第44話 開場

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 『始まりの森林』南部。


 立ち並ぶ木々が、外部からの情報を断絶する中。


 魔導騎士団員の振るった剣がホウリの眼前で空を切った。


 異変はそれだけに留まらず。


 水の塊が放たれ、オットーに牙を剥く。


 たった一瞬の出来事であった。


 俺は直様別な術式を捩じ込み、【水砲】を打ち消す。


 「なんの真似だ」


 2人が唖然とする最中、俺はアドルファを臨んだ。


 「逆に、何といえば納得してくれる?」


 アドルファは表情一つ変えずに俺を見返す。


 「……ふざけんなっ! なんで……なんでだよッ!」


 状況が飲み込めず、酷く狼狽したオットーが堪らず後退った。


 そこへ魔導騎士団の1人が切り掛かり、また1人が【水砲】を装填した。

 

 割り込むように、猛烈な風が吹く。


 魔導騎士団員は器用に身を捩って【突風】を躱した。


 「オマエは前衛だろ! しっかりしやがれ!」

 「……なに言ってんだよ」

 「どう見ても分かるだろうが!」


 腕を伸ばしたままのナキトがオットーを叱咤した。


 魔導騎士団が冒険者パーティを狙っているのは目に見えて理解できる。


 だが、何故このタイミングなのだろうか。


 疑問が過ぎる。


 そもそも皆を襲う理由がない。


 いや、必ずあるはずだ。


 考えろ。


 記憶の断片をかき集め、思考を巡らせる。


 『共同調査』に同行したのは、偶然だろうか。


 ――偶然ではない。ウィスタリアの精鋭であるナキト達のパーティが指名を受けた。


 これは魔導騎士団全体の合意の上で進められていることなのか?


 ――恐らく、違う。


 こうして考えてみれば奇妙だ。


 『共同調査』に参加したのは、アドルファ率いる魔導師団のみ。


 スプルースにとっても大きな案件であるはずなのに、どうして団長が一枚も噛んでいない。


 俺を推挙したことにも意味がある?

 

 ……例えば。もしも仮に俺が、過去にアドルファが見たという英雄そのものであったのなら、態々連れてきたことに意味がある。


 ここで矛盾点が生じた。


 冒険者を貶めたいのであれば、手頃な者を見繕えばいい。


 スプルース全体で見ても屈指の実力者を同行させた理由は?


 そこで。


 新たな仮説が生まれた。


 考え得る限り、最悪のケースだ。


 「まさか……王都で何か起こるのか?」


 王都。


 オーキッドに何がある?


 何が残っている?


