第42話 共同調査⑦

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 ウィスタリアの市民となった今、王国の法に則り、俺の自由はある程度保証されている。


 このまま冒険者ギルドの専門調査員として細々と働き、平坦な人生を謳歌するのが目標であった。


 叶うのなら魔物や魔族とも戦いたくないし、こうして死地に赴くのも避けたいのだ。


 しかし、この時代は。否、この世界は。


 昨日アドルファが語ったように、誰もが別の誰かを犠牲にして、薄氷の上で成り立っている。


 魔族や魔物の贄が人であり、市井の身代わりが勇者であり、勇者の供犠が戦う者だ。


 では、俺は。


 その法則に従うのであれば、歴とした役割が存在するではないか。


 「ナキト、残存魔力はどれくらいある?」

 「……あと【風砲】が2回撃てる」

 「十分だ」


 俺は背負った荷物を降ろし、手に持ち替えてナキトに見せる。


 「『ドレイク・ジョー』が口を開けたタイミングで【風砲】を一度撃ってくれ」

 「……分かった」

 「ホウリ、このカバンが次に接触することを条件に、【発火】するような罠を仕掛けて欲しい」

 「良いけど、何をするのかしら?」

 「見ていれば分かる」


 『ナイトウルフ』戦で指示したのと似た文言である。


 ホウリから承諾を得たことで、俺は頷き今一度状況を確認する。


 アドルファ達魔導騎士団には『ドレイク・ジョー』を仕留める決定打が存在しない。


 それ故の無意味な攻防である。


 幾度も【水砲】を受けているはずの『ドレイク・ジョー』は、しかし微塵も痛痒を感じていない様子で俺達を補足し、魔導騎士団の間隙を縫って襲撃を仕掛けてきた。


 アドルファが警告したもう一つの半透明な口も遅れて追随する。


 あれは十中八九何らかの魔法に分類されるのであろうが、解析に掛けられる時間がない。


 水面を滑るように加速する巨魚が、一網打尽にせんと大口を開ける。


 到達まで約3秒。


 「撃て」


 1秒。俺は手荷物を『ドレイク・ジョー』の中へ投げ込んだ。


 2秒。魔力を装填したナキトが【風砲】を放ち、それを押し込む。


 3秒。舌に触れた荷物が、爆発を起こす。


 『ナイトウルフ』の時のような小規模のものではない。


 建物を一棟丸呑みできる程の口腔内を蹂躙せしめる威力であった。


 『ドレイク・ジョー』は俺へと到達する寸前でのたうち回る。


 例え外殻が硬い鱗で覆われていようとも、顎が鎧玉髄を粉砕する域であっても、柔い箇所は必ず存在する。


 「なによ、本当に【発火】程度のしか発動させてないわよ……」


 時間の都合か、はたまた注文通りに応えてなのか、確かに火魔法【発火】に類するような着火源だけであった。


 「荷物の中に酒と野営用の着火剤と……だな」

 

 言葉を締めるにつれ、意図せずして声音が下がってしまう。


 それが含みのある言い方になった為、ホウリが思わず戦慄した。


 「まさか……一瞬であの魔物を殺せる毒とか?」

 「……違う」


 報告書である。


 クロッカスに持っていくはずの大事な報告書が志半ばで燃えたのだ。


 非常に惜しかったが、悔やんでいる暇などない。


 苦しみ悶える『ドレイク・ジョー』に隙を見つけて、魔導騎士団が追いかけて来た。


 ここで混戦になれば、また膠着状態に逆戻りしかねない。


 「オットー、姿勢制御が苦手だろうが、何とか頑張ってくれ」

 「……へ?」


 俺は次の行動に移った。


 目を点にしたオットーの背中を掴み、『ドレイク・ジョー』の頭上を狙って投げる。


 「あれだけ曲がりくねっているのだ。背中にも関節がある。そこが弱点だ」

 「ちょ――」


 言うが早いか俺が手を離すと、オットーは放物線を描き、『ドレイク・ジョー』の背鰭へと向かって行く。


 そして空中で軽く息を吐き、【身体強化】を発動した後、回転するように斧を振り下ろした。


 「……ホウリ、ナキト。オットーが落ちた際に受け止めてくれ」

 

 俺が助言した通り、オットーが放った一撃は的確に『ドレイク・ジョー』の椎骨まで食い込んだ。


 しかし、ただで終わらないのが竜もどき。


 半透明の口が、オットーの首を噛み千切らんと迫る。


 俺は鞘に収まったナイフを抜き、腹を使って水面ごと振り上げた。


 水飛沫が舞い上がる。


 これで『ドレイク・ジョー』までの導線が確保できた。


 腰を屈めて、跳ぶ。


 嚠喨湖畔りゅうりょうこはんの水は特殊な性質を持っている。


 曰く、心臓の鼓動と水面の共鳴。


 水は重力に従って再び水面を目指すが、同時に独立した足場としての役割を果たした。


 そして――、


 水に足を掛け、瞬きの間に『ドレイク・ジョー』の背中へとたどり着く。


 「ありがとう。後は休んでいてくれ」


 俺はオットーの背中を掴み、ナキトの【風砲】が及ぶ範囲に落とした。


 直後、魔導騎士団5人の【水砲】とアドルファの十字が撃ち込まれた。

 

