした空気が漂っていた。


 剣と杖の勇者の名前を忘れ掛けていたが、彼らはご丁寧にも名前で呼び合っていてくれたお陰で思い出すことができた。


 黒い髪に金色の眼、漆黒の鎧姿に白銀の剣を携えているのが剣の勇者・レイヤ。


 ブラウンの髪に、十字の刺繍を施したローブ――冒険者学校で習ったが、魔導騎士学校の制服らしい――が杖の勇者・ホノカ。


 黒髪に黒い眼が『ハズレ枠』の勇者・シン。隣に控えるエルフと獣人がそれぞれクリスタ、ガウ。皆冒険者学校の制服姿である。


 華やかな面子が並んでいるように思うが、クリスタやガウがいるからこそであり、勇者を一括りにすれば一見すると皆同じ顔のようで実にややこしく感じた。


 「ご主人、やるか?」

 「落ち着けって」


 幾ら寛容な謁見と言えど、今までそれで成り立ってきたのは、良識ある人々による最低限の礼儀を以てこそだ。


 この場に相応しくない罵倒の応酬に終止符を打つべく、どう仲裁しようかと迷っていると、先んじて会話を切り上げたシンがレオを見た。


 「あれ、ギルドマスターのおっさん。王様になんか用なの?」

 「実はオレ達も功績を讃えられてな」

 「そうなんだ……? 上位魔族は俺が殺したはずだけど」

 「ご主人様、他にも上位魔族と思しき者と強大な魔物が潜んでいたようです」

 「なるほど。っていってもおっさん達じゃ難しそうだからな……命からがら追い払ったのか」


 クリスタの助言に、シンが考え込むようにして言った。発言こそ見下したような内容であるが、それが彼らなりのやり取りの仕方なのだろう。


 しかしレオは額面通りに受け取ったようで、渋い顔をして拳を握りしめている。


 「ねぇギルマスってあんなゴツいおっさんだったっけ」

 「ホノカ、あれは多分王都のギルドマスターじゃないよ。武装しているし、どこか辺境の方のギルドなんだろうさ」

 「え、まじ? さっすがレイヤ! 物知りだねっ!」


 そんなレオへ更なる追撃である。


 剣の勇者と杖の勇者にとって、ウィスタリアでの一件はよくある日常の、取るに足らない一つなのだろう。


 もう少し発言について考えて欲しいところだ。


 「初めましてだな。ウィスタリアっていう街でギルドマスターをやってる、レオってもんだ」

 「初めまして。剣の勇者のレイヤだ。ウィスタリアって確か『始まりの森林』と隣接している街だったな……納得したよ。それで褒賞を貰えるのか」

 「っ……まあ市民も安全だからこそ、オレらみたいなモンでも取り立ててくれたんだな」

 「謙虚だね。今度行こうか、ホノカ」

 「そうだねー! つかレイヤと一緒ならどこでも行くよ!」


 剣の勇者は市井の安否よりも、俺達が褒賞を頂戴するに足る資格があるかどうかを考えていた。


 曲がりなりにも人類の切り札である勇者が、こんな体たらくで大丈夫なのであろうか。


 個々人、各々の人生の歩み方というものがある。それを十分に理解しているからこそ、レオが憤慨することはなかった。


 そうして会話する度に溝が生まれていく中、とうとう謁見の間の扉が開いた。


 ギギ、と軋む音が鳴り、次第にその全貌が見えてくる。


 中央の床に赤い絨毯が伸びており、三つ段を上った先、椅子に座る老人の姿。あれがこの国の王か。


 「どうぞ、中へ」


 お世辞にも上品とは言い難い会話を、黙って静観していた騎士の1人が俺達に入るよう促す。


 皆恐る恐る足を踏み入れると、既に立席していた如何にも身分の高そうな人々が小声で話し始めた。


 「あれが勇者様か」

 「思っていたよりも随分と歳若いな」

 「ウィスタリアの『獅子』もいるぞ!」

 「魔王幹部を撃退した英雄……初めて見たが、勇敢だ」


 どうやら歴戦の戦士であるレオは、国のお偉い様方の目にも好意的に映るようだ。


 勇者に引けを取らないくらいの人気ぶりである。


 「あの勇者に仕えているのは、もしやエルフと獣人ではないか」

 「多種族で構成された勇者パーティか! 我らスプルースの誇りである!」

 「それに比べ『獅子』と共にいる者はなんだ」

 「うむ、奇妙な奴ぞ」


 シンの人気については、クリスタとガウが一役買っているようだ。言われてみれば確かに、彼のパーティは他種族間での友好の証であると捉えることもできる。

 