 危険因子はこの前排除したばかりだ。


 上位魔族を金貨の勇者が屠り、俺がアモンを殺した。


 ――残るは。


 確実に残るは、


 「――人間を魔族に変質させる、魔族がいた……!」


 冒険者学校の生徒、エリックが突然魔族に変化したことに端を発する魔族化事件。


 その実行犯と思しき人間が捕まった。


 だが。


 肝心の主犯が捕まっていない。


 点と点が繋がる。


 直後、魔導騎士団員の1人が【水砲】を撃った。


 1つや2つではない。


 たった1人で約8発、同時に発現させたのだ。


 ホウリが指を弾く。


 風の柱が3本、オットーと魔導騎士団員との間に遮るよう立ち上った。


 だが、【水砲】の勢いを堰き止めることはできなかった。


 風の柱を容易く突き破り、無慈悲にもオットーに全て着弾した。


 「――っ」


 今度は目を離したホウリが、地面に叩きつけられて何度も転がる。


 アドルファの振り翳した拳が、彼女の腹部に直撃したのだ。


 『ドレイク・ジョー』との接戦も、単なる時間稼ぎだったのだろう。


 「……お前達は、囮か」

 「頭の回るヤツじゃ。……まあ、今気づいてたとて何ら支障はないのじゃがな」


 このタイミングに仕掛けた意味もあったのだ。


 恐らく応援に駆けつけられぬよう、王都が脅威に曝された直後に示しを合わせて動いたのだろう。


 文字通り、水面下で画策していたのか。


 しかし、またしても疑問点が残る。


 慰労会で毒を混ぜれば、簡単に抹殺できた。


 『ドレイク・ジョー』戦で妨害を仕掛ければ、事故死に見せかけられた。


 今のであってもそうだ。


 アドルファ手ずから十字を投げてホウリを捕縛すれば、魔導騎士団員が容易に首を刎ねる機会があったのにも拘らず、彼女らはそうしなかった。


 「……アドルファ。お前は、本当は彼らを殺したくないのか?」

 「そんな訳なかろう」


 俺の一言に触発されるように、アドルファが懐から十字を取り出した。


 あの一撃で確認できたが、アドルファは獣人本来の戦い方、近接戦で用いる体術も完璧に会得しているはずだ。


 ここまでひた隠しにし、策謀を巡らせたアドルファであるならば、分かるはずなのだ。


 その一手が無駄だと。


 ――脚力の強化。摩擦抵抗の軽減。


 刹那、アドルファに肉薄した。


 目と鼻の先まで迫る。


 ――威力、耐久力の上昇。


 【武器強化】を施した拳が、アドルファの手首を折った。


 間髪入れずに俺へと群がる魔導騎士団。


 剣の扱いや身のこなし方も、『ドレイク・ジョー』戦とは大きく違い、洗練されていた。


 魔法の質も数も、随分と高い。


 だが、甘い。


 彼らの照準を合わせた先に、俺はいない。


 地を離れ、木を足場に跳び移る。


 腰を屈めた剣士の側頭部を蹴り、体を捻ってもう1人の背中に拳を叩き込む。


 アドルファへ治癒魔法を放とうとする団員の手を握りつぶし、【火砲】を構築した者の顎を膝で突き上げた。


 残る1人の髪を引っ張り上げ、顔面を手で鷲掴みにして床面へ放り投げる。


 これで制圧完了だ。


 「……化け物じゃな」


 真反対に曲がった手を軽く振り、口を開けたアドルファ。


 「安心しろ、まだ殺していない」

 「……ほう。アタシに要求でもあるのかね?」

 「お前が情報を洗いざらい吐いてくれればいい。虚偽や遅延、その他諸々の意に反する行為をすれば、こいつらを順次消していく」

 

 地面に転がった、それも気を失っている団員達だ。


 首を捻れば簡単に殺せる。


 「……舐めんじゃないぞ。若造が」


 アドルファが目に見えて怒った。


 【身体強化】を纏い、余った手で魔力を練る。


 魔導騎士団の副団長を務める辺り、やはり今御した彼らとは一線を画すようだ。


 「――ヒサギ、待って!」


 アドルファの一挙手一投足に目を凝らしていると、不意にホウリの叫び声が聞こえた。


 ……ノイズだな。


 「待つ必要があるのか? あいつは明らかにお前達を狙っていたのだぞ?」

 「アドルファは、あたし達が倒すっ! だから早く王都に行って!」

 「……向こうはもう魔族が湧き出ているかもしれないのにか。無意味だ。あいつを片付けてからでも遅くは――」

 「こんな時にふざけてる場合? 王都にはギルドマスターも行ってる。陥落すれば、すぐにウィスタリアが狙われるのよ!」

 「各々が守りたい者の存在は把握しているつもりだ。お前達の中に、王都に住まう大切な存在がいるのか?」

 

 冒険者とは、市井を守る為に結成された組織ではない。


 それは魔導騎士団の仕事だ。


 俺の推測が間違っていなければ、騎士団長のマレツグが頑張ってくれているはずだ。


 それに、勇者が4人もいる。


 彼らはレオにこそ劣るが、金級相当の実力がある。


 磐石の体制だ。レオも彼らに仕事を任せ、ウィスタリアに帰ればいい。


 俺が今ここでアドルファを下し、ホウリ達冒険者が全員で駆けつければウィスタリアは何とかなりそうである。


 レオは街の人々の為に。ホウリは両親の為に。ナキトは姉のナナの為に。オットーは自分、あるいは親のドミニクの為に戦う。


 ならば万事解決と言えるのではなかろうか。


 「なに、言ってるのよ……」


 しかし、返ってきた答えは絶句そのものであった。


 「あたし達は、自分達にとって大切な人だけを守りたいって、そう思ってるって考えてたの……?」

 「……違うのか?」

 「冒険者学校の友達は? 教会の皆は? 街に住んでる、何の罪もない人は?」

 「人には手の届く範囲というものがある。そんなもの、有事になれば切り捨てなければならないことくらい、お前も分かっているはずだろう?」

 「っ……最低ね」


 ホウリが何を言いたいのかが分からない。


 今この状況で問答する暇などないのに、どうして余計なことを考えている?

 

 幸いアドルファに動きはないが、彼女に隙が見つかれば直ぐにでも中断できる話である。


 だが、直後。


 俺の背中へ向かって魔法が撃たれた。


 魔導騎士団員は皆その辺りに寝転がっている。


 勿論アドルファでもない。


 その魔法は、風魔法【風砲】であった。


 俺がここで振り返れば、アドルファに背中を見せることになる。


 俺はアドルファの動向を伺ったまま、ナイフを抜き、背中越しに【風砲】に得物の腹を当てた。


 ――威力の減少。射出速度の遅滞。


 ちぐはぐな【武器強化】を【風砲】に撃ち込むことで、術式構成が乱れ、風の塊が大気へと帰る。


 「……一体どうしたのだ?」


 殺気を隠せていない。そして、荒い。


 術者はナキトで確定した。


 「……邪魔だ。今すぐ消えろよ」

 「何が気に食わないのだ」

 「全部だ」

 「何故だ? お前達がアドルファに同情する理由が分からない」

 「あいつに同情してんじゃねえよ。オマエが邪魔なんだよ」

 

 彼の心情もまた、理解できない。


 どうして俺を憎む必要があるのだろうか。


 「構わないが、せめてアドルファだけでも始末を――」

 「邪魔だって言ってんのが聞こえねえのかッ!」


 後ろでナキトの怒鳴り声がした。


 俺はどうしてか理解できず首を傾げていると、オットーが肩を叩いた。


 「ヒサギさん。ホウリさんとナキトが言った通り、ここはジブンらが請け負うんで、帰ってくれないっすか?」

 

 ……3人共に言われるのであれば、仕方がない。


 腑に落ちないが、王都へ向かうとしようか。


 「……分かった」

 「お願いします」


 オットーが俺を通り過ぎる間際、一瞥した顔には、侮蔑がありありと浮かんでいた。

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