間話 ギルドマスターの艱難 ドミニクの辛苦


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 夜も更けた頃。鍛冶職人、ドミニクの工房内にて、冒険者ギルドの長を務めるレオがテーブルに肘をつき、ため息をついた。


 「……どう思うよ?」


 対面にはドミニクが椅子に深く腰掛けており、テーブル上に並べられた酒瓶の1つを手に取り勢いよく呷る。


 多忙な2人がこうして酒の席を設けて談合するのは、実に10年ぶりのことであった。


 「……ヒサギのことか」

 「そうだ。……やっぱお前も分かる?」

 「アレを普通だと言える心境が分からんからな」

 

 レオの悩みの種に、ドミニクは心当たりがあった。自身も昨今何かと関わりの多い人物である。


 ――ヒサギ。半年程前に突然現れた、出自不明の人物。レオがギルド職員として雇ったものの、彼の放つ独特な雰囲気に気圧され、周囲から揶揄されることも多いと聞く。


 戦闘行為を毛嫌いし、またギルド職員でもある彼は冒険者達から一様に軟弱者と罵られているが、金級冒険者であるレオと以前パーティを組んで共に魔王幹部・ダンタリオンを下した元金級冒険者のドミニクからすれば、見解が大きく異なった。


 「だよな。明らかにやばいから雇ったワケだし……」


 レオがヒサギをギルド職員にしたのは、偏にそれが街を守る為に直結する事柄であるからだった。


 男性職員の人材不足を嘆き、偶然にも噴水の広場を通りかかった折、「警備員と揉めたやばいホームレス」と噂される彼を何気なく視界に入れてしまい、思わず目を見開いてしまったのをレオは今でも鮮明に覚えている。


 外見年齢は自分より少し年上の、50代だろうか。赤みが掛かった髪に、鋭い目。日に焼けた肌は不衛生な生活を続けていた為か、より黒ずんでいた。


 一見するとただの浮浪者であったが、独特の異質な雰囲気がレオにダンタリオン以上の畏怖を植え付けた。


 魔王幹部をはじめ、魔物や魔族、盗賊との戦闘等。様々な場数を踏んできたレオである。しかし、そのどれもに該当せず、ただ畏ればかりが印象に残る。


 全身が粟立つ。至る所の細胞が、警鐘を鳴らしていた。


 その理由を探る為、レオはヒサギに接触を試みた。


 しかし、会話を重ね、ヒサギという単一の人物として考えると、何故か彼が善良な人間に思えたのだ。


 ここで、もう一歩とレオが踏み込み、ヒサギを監視する目的を以ってギルド職員に就かせることで、自身の警鐘に対して折り合いをつけたのだった。


 眼前のドミニクだけがそういった事情でヒサギを雇ったと知っている。背中を預けた過去もあるが故、彼が得物を所望した際に連絡と称して伝えたのだ。


 一方でドミニクは当初レオが態々伝えに来たとはいえ、職業柄、依頼主を実際にこの目で視るまでは半信半疑の状態であった。


 しかし、


 「……【武器強化】の術式構造の造詣深さ、何の『色付け』もしていない強化済みの武器の看破、その上勇者向けに造った要求魔力量が多い剣を器用に扱っていた。……あいつはとんでもない化け物だぞ」


 冒険者とは、端的に言うならば、派手な物が好きである。


 自らの権威を示す為や冒険譚からの影響等、深掘りすれば様々な事情が絡み合うが、凡そ間違っていない解釈だ。

 

 そんな冒険者から武器を購入してもらい、商売する武器・鍛治職人界隈でのトレンドが『色付け』……【武器強化】の過程で火魔法【発火】と一部金属を練り込むことで擬似的な炎色反応を作り出す加工法である。


 これを武器製造の工程で取り入れると商品価値が下がり、質も当然落ちる為、あくまでも【武器強化】でのみ許された加工法であるが、冒険者の間では大変人気を博している。


 だが生粋の職人を謳うドミニクは頑として『色付け』を取り入れず、一見しても分からない、視覚的には『術式を施された武器が強く感じる』が精々の【武器強化】で商いを続けていた。


 ――そう。術式とは『魔法』の中身。謂わば非公開領域に他ならない。魔法としてこの世界に表出する以前の状態は、魔力が帯びる前兆を除き行使者本人のみしか知り得ない情報である。