 尤も、以前出会った際には彼のその好色を垣間見た故、政治的な面でシンが選んだ訳でないと知っている俺やレオにとっては、名状し難い感情を抱かざるを得ないのだが。


 対してレオに追従する俺の評判はというと、やはり初期の冒険者達と同様、あまり良くない。


 何はともあれ謁見の始まりである。


 俺達は所定の位置に着くや否や、一斉に左足を立て、右の膝を折り、頭を垂れた。


 頭を下げる前の数秒間、俺は豪奢な椅子に腰掛ける王と、その両側に立つ人物の姿を確認した。


 代表して年長者であるレオが王に言葉を捧げる。


 「国王陛下、お久しゅうございます。冒険者ギルド・ウィスタリア支部のギルドマスターを仰せつかっております、レオでございます。陛下の呼び掛けに応じ、馳せ参じました」

 「うむ。レオ、久しいな。そして皆の者、よくぞ来てくれた」


 王が場にいる者を労い、俺達が揃って「ははあっ」と口にする。何とも珍妙な作法である。


 「今回、ウィスタリアの冒険者ギルド、剣の勇者並びに杖の勇者、そして勇者シンのパーティは、それぞれ国家に多大な貢献を齎してくれた」


 発言する者が変わった。俺達から見て、王の左側にいる人物である。


 額の真ん中で分けた、煌びやかな金色の髪。蒼い眼に、特徴的な尖った耳。


 端正な顔つきに反し、銅は重厚な鎧玉髄製の胸当てを身につけており、杖の勇者・ホノカが着たローブと似た質感である、真紅の外套を羽織っていた。


 エルフ、魔導騎士の証、とくれば、自ずと伝え聞いた実力者の名が思い浮かぶ。


 国家魔導騎士団を束ねる長、騎士団長のマレツグだ。


 さて。そんな考えを巡らせている間にも話が進む。


 ご褒美についてマレツグが説明した後、王にバトンタッチした。


 「まずは勇者シンよ。そなたは魔族が侵攻を始めようと画策した『始まりの森林』にて、上位魔族を見事討ち取ったようだな。……よって、金貨500枚の授与と、今より『金貨の勇者』と名乗り、国家繁栄の為に精進するが良い」


 シンは正式に『ハズレ枠の勇者』から『金貨の勇者』へと改名した。


 「次に、ウィスタリアの冒険者ギルドについてだが、金貨200枚の授与と……レオの隣に控える者、ヒサギをスプルース市民として歓迎する? これは一体どういうことだ」

 「はっ。此度の魔族騒動に於いて、雇っておりました流浪人のヒサギが調査に赴き、体を張って子どもを助けました! 大変烏滸がましいこと承知の上ですが、冒険者ギルドの専門調査員であるヒサギに、身分を頂きたく存じます!」


 次に王から言葉を頂いたのは、なんと剣の勇者達ではなくレオだった。


 ふと視線を移せば、剣の勇者、杖の勇者共に大変驚いているご様子。


 まあ、今はそちらに目を向けている場合でないな。


 褒美に関して昨日レオからは話をつけていると聞いた。あの場で嘘をついたところで何ら利点がないことを鑑みれば、これが剣の勇者達を差し置いて優先した理由についての一芝居が打たれたことを意味する。


