第28話 王都・オーキッド 喫茶会議編
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ウィスタリアより馬車で北へ一時間足らず。
冒険者学校を越えたすぐ先に、王都・オーキッドがある。
凡そ35000人もの人々が暮らすスプルースの中心。王が座す大都市である。
その中心街には、ウィスタリアの中央通りが霞む程の人々が賑やかに往来しており、俺の度肝を抜いた。
「凄まじいな……」
「学校帰りに寄らなかったの〜?」
「はい。寄る為の目的がなかったもので」
「うわ……ヒサギン、それ悲しーよ」
ナナとエルナさん、レオが一様に哀れみの顔で俺を見た。
冒険者学校で親交があり尚且つ王都出身で思い当たる人物といえば、ホウリのみが該当する。しかし彼女は私用があると態々冒険者ギルドに訪ねて来てくれた為、王都への足が益々遠のいたのだ。無論それが悪いという話では決してない。
「そんなことはありませんよ。私も商人学校は王都にありましたが、中心街に用などそうそうないものですから」
「ええ……ユリア、あなたまでなの」
「ユリアさん……きょ、今日は思いっきり楽しんじゃいましょー!」
ユリアさんが俺の欠けていたであろう言葉に補足を入れてくれるが、どうやら逆効果だったようだ。というよりも被害者が1人増えたかの如く、彼女らは依然として憐憫に近い面持ちで俺とユリアさんを見ている。
当のユリアさんはそんな視線など意に介さず、どこか浮かれた様子だった。
理由は明白である。馬車の中で女性陣の会話が非常に弾んでいたからだ。
パフェの話題から始まり、仕事への不満点、果ては理想の男性像まで。俺やレオなど眼中に入れず楽しそうに談笑していた。
特に仕事の話になった際には給料は十分貰えているがその分多忙だ、とか男性陣は冒険者に及び腰で解体もできる人が少ない、等々耳の痛い話が赤裸々に語られ、その度レオの心に鋭い矢が刺さっていた。
もはや後半になると、かの有名な豪傑は見る影もなく、泣きべそをかいていた次第である。
すっかり意気消沈してしまったレオとは裏腹に、女性陣の絆がより強固になっていくのを肌で感じた。
「ほら、ギルマスも! パフェ楽しみでしょ?」
「あ、ああ……そうだな」
そんなレオを気遣ってか、ナナが背中をバシバシと叩いて目的地への期待を高まらせようと鼓舞する。
しかし、悲しいかな中高年にとっての甘味とは、魔法と通ずるところがある。
それは、魔力のように胃もたれという代償を払わなければならないことだ。魔法と異なる点で言うならば、先払いか後払いの違いでしかないのである。俺もかつては通った道であるが故、痛い程気持ちが理解できた。
そうした経緯があり、レオの億劫そうな表情は一向に快方へと針路を差さない、何とも曖昧な笑顔であった。
こうなるとやはり俺の出番であろう。
「大丈夫だ。俺も正直、怖い。だがお前はギルドマスターで元金級冒険者だ。そこらの小食と比べれば、傷が断然浅いだろう?」
「ヒサギ……そうだよな。オレは昔大喰らいでも名が通ってたんだ! 食に関しちゃまだまだ現役だよな!」
「そうだ。俺達はまだまだイケる」
「お前も酒飲みだから多分イケるぞ! 気合入れていこうぜ!」
突然にして病気を憂うおっさん同士の傷の舐め合いが始まる。
……他方からの視線は敢えて気に留めないでおこうか。
大変痛いからである。
そうこう話している内にも歩を進めていた俺達は、件の店の前にたどり着いた。
『喫茶アンダンテ』。なんとも小洒落た名前であるが、驚くことに冒険者ギルドの真向かいにある『満腹亭』の系列店だと道中エルナさんが話していた。『満腹亭』恐るべしである。
昼時とあってか幸運にも空いており、待ち時間なしで中に入ることができた。
「楽しみね〜」
「そーですね! あーしはイチゴパフェにしようかなー」
ウエイトレスに案内されてテーブル席に腰を落ち着けると、配られたメニューをまじまじと見つめ、注文するパフェを吟味する3人。
