第41話 共同調査⑥
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会敵直後、深い水の中へ潜った『ドレイク・ジョー』。
『始まりの森林』で『ナイトウルフ』や『スパイングリズリー』との戦闘を乗り越えた為、強敵とされる魔物の傾向が大凡掴めた。
「何の気なしに息を潜めた訳ではなさそうだな」
「……ええ。確実に食らえる瞬間を待っているのでしょ」
考えてみれば当然の話であるが、人間を相手取りその命を奪うということは容易でない。
勿論力業で成し遂げることも可能だ。しかし、効率よく狩る為には必要なものがある。
それ即ち、人間に負けず劣らずの知性、だ。
『ドレイク・ジョー』は先程ナキトを標的にして空から襲いかかってきた。
奇を衒った行動。もしくは論理立てて導き出した奇襲に他ならない。
ならばこの潜水も何かしら『ドレイク・ジョー』にとってメリットのある行為だ。
つまり、次の一手で捕食できる算段を立てている可能性が著しく高い。
「各員、そのまま【結界】を張れ!」
「「はっ!」」
密集していた魔導騎士団員達はアドルファの指示で携えた剣やら棒を一箇所に指す。
そうして集められた魔力が急速に集まり、練り上げられて大きな障壁を形成する。
冒険者学校の外郭でも張られていた防御魔法【結界】だ。
俺達は一連の流れを眺めて唖然とする。『ドレイク・ジョー』への対応があまりにも早すぎるのだ。
まるで事前に対策を講じていたかのようである。
「……オマエ、知ってたのか?」
「『
「あら、そう。ならどうして擦り合わせをしなかったのかしら」
「お主らも一人前のパーティじゃろう? 変に情報を共有したところでノイズにならんかね」
……どうやらこの老婆は優しいだけではないらしい。
怒りを露わにするナキトとホウリに、アドルファがあっけらかんと言い放った。
「最前線で命を張るのがアタシらの
「……意趣返しかしら」
「そう取ってもろうても構わんよ」
今回の『共同調査』、俺達はお荷物が同行するとしか思われていなかったのだろうか。
目を細める老婆の瞳は、まるで2人の怒りなぞ取るに足らないものだと誹るが如く、冷めた感情を称えていた。
「現に――」
直後、甲高い音が響き渡った。
魔導騎士団が繰り出した【結界】に『ドレイク・ジョー』が突っ込んできたのだ。
「こうして、危険を冒すのもアタシらじゃろ」
アドルファの身につけた外套がはためいた。
「副団長の情報通り、『ドレイク・ジョー』が狙うのは『呼吸の濃度』が高い場所だ!」
魔導騎士団の団員が仲間に周知させる。
厳しいようであるが、アドルファの発言は理に適っていた。
俺とナキト達冒険者パーティの認識が甘かったのである。
『スパイングリズリー』との戦闘で計られたのは、背中を預けるに相応しいかでなく、同行できる力があるのかどうかであった。
なるほど、ナキト達は魔導騎士団よりも力が劣るパーティだと判定されたのか。
だが。
「『ドレイク・ジョー』もまた、お前達がそう対応することが必然だと予期していたようだな」
【結界】に頭から突撃した『ドレイク・ジョー』は、弾かれることなく、寧ろ押していた。
その気勢に【結界】が――割れた。
当然だ。戦場でさえも常時発動されていた【身体強化】の恩恵は計算で測れるものでない。
人間が自分以上の脅威を持つ生物と相対する時に必ず発動される【身体強化】。
無論それを用いない状態でのリハーサルは十分に行ったのであろうが、考えが甘いと言わざるを得ない。
「凶暴な魔物との戦闘は死地だ。【身体強化】が人間にとっての『保険』たる役割を果たすことを、魔導師が知らないのか?」
獣人であれば持ち前の身体能力の高さで回避できる盤面だろう。
しかしここに獣人はアドルファしかない。
【結界】が割れ、魔導騎士団の1人が、『ドレイク・ジョー』の開けた口にすっぽりと収まった。
「なんの!」
直後、アドルファが駆けながら十字の棒を水面へ叩きつけた。
瞬間。蔦が生い茂り、魔導騎士団員の足元を通り過ぎる。
「【身体強化】を使え!」
アドルファが号令を掛けたことで、あわや食べられそうになっていた団員が自身に【身体強化】を掛け、慌てて飛び退いた。
だが、まだ一歩足りない。依然『ドレイク・ジョー』の捕食範囲内である。
「うわああッ――」
団員が情けなく声を上げた瞬間。
ボッ、と。
件の魔導騎士団員が異常な速度で後方へ吹き飛ばされた。
彼に向かって撃ち出された魔法は風魔法【風砲】。
術者は勿論、『ドレイク・ジョー』の後ろへ回り込み、器用に団員のみを狙って撃ったナキトである。