 しかし、彼――ヒサギは、一言の質問も無しに『色付け』していない【武器強化】が施された得物を選んだ。


 更に常人よりも遥かに多い魔力量を持つ勇者用に製造した剣を振り、剰え魔法まで顔色ひとつ変えずに行使した。


 ドミニクは彼を『化け物』と形容する以外の、正鵠を射るような語彙を持ち合わせていなかった。


 他方レオにとって工房での情報は初耳であったが、さして驚きを見せない。


 それは、この談合を開いた理由である。レオはもっと大きな爆弾を抱えていた。


 「それなんだがな……今からのは内密にしてくれよ」

 「……ああ」


 レオがテーブルに身を乗り出した。


 そして、囁くように告げる。


 「ほら、2日前に勇者が上位魔族を倒しただろ……その、『始まりの森林』の手前に、直線を引いたように地面が溶けて抉れた形跡があったんだ」

 「っ! まさか……アモンか?」


 聞き入る姿勢に入っていたドミニクが突如として顔を上げた。


 忘れもしない、十数年前の魔族によるウィスタリアへの侵攻。


 主に暴れ回ったのはダンタリオンであったが、立ち向かった冒険者達を遊び半分で殺めて早々に帰った、もう1体の幹部の存在。


 超高温の業火で人々を灼き殺した、まさしく悪魔のような所業であった。


 それが、魔王幹部、アモン。


 ダンタリオンと同等の強さを誇る上位魔族である。


 「ああ、昔見たのに間違いねえよ。……でも、おかしかねえか? ヤツがまだ生きてるなら、もうとっくに街が半壊してるはずだろ」

 「そうだな。そうだ。……おい。まさか」

 「……あ、ああ。そうだな。グレッグ達には本当にすまねえことをしたよ……」

 「レオ!」


 肝要な所で直裁的な発言を言い淀むのは、レオの昔からの悪い癖であった。


 ドミニクがレオを一喝して嗜めると、彼は突然酒瓶を掴み、2本飲み干した。


 「アモンに遭ってグレッグんとこの1人が逃げ帰って来た! 近くにいた英雄に憧れる若え冒険者が『強そうな魔物』とか言って美味い話題を逸らした! ……グレッグ達に、ヒサギを付かせたんだよ……」


 酒で思考力が奪われたレオの口から、ついにその名前が出た。


 金級冒険者5人が満身創痍の中、3人の命を喪ってようやく討伐を成し得た魔王幹部を屠った人物。


 真実を突きつけられても尚、ドミニクには信じられなかった。


 否、頭では確かに理解していた。しかし、未だあの惨状を引き摺るドミニクの胸の奥が、それを断固として拒絶するのだ。


 ……。


 驚愕に恐れ慄いたドミニクだったが、数秒経つとどうにか落ち着いた。


 もう50半ばになる。若者みたくいつまでも騒ぎ立てる程の気力がなかったのだ。


 「……レオ、ヒサギは良い奴だ。隠し事は多いが、他人を理解しようと頑張ってる。だが――」


 今日の出来事が直接ヒサギへの対応を変えるきっかけにはならない。

 

 彼の学ぶ姿勢は同じ年頃の2人が倣うべきことである。表だった面倒ごとを行う性格でもないだろう。


 しかし、そういった考えを捨ててでも、旧知の中であるレオには忠告しなければならなかった。


 「あまりあいつに踏み込むな。儂らの事情に加担させるな。アモンを単身屠るなんぞ、幾ら善人でも、間違えれば簡単に死ぬぞ。それだけは努努忘れるな」


 ヒサギと共に行動する。言い換えれば、彼を管理する。

 

 彼はレオの「街を死ぬまで守る」という願望を叶える存在であるが、皮肉なことにその悲願を潰し得る存在でもある。


 今薄氷の上に立つ戦友を諌める為。ドミニク自身が好意的に見るヒサギを貶める発言になったとしても、ドミニクはんで告げた。


 「分かってるよ。ヒサギにもこの前はっきりと言われた。アイツ自身望んじゃいないことだ。……でもな、アモンが出てきたってことは、キナ臭えナニかが既に動き出してんだよ」


 レオはドミニクの忠告に頷き、しかし首を振った。


 そうして、レオの表情が酒を飲んだと思えない程引き締まる。


 金級冒険者、ギルドマスターとしての確固たる意志を持った顔つきであった。


 「今は直感でしかねえけど、敵が他の幹部か、もしくは……魔王なら。オレは利用するぞ。何せ死ぬ準備だけはずっと前から出来てるしな」


 嵐の前触れであろうか。現代にスプルース王国で勇者召喚が行われた。


 だが、一目見た勇者は歳若く、それ故幼く、脆く、それ故――弱い。


 一般水準で測れば当然強力無比であるが、対魔王幹部、魔王への戦力として鑑みれば力不足につきる。能力面がいくら秀でていようとも容易に命を落とすだろう。

 

 現にダンタリオンと相対した際の自分のパーティの方が、勇者より能力が高く、逞しかった。


 そんな彼らは今成長の最中である可能性が高い。だが、戦場が首長く待ってくれる訳でもない。


 だからこそ、頼る先は必然、化け物になる。


 対価は自身の拙い命。


 安いものだな、とレオは胸の内に闘志を再び激らせた。

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