第27話 甘味の誘惑と四面楚歌
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上位魔族の騒動より二週間が過ぎた。
未だ各所で議論が白熱しているものの、冒険者ギルド・ウィスタリア支部の営業は本来の落ち着きを取り戻していた。
今朝は何やら不吉な夢を見たが、出勤してしまえば気持ちも切り替わった。また今日も一日、張り切ってやっていこう。
俺は受付窓口に備えられた椅子に座り、いつものように依頼を受けにやって来る冒険者達を捌く。
「おはようございます。ようこそ冒険者ギルドへ」
「ちっ。職員のトコ引いちまったか……これ受けるわ」
「承知しました。ギルドカードの提示を願いします」
「ほらよ」
魔族が潜む『始まりの森林』に調査員として同行した経験が周知されてから、俺の呼称は『おい』から『職員』への昇格を果たしていた。
取り巻き冒険者達の罵詈雑言も今となっては鳴りを潜めている。
働きやすい職場が形成されつつあった。
俺は冒険者達からギルドカードを受け取ると、依頼と交互に見比べて問題ないことを確認した。
「確認しました。お気をつけて」
「おうよ」
冒険者にギルドカードを返却し終えた俺は、水で喉を潤し業務に戻る。
「お次の方どうぞ」
「しまったああ! おい職員、さっきの5秒でいいから遅らせてくれよ! ぼかあエルナさんが良かったのに!」
「うふふ、ごめんなさいね。まだ年頃の子なので」
獣人の少年がややオーバー気味に膝をついて苦言を呈す。
その傍らで同じパーティを組んでいるらしきエルフの女性が苦笑して俺に謝ってきた。
……このように、未だ隣で接客をこなすエルナさんとは大きな差がある。
「構いません。俺も冒険者側であったなら、是非ともエルナさんに接客してもらいたいと思うので」
「ちょ、ヒサギくんっ?」
冒険者を見送り一息ついたエルナさんが驚いたように声を掛けてきた。
「じじいでも分かってくれたか!」
「そうだな。彼女はとにかく手際が良い。依頼を複数こなすことを鑑みれば、エルナさんに接客してもらう、その一択だろう」
「え。いや、そういうことじゃないんだけどな……」
「あらあら。良いじゃない。昇級が早くなるわよ?」
「ま、まあそうだな!」
「ギルドカードを確認した。頑張ってくれ」
「ありがとよ! 『風マン』より早く銅級になってやるからな!」
獣人の少年が元気よく手を振り、エルフの女性と手を繋いで冒険に出ていった。
「ヒサギくん〜?」
……おかしなことでも言ってしまっただろうか。エルナさんは優しく微笑んでいるはずなのだが、怒気も垣間見える。
「接客、板についてきたね?」
「はい、これもエルナさんのおかげです」
「そうね〜。手際が良くて、無機質なわたしのおかげね」
無機質なんて言っただろうか。
いや、エルナさんが言ったといえば言ったのだ。否定をしてはいけない、と凍りついた俺の背筋が必死で呼び掛けている。
「すみません。以後気をつけます」
「変に勘違いされるようなことは言っちゃダメだからね?」
「分かりました」
「うん。よろしい」
俺が素直に謝罪して改める姿勢を見せると、エルナさんが笑顔で頷いた。
初めから終わりまでよく分からないエルナさんの主張であるが、まあ頭一つ下げるくらいどうって事はない。
「じゃあ何かご馳走になろうかな〜」
一転、どうって事あったようだ。
エルナさんが虚空を見上げ、ふむふむと考えごとをし始めた。
……まあ、彼女が不自然に怒りを見せたのは、単に食事に誘う為の言い訳であったのだろう。
俺は薄々勘づいたことを明確化して、しばしの茶番に付き合おうと方針を決めた。
ところで茶番といえば、今まで散々な目に遭ったことも無きにしも非ずである。
確かな悔恨を場に残す歴戦の覇者がすぐそこに迫っていた。
「おん? 何話してんだ」
「あ、ギルドマスター。ヒサギくんと食事でも行こうかと思いまして〜」
