第45話 アンチ・ダイアローグ

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 俺はウィスタリアを目指し、森の中をひたすら歩いていた。


 一体、どこで間違ってしまったのだろう。


 脳裏を去来するのは、つい先程の一幕。


 あの時、幾ら考えを巡らせても、最善手を打ったはずであった。


 機会を意図的に逸し、裏切っても尚ホウリ達を始末しなかったアドルファ。


 何か別の思惑が絡んでいると踏んだ俺は、彼女や魔導騎士団を殺さずに情報を吐き出させようと動いた。


 誰も死なずに場を収めることが可能だったのだ。


 しかし、ホウリは俺を王都へ急がせた。


 彼女らパーティの守るべき者が危険に曝されている訳でもないのに、だ。


 ホウリやナキトの怒りの意味が分からない。オットーがどうして冷ややかな目を俺に向けたのか、憶測できない。


 理想と現実に乖離があることを、あの3人は理解しているはずだろう。


 だからこそ、俺はそんな彼らや彼女に惹かれたのだ。


 全ての人でなく、特定の一個人の為に戦う彼らが羨ましかった。


 レオの『街の人々』の為。


 アドルファの『より多くの人』の為。


 それらも決して『全ての人』にはカテゴライズされない。


 自らで救済の分水嶺を決め、一貫してそれに従う者達に、俺はなりたかったのだ。


 アドルファが俺達を裏切っても、さして憎しみを抱かなかった所以でもある。


 たとえ魔族と共謀し、王都を混乱に陥れようとも、何か考えがあって動いているに違いない。


 行動原理が自身の考えに基づくならば、魔族と結託しようが構わない。


 ウィスタリア市民、冒険者ギルド・ウィスタリア支部の専門調査員である俺には、王都を憂慮する理由がないからだ。


 ……。


 分かっている。


 分かっているとも。


 俺が並べているのは、ただの御託だ。


 ホウリは俺を悲しいと形容した。


 空虚で強いだけの、孤高の存在だから悲しいと言ったのか。


 違うだろう。


 強さなんて何の指標にもならない。


 この世界が腕力で成り立っているならば、既に人間はいない。


 魔王か、獣人か、あるいはエルフに淘汰されているはずなのだ。


 彼女は俺に、自身が取って代わることのできない希望を託した。


 かつて同じように、この森で俺を頼りにした少女がいた。


 自分の全てを賭けて、無いに等しい望みを願った少年がいた。


 無力な俺を、受容してくれた皆がいた。


 本当の意味で、理想と現実の区別がついていないのは誰だ。


 それは、他ならぬ俺であろう。


 ずっと目を背けていた問いがあった。


 ――俺は何故、この時代で目を覚ましたのだろう。


 「……分かっている。分かっているとも」


 世界は誰の為に回っている訳でもない。


 全てのことに意味があるならば、俺が生きていたことにも理由がある。


 誰もが別の誰かを犠牲にして、薄氷の上で成り立つ世界。


 魔族や魔物の贄が人であり、市井の身代わりが勇者であり、勇者の供犠が戦う者。


 人々の願いを集めたはずの勇者は、そう強くはなかった。


 勇者もまた、救済を願って喚ばれたからだ。


 然りとて、勇者召喚の儀式は成功していた。


 集められた莫大な魔力。それを等分された未完成の勇者。


 ――俺が処刑される間際に、願ったこと。


 ただの罪人に成り下がった者に、都合の良い大義があったと知ったのなら、皆は軽蔑するだろうか。それとも、笑うだろうか。


 俺は――何処へ向かえばいいのだろう。


 ――本当は知っているはずだ。


 自分の為には、決して戦えないことを。


 つまる所、俺は勇者召喚によってこの時代に来た。


 儀式で集まった大半の魔力を消費して。


 であるならば、俺は――市井、勇者、戦う者。その全ての業を背負わなければならない存在だ。


 全く億劫になる。


 何が平穏に生きたい、だ。


 人々の願いを踏み躙り、蝕んだ。


 平和な世界を犯す癌は、俺自身だったのだ。


 俺はふと立ち止まり、暮れゆく空を眺める。


 相対するは、何の恨みも持たない魔族。


 今回ばかりは、平穏を手放す他ない。


 「……全部、お前の思惑通りだったな」


 全てのことに意味がある。


 定義付けする、何かが介在する。


 「――流石に恨むぞ、全知神」


 俺は空を睨みながらそう締めて、地面を強く蹴った。


 答えは未だ、返ってこない。

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