第2章 4人の勇者
番外 遏・諱オ繧貞セ励陋
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「蛇って不思議な生き物ですよね。ある時は神聖視され、またある時は悪魔の使いと忌避される。しかし私はとても好きなのですよ。
おっと、勘違いしないで頂きたい。見た目が良いとか、そもそも爬虫類が好きだとかいう話ではありませんよ。人々の願いに沿うよう形而上の在り方を変え、救いを齎してくれる存在そのものを愛しているのです。
そんな私だからでしょうか。変化が訪れたのは……肉を食べた時です。蛇の肉を。
頭も目も舌も皮も心臓も肺も肝臓も胃も膵臓も胆嚢も腸も精巣も腎臓も。生きていた彼にフォークを刺して、私自身の口で味わったのです。
素晴らしいでしょう? 万物を堪能したのです!」
秋の冷えた空気が吹き込む牢屋の中は、声がよく響く。
1人の囚人が鼻息も荒く滔々と語った。
そのチグハグな文言を受け、憲兵は辟易したように隣の同僚へ顔を向けた。
「ずっとこんな調子だ。気持ち悪くて満足に聞き出せねえ」
「異常者だな。勇者サマが連れてきたのは、こいつで本当に間違い無いのか?」
「ああ。角が無くなって目の色が変わるのを目の前で見たらしい。念の為に聞き込みしたが、市民もみんな同じだとさ」
憲兵2人がもう一度侮蔑を込めた目で囚人を眺める。
「私はへいわが好きなのです。人々は身に余る幸福を避けますが、時代を推し進めるのにこれ程都合の良いものはありません。
しかしれいじゅうは嫌いです。海の深さを知る魚は空の広さを知らない。大空を羽ばたく鳥もまた、海の深淵を覗き得ないのです。非常に悲しいことだと思いませんか。
さりとてちからは好きです。いやはや、世界の真理というものは大変広いものです。やがて愚鈍な我々に識る悦びをお与えになられるでしょう」
白く変色した長髪。痩せこけた頬に、歪に上げた口角。
囚人は瞳孔を開いたまま、瞬きさえしない。
「うるせえからお灸を据えてやろうぜ」
「……まったく。殺すなよ」
囚人に対し嫌悪感を募らせた憲兵の1人が、悪趣味な提案をする。
同僚の彼はため息をつきつつ、顔を背けた。
「おい、食事の時間だぞ」
「嗚呼! 最大の感謝を! 我々に施しを!」
声を掛けると歓喜に震えた囚人が近寄り、鉄格子を握る。
その瞬間、憲兵が囚人を殴りつけた。
鈍い音が鳴る。憲兵はよろめいた囚人の服を掴み、もう一度引き寄せ、また拳を振るう。
「あ? あがぁあ――」
「ペラペラ喋んじゃねえよ。お前が喋っていいのは、魔族の居場所だけだろ」
今度は憲兵が口の端を歪めた。
しかし、口を噛み血だらけになった囚人に堪えた様子は見られなかった。
「ああ――素晴らしい本能の露呈! アナタはちからを愛している! 私が受け止めましょう! そして、心から願うのです。どうかどうかどうか!」
まるで喜びを表すかのように、自ら鉄格子に頭を打ちつける囚人。憲兵は思わず一歩下り、顔を引き攣らせた。
「なんだよこいつ……まじで気持ち悪りぃ」
「剣の勇者と杖の勇者にもう一度確認を取れ」
「あのガキ共、オレらを見下してて来ねえんだよ……」
「それでもだ。あの囚人は一度ここから出して医者に診させるよう進言しろ」
衆目の中変貌したという人間の実行犯。
だが同僚には、精神を汚染されたただの狂人だと疑わずにはいられなかった。
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