 今まさに肉薄する半透明の口とは違い、【水砲】は当然のこと、アドルファの『護符』を用いた魔法も解析済みだ。


 工程の接合部に術式をねじ込む。


 「なっ!?」


 全ての魔法が忽ち霧散した。


 俺は眼前の、突き刺さった斧を力任せに引き抜き、【】を掛ける。


 ――射出速度の上昇、着弾時の破壊範囲を広域化。


 斧を水平に薙いだ。


 半透明の口が、粉々に砕ける。


 「終わりだ」


 大上段まで運んだ斧を、オットーが突き立てた場所に振り下ろした。


 ――瞬間。


 『ドレイク・ジョー』が破裂する。


 着地した俺の背後から、轟音が鳴った。


 破壊範囲を広げた余波だろう。


 バラバラになった巨魚の肉片が水面を揺らし、何本もの噴水が上がった。


 「助かった」


 手筈通り、落下したオットーはナキトとホウリの補助により無事なようだ。


 俺はオットーの所まで歩み寄り、斧を返した。


 「……やっぱ、えげつないっすね」

 「なに、オットーなら少し頑張ればこのくらいできる」

 「いやできませんって」


 お世辞でなく、事実なのだが。


 「……」


 何はともあれ、万事解決だろうか。


 「ヒサギッ! お主、何をしおったのだ!」


 そうは問屋が卸さなかったようである。


 つかつかと俺の元まで、目を見開きながら歩いてくるアドルファ。


 「……大した事はしていないが」

 「嘘をつけ! つい今し方、アタシらの魔法を打ち消しおったではないか!」

 「『ドレイク・ジョー』の仕業の間違いではないのか。第一、俺が狩れたのも偏にナキト達パーティのバックアップがあってこそだ」


 レオが自身より強いと言うものだから、俺は勘違いをしてしまったようだ。


 魔導騎士団の統制は見事に取れており、冒険者パーティなど歯牙にも掛けない力がある。


 しかして、それが副団長であるアドルファ本人の実力としてカウントされているとなれば事情が変わる。


 アドルファ単体の技量に限って言えば、レオに遠く及ばないだろう。


 俺に纏わる話を有耶無耶にできないのなら、こちらも言いたいことが山程あるのだ。


 「そんなことよりも。お前がナキト達を見くびっていたのは事実であろう? 『ドレイク・ジョー』に引導を渡したのは、紛れもなく彼らの力あってこそだ。その辺りはどう考えているのだ?」


 重役だからと丁重に扱う必要性を感じなくなった。


 今回の『ドレイク・ジョー』戦。初めから情報を冒険者側に横展開していれば、ここまでの苦労などなかったのである。


 「むぅ……すまなかった」


 俺があからさまに話を変えたことに気づいたが、今問うている質問も一応は的を得ている為、追及できずに頭を下げたアドルファ。


 「あんた、良い性格しているわね」

 「そうっすよ。言い過ぎですって」

 「冒険者ギルドや冒険者と魔導騎士団に蟠りがあるのは仕方がないが、この案件の名目はあくまでも『共同』調査だ。同じ空間で仕事をするからには、お互い譲歩が必要だろう」


 冒険者側が単なる同行として認められているのは、支払われる報酬の低さや、雑務等含め魔導騎士団が行うという契約であるからして、口を挟むことなどない。


 しかし、報告書を燃やさなければならない状況、つまり仕事を円滑に進めるに差し当たって支障という名の実害を被り、ただ泣き寝入りするのはまた話が違うのである。


 少なくとも冒険者ギルド・ウィスタリア支部から職員や新進気鋭の冒険者パーティを派遣しているからには、俺も目を瞑るべき事象には目を瞑り、言わなければならないことは臆せず忠言するスタンスを取らなければ、国の息が掛かる魔導騎士団から良いようにされるだけだ。


 魔導騎士団の上層部、魔導師を束ねる副団長から先んじて謝罪を取れたことが俺の目的であった。


 「とはいえこちらが実力不足だったのも確かだ。『ドレイク・ジョー』に後手を踏んでしまったのは完全なる落ち度に他ならない。すまなかった」

 「……まあ、これで和解できるなら安いものじゃ」


 アドルファは何か言いたげな眼差しで俺を見る。だが、ややあってため息をつき、渋々ながらも謝罪を受け入れてくれた。


 「勢いで言いくるめたわね……」

 「勢いしかなかったすよ」


 ホウリとオットーは最初こそ自分達を庇うように率先して発言する俺に期待を寄せた目をしていたが、本当の目的が冒険者側全体の利益だと分かるや否や途端に白けた様子になり、事の成り行きを静観していた。


 話が上手く妥結し、各々が再出発を図る中、ナキトが呆れた表情で俺を見る。


 「どうかしたのか」

 「……もしかして、気付いてなかったのか?」

 「何がだ?」

 「前の『共同調査』では、『ドレイク・ジョー』を斃せずに撤退したんだよ」

 「……」


 続く言葉を失う。


 俺はナキトの憂慮通り、『ドレイク・ジョー』を討伐した前提で話を進めていたのだ。


 具体的に何が違うのかと言うと、最後の謝罪である。


 『こちらの実力不足』。


 『後手を踏んでしまったのは完全なる落ち度』。


 ナキト達パーティは愚か魔導騎士団でさえ斃せなかった巨魚をそう形容してしまったのだ。


 つまるところ、聞く人によりけりであるが、疑いようのない皮肉。


 背筋が凍った。


 年寄りが熱り立って放つような文言でない。


 「……そうか」


 この一言に重みは全くなく、恥ずかしさが大部分を占めていた。


 俺はそんな内情を是が非にでも墓場まで持っていこうと決心したのであった。

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