 ……しかし、分かっていても寂しいものだな。


 俺が願ってやまない緊急窓口(夜)への道が頓挫したのだ。


 冒険者ギルド内で唯一生命の危険が付き纏う職、専門調査員。


 身元の保証と引き換えに、スプルース市民として、国家の為に骨を埋める覚悟で仕事にあたらねばならない。


 「ヒサギよ。それは真か?」

 「はっ、浅学非才の身なれど、凶暴な魔物を前にして、子どもも助けずおめおめと逃げ帰るなど到底できぬことでありました」


 口でこそ美談を披露するものの、胸に抱いた不快感を消すことはないだろう。


 あの日、俺はショウタを危険に晒した上、物陰で成り行きを眺めて、見捨てる可能性さえあった。


 そんな様子を剰え脚色して良い風に語るのだから、俺も勇者達に対して偉そうに語れる程、良い性格を持ち合わせていない。


 「そうか……それは、何よりも大義であるな。ヒサギよ、スプルース市民として今後も励むが良い」

 

 ふと、威厳ある王の声色が変わる。


 無作法かも知れない。だが俺は顔を上げ、王を見ずにはいられなかった。


 王の顔は、この場にいる誰よりも、優しかった。


 輝きを放つ装飾の凝った冠によく似合う、深く刻んだ皺。伸ばしながらも清潔感がある髭。そして、慈しみを込めた柔らかな双眸が、俺を真っ直ぐと見ていた。


 「ありがとうございます」

 「うむ」


 スプルース王国が人間である王を据え置く理由が分かった。


 俺は生まれてから一度も、何万もの人を導く偉人に出会ったことがない。


 イースタシアのマザーでさえも、ラヂオ越しの誰かが伝えた、謂わば間接的なものであった。


 少なくともこの王がいる限り、国は安泰であろう。


 そう思わせる程の求心力を、彼は持っていた。


 「最後になるが、剣の勇者と杖の勇者よ。そなたらはオーキッドにて奸計を巡らせた人間を捕らえ――」

 「ふっざけんな!」


 瞬間、場が凍りついた。


 王の言葉を遮り、蹶然と礼を解いたのは、ブラウンの髪をたなびかせる少女、杖の勇者・ホノカ。


 「わたしらは王都で大勢の人が苦しんでる中、事件の主犯を捕まえたんだよ? それがなんで! こんな、たった1人ガキを助けただけの、なんもできないヤツがっ!」

 「貴様、王を侮辱するつもりか?」


 杖の勇者が激昂し、俺を指差して王を糾弾する。


 そんな中、更に場の温度を下げるように、国家魔導騎士団の団長、マレツグが冷酷な目で彼女を睨んだ。


 騎士団長の貫くような視線に思わずたじろいだ彼女だったが、1、2歩後退しても尚発言の撤回はしなかった。


 「なんで誰も王が間違ってるって言わないの? わたしは悪くないじゃん! それに、『始まりの森林』に魔族がいるって事前に分かってたんでしょ? 態々そんなとこに行く方が……」

 「見苦しいね、ホノカ」


 突如会話に入った、王の右側で佇んでいた人物。


 その姿形を認めた杖の勇者が、再び表情を変えた。


 今度は歯軋りをしながら、恨めがましい面持ちになる。


 「――っ、ハイルっっ!」


 そんな視線を受けて、依然穏やかな笑みを崩さない、彼女と同じくらいの年齢の少年。


 静謐さを想起する浅葱色に染めた髪に、柔らかな表情は些かの幼さを残す。


 「なに? インキャが頑張って髪染めて、王様に取り入れて調子に乗ってんの?」

 「話を逸らさないでおくれよ。君はこの国の王、お義父様を侮辱したんだ。甚だ遺憾だね」


 インキャ、とはよく分からないが、ハイルといった少年のことを揶揄しているのだろう。


 彼からはシン達勇者と同じような、それでいて落ち着いた印象を受ける。


 まあ、十中八九間違いないであろう。


 彼が4人目の勇者――『聖杯の勇者』か。


 「きもっ」

 「報酬の如何で駄々をこねる方が気持ち悪いと思うんだけどなあ」


 聖杯の勇者・ハイルは依然として、柔らかに杖の勇者を睥睨した。

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