「ふむ……そうだ! 折角だから、ちょっと前に話してたヤツに行こうぜ!」
「すまない、ヤツとはなんだ?」
事情を聞いたレオがエルナさんと同じ風に考え込み、はたと何かを閃いた様子で顔を上げた。
「あの、ほら。お前が夜勤の時話した、アレだよ」
「アレって……あ、もしかしてパフェですかっ!」
パフェとな。
パフェ、夜勤と続き、茶番で解答を得た。
近頃は流行の移り変わりが早く、歳のいった俺は時代の一瞬を切り取る能力が衰えてしまっているようである。
あれは初の夜勤窓口(夜)に胸を高鳴らせていた際だろうか。
結果的には副ギルドマスターと勉強会という、よく分からなくも良い形で締まったあの日。
確かに、レオが俺に絶望を与える前振りとして、女性3人にパフェなるものについて問うていたな。ようやっと思い出した。
「あぁ。アレか。俺が代金を出せばいいのか?」
「いんや、最近は忙しくてお前にも負担を掛けちまったし、オレが持つよ。皆で行こうぜ!」
「そうですね。考案者のことは別にして、是非パフェは食べたいものです」
「そうね〜!」
事務室から音も立てずにユリアさんが寄ってきて、いつの間にか会話に参加していた。一体彼女の情熱はどこから来ているのだろうか。
パフェの考案者である杖の勇者は、俺が冒険者学校へ編入する前、当ギルドに訪れ壁に穴を空けた過去がある。
その為か本人には皆良い感情を持っていないようだが、事パフェに関して言うなれば別物と割り切っているのだろう。
「ナナちゃんにはわたしから報告しておくね〜。ギルドマスター、いつ頃行きますか?」
「急で悪いが、明後日で良いか? 王都に用事があるんでな」
「畏まりました。スケジュールを空けておきます」
どうやら話が纏まったようだ。
俺は明後日の業務内容を確認しようとレオを向いた、その時。
「じゃあ王都出発組はオレとエルナ、ユリア、ナナ――とヒサギで決定だな!」
レオが確認とばかり王都へ行く頭数を指折り数えた。
しかし、どう考えてもおかしい。折る指が一つ多いのだ。
「……俺が行く必要はないと思うんだが」
「ん? お前も行くだろ?」
「いや、日勤に3人も抜けるんだ。俺はここに残った方が合理的――」
「ヒサギよ、ちょっと来い」
言い切る前に、レオが俺の肩を掴んで窓口の隅へと引っ張った。
そして、途端に小声に囁きかけてくる。
「オレが若い衆3人と出掛けるなんざ、放蕩に耽ってるように見られてもおかしくねえんだぞ」
「いや、年代で言うならば俺が増えたとて変わらないだろう」
「そんなことねえ。やばくなったらお前を生贄にだな」
「よく面と向かって言えるな。お前はいつから狂ったんだ?」
「とにかく、体裁を保つ為にヒサギが必要なの! 頼むって!」
レオが勢いよく手を合わせ、俺にチラチラと視線を投げる。
……こいつは一度頭を叩いた方が良い気がしてきた。
しかし、ウィスタリア支部存続の為には彼の言も毫末であるが一理ある。
レオにそんな気がないのはウィスタリアに住む人ならば当然分かっているが、場所が王都に移れば話が変わる。
幾ら金級冒険者として名を馳せたレオと言えど、彼のことを知らない人々もいるだろう。
となれば必然とスキャンダルが付き纏う。
また、そういったことを度外視してもエルナさん、ユリアさん、ナナの、両手に花の状態で王都を闊歩しようものなら、ウィスタリアの冒険者が諸手を上げて反乱を起こすに違いない。恐らくナキト辺りが陣頭指揮を執るので割と良い勝負をしそうである。
そんな将来の不安を加味し、勘案した結果、俺は渋々ながらも頷く他なかった。
「……分かった。俺も行こう」
「流石! 頼むぜ相棒!」
つくづく調子の良い男である。
尚エルナさんとユリアさんは例によって俺達を無視して未知の甘味、パフェへの期待を膨らませ、会話を弾ませている真っ最中であった。
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