因みに席順はレオと俺、対面に左からユリアさん、エルナさん、ナナである。
「……なるほど。名案を思いつきました」
ややあって頼む品を定め、俺が近くのウエイトレスを呼ぼうとしたところでユリアさんが呟いた。
「どうかしましたか?」
「そうです。別々のものを注文し、分け合えば全部の種類を食べられるのではないでしょうか」
「確かに。そうね……」
「やばー! ユリアさん天才じゃないですか!」
俺は目線をウエイトレスからメニューに移した。
パフェは4種類。
チョコレートパフェ。イチゴパフェ。フルーツパフェ。マッチャパフェ。
俺とレオが怖気づき、マッチャパフェなるものを分けて食べようとしたことから着想を得たようだ。
「取り敢えず全部頼んどきゃいいのか?」
「そうですが、私達も欲張って太……ギルドマスターに負担を掛ける訳にはいきませんので、各々別のパフェを注文し、ヒサギさんがまた違う種類のパフェを頼んで頂ければと」
「そうね。ギルドマスターはここで体調を崩されると困ります。コーヒーとケーキで甘味も楽しめると思いますよ」
レオがユリアさんに詳細を尋ねると、彼女とエルナさんはより一層真剣に思考を巡らせていた。
「まあ、そうだな……残念だけど、降りるとするか」
歳には勝てねえな、とレオは背凭れに身体を預ける。
存分に格好つけた口元が緊張から解放されたように綻び、内心とても喜んでいる様子ですらあった。
当の俺は言いたいことが多過ぎて、待ったを掛けるタイミングを見失ってしまう。
「じゃあ、あーしがイチゴで、エルナさんがチョコで、ユリアさんがマッチャで、ヒサギンがフルーツでいいかな!」
「おい。ちょっと待ってくれ。フルーツなんぞ荷が重い」
「皆で分けるから大丈夫だって! それに分けやすいと思うしー」
「……」
時既に遅し。俺は渋々承諾せざるを得なかった。
「これおいしー! あ、ヒサギンも一口食べてみて」
「いや、大丈――」
ナナがイチゴを一つスプーンで掬うと、返事を待たず俺の口に差し、もとい刺し出した。
あわや喉を突かれる寸前でこれを噛み砕き、飲み込んだ。
酸味の中に蕩けるような甘さが食道を通り抜ける。これがイチゴか。
「どう? おいしい?」
「初めて食べたがこれ程までとはな。美味いぞ」
「そっかー!」
素直に感想をこぼす俺にナナが嬉しそうに笑った。
「もしかしてヒサギンのその黄色いやつ、パイナップル?」
「メニューに書いてあるな。……どうやら合っているようだ」
「へー。そーいえばホーリーってパイナップルが好きとか言ってたねー。これがそうなんだ」
「ん?」
ホーリー。教会と接点のある人物のことを指しているのだろうか。若者言葉が余りにも尖っている為、最早解読ができないぞ。
「誘えば良かったね〜」
「そのですね。ホウリさんはまた別の機会にお誘いしましょう」
首を捻る俺の代わりにエルナさんとユリアさんが会話を繋げてくれた。
……俺の予測は強ち間違っていなかったようである。ナナが口に出した人物とは、まさに教会と関わりのあるホウリのことであった。
「それ食べていい?」
「ああ。いいぞ」
「わたしも何か貰っていい?」
「どうぞ」
「私も是非フルーツを食べてみたいと思います」
「好きなものをとってください」
円錐を逆さまにした器に、溢れる程盛られたフルーツを初めて目の当たりにした際は思わず恐れ慄いてしまったが、彼女達が次々に取ってくれたお陰もあって嵩が随分減った。
これなら俺も後顧の憂いなく甘味を堪能できそうである。
隣でレオが優雅にコーヒーを嗜みながら、俺達の行く末を暖かく見守っていた。
「チョコレート、美味しいよ。食べてみて」
「マッチャも後の苦味が心地よいです。どうぞ」
「……ありがとうございます。いただきます」
お礼とばかりエルナさんとユリアさんがそれぞれパフェを差し出す。
俺はその厚意を拒否することができず、一転、後日に響くであろう胃もたれを覚悟し、スプーンを手に取った。
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