「オマエら、優先事項を間違えんなよ!」
「分かってるって」
左腕を伸ばしたナキトの背後から、突如として風の柱が立ち上る。
「オットー!」
俺の隣でホウリが水面に手を付いて見上げた。
静かな湖畔に音を立てて舞い上がる風に乗っていたのは、斧を掲げたオットーだ。
「あざっす!」
とん、と一歩跳び、急降下を始める。
風の柱が一瞬にして消えるのと同時に、オットーが【身体強化】を掛けた。
アドルファの蔦を張り巡らす魔法といい、やはり水面上で【身体強化】を使うことはできないようだ。
オットーが巨魚の後頭部を目掛けて斧を振り下ろす。『スパイングリズリー』をも両断した一撃である。
彼の滞空中、魔導騎士団もただ立っていた訳ではない。
団員達は各々蔦で出来上がった足場の上で改めて【身体強化】を発動した上、湖畔の水を利用し、圧縮した水の塊を撃ち出す水魔法【水砲】を放った。
繰り出される無数の水の塊が『ドレイク・ジョー』の次なる行動を阻害する。
そこに合流したアドルファが懐から銀色の十字の棒を取り出し、『ドレイク・ジョー』に向かって投げた。
すると、役目を終えて落ちていく水が一つに纏まり、格子状に変幻して巨大な魚を捕縛する。
「やった――」
「喜んでおる場合か!」
魔導騎士団員が【水砲】の生成を中断したのと、オットーの斧が『ドレイク・ジョー』へ迫るのは殆ど同時であった。
――彼の斧は、巨魚へ傷をつけることさえもできなかった。
雁字搦めになった『ドレイク・ジョー』。正確に表現するならば、その後方に異変があった。
加速して振り下ろされた斧が、何かに阻まれ、弾かれたのだ。
オットーの表情が青褪める。
「ヤツには別の半透明で動く口があるのじゃ!」
遅れてアドルファが魔導騎士団員を叱咤した。
次第に自由落下を始めるオットー。
嚠喨湖畔の水は奇妙な性質があれど、それは心音と水面の波長に於いての相関だけだ。
高所から落下したオットーを優しく受け止めるような措置があるわけでない。
つまり、地の利も何もない。
「オットー!」
ナキトが途端に焦り、左手の向きをオットーへ合わせようとする。
だが、遅い。照準を定めようにも、咄嗟にできる範疇を超えていた。
ナキトがホウリを見る。
「……想定外よっ」
彼女はそう吐き捨て、歯噛みした。
その間に『ドレイク・ジョー』が拘束を解き、再び魔導騎士団を狙う。
呼吸の濃度が高い場所に標的を定めるというのは、あの魔物の本能に従った習性なのだろう。オットーに一瞥すらしない。
それが不幸中の幸いとも言えようが、悲観的な状況に変わりないのは確かだった。
要するに今この場で動けるのは、俺だけだ。
――【身体強化】は使えない――使わなくても届くだろう?
あくまでも俺は調査員だ。前回も冒険者が死んでいるのだろう? ここで俺が動く必要性がない――オットーを見殺しにするのか?
魔導騎士団に見咎められる可能性が高い。面倒事に巻き込まれるぞ? それに、魔物相手の諍いに首を突っ込みたくないのだろう――『ナイトウルフ』やアモンの時も手を出した。今更ではないのか?
俺の発言が、行動が、思想が。今まで、全てを台無しにしてきたことを、自覚しているのか。
オットーを助けた際の利益と、俺が矢面に立たされる不利益を考えろ。
形而上の俺が嗤った。
「いいから、少し黙ってくれ」
「……ヒサギ?」
俺は足を踏ん張り、飛び出した。【身体強化】なんぞ要らない。
たった一歩で、成す術なく落下するオットーまでたどり着き、抱き抱える。
そして、音を立てることなく着地した。
「オットー、ナキト、ホウリ。まだ戦えるか?」
「え、ええ」
「ナキト、オットー。どうだ?」
「……いける」
「……ジブンもっす」
「そうか」
呆気に取られ動かない冒険者パーティに確認を取る。
『ドレイク・ジョー』は度重なる妨害により気が立っているようで、態勢を立て直そうと再び水の中へ潜ろうとする傍らで、アドルファ率いる魔導騎士団員達が必死に魔法を駆使して留めていた。謂わば膠着状態である。
「俺が司令塔になろう」
ふと。この場にいる者全員を足しても尚及ばない体積を誇る、凶暴な魔物が俺を睨んだ。
『ドレイク・ジョー』は呼吸の濃度が高い場所に目を向ける。
オットーの動機が激しいのであろう。一つの穴を必死で埋めなければならない冒険者側の呼吸が、今相対する彼らより高いのも頷ける。
……関係ないな。
どうでもいい。
『ドレイク・ジョー』がこちらに標的を定めていようと、そうでなかろうと、どうでもいいのだ。
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