第25話 収束とそれから
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ショウタを連れての帰り。ウィスタリアへと続く門の前に陣取るように、人が集まっていた。
1人はユキ。俺が手を引くショウタの姿を認めるや否やすぐさま抱きつき、わんわんと泣き出した。
ショウタは気恥ずかしそうに抱き返し、「だいじょうぶだ」と彼女を宥める。
そんな微笑ましいやり取りの隣では、レオを筆頭とした冒険者集団がいざ森の中へ行かんと活を入れている最中であった。
レオとナキト、それにプレートアーマーで全身を包んだ上級冒険者が3人。レオが説得に掛かっても集められたのはこれだけだったのか。
俺の姿を認めたレオが、口の端をピクピクと痙攣させた。
「ぶ、無事で何よりだ! 魔族の方はどうしたんだ?」
「すまない。逃げるのに必死で今どこにいるか分からない」
「そ、そうか! 後は任せてくれ! な!」
明らかに狼狽した様子のレオだったが、俺も下手なことは言えない。せめて精一杯及び腰であることを表明しておこう。
そしてナキトからの視線が相変わらず痛い。口を開かず、ただ俺を見ているだけであった。
ここからは俺の出る幕でない。無関係でありたいところだ。
しかし、魔王の幹部が出張ってきた故、シンの警戒先に奴が手引きした上位魔族がいるのは間違いない。
必要ないと思うが、加勢に行って索敵班を安心させても良いのではないだろうか。
さて。野営や狩等、いろいろ経験していても体力は減るものである。連日体を酷使した所為か、やや足が重い。
今日は調査報告だけして、さっさと帰宅してお酒でも飲もうか。
――と、いかないのが冒険者ギルドである。
ようやっとたどり着き、裏口の扉を開けて中へ入ると、待ち受けていたのは喧騒と朗報の嵐だった。
大きな理由は2つ。
1つ目は『ハズレ枠の勇者』が上位魔族を討ち斃したとのこと。報告によれば新しく金貨を投げる魔法……スキルを習得して討ち取ったとのことだ。
俺が冒険者ギルドへ向かおうと歩いている後ろからレオ達が当然のように付いてきていたのは、既にこの情報を得ていたからだったのか。何とかやるせない気持ちを胸に仕舞い込んだ。
2つ目は、王都にて剣の勇者と杖の勇者が、エリック魔族化事件の実行犯と思しき人間を捕縛したとのこと。ひどく怯えてまともに話せない様子であるらしい。何でも街中でいきなり魔族から人間に変化したそうだ。精神が落ち着き次第、事情を聞き出す予定のようである。
当ギルド内では未だ捕まっていない主犯の推測や、俺達が出会した魔族についての話題で盛り上がっていた。
上級冒険者の数人が勇気を出して魔族の捜索に乗り出したのも盛況に一役買っており、今まで冒険者ギルド内で事の成り行きを怯えながら見守っていた銅級冒険者達は立つ瀬がなくなり、途端に慌ただしそうに依頼を吟味していた。
そんな、冒険者からの需要が急増する中で、依頼を出す供給側はというと。
それはそれは阿鼻叫喚である。
「この依頼、報奨金の桁間違ってるよ!」
「ギルドマスター! 早く帰ってきてくれ〜!」
「事務の人、1人ノビた! 代わりに誰か行って!」
「受付も手一杯なの! 調査が空いてるよ!」
「30分後にはもう行くんですけど……」
実に末期、もとい嬉しくない悲鳴の連続である。
「あ、ヒサギくん帰ってきた」
「……はい。ただいま戻って参りました」
もう寒くなってきた時期にも拘らず、汗を流して働くエルナさんが俺を目敏く捕捉した。
「もう、ね。分かるよね?」
「はい。まだまだ働けます。お願いします」
「ちょっと待って。……ヒサギくん、ちょっと臭うから、まず水浴びしてきてね」
「……はい。今すぐに」
のこのこ帰ってきた俺に拒否権など当然あるはずもなく、蓄積した疲労を騙して業務に臨むのであった。
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瞬く間に日は沈み、時刻が翌日へ切り替わった頃。ついに小休憩を手に入れた俺はエルナさんから許可を貰い、外へ出た。
目的の場所は久方ぶりの噴水の広場。時間もないので早足での来訪である。
中央に程近いベンチに腰掛け、夜空に浮かぶ月光を受け、眩く輝く水流を眺めた。
反射光が入り混じった雫が明滅を繰り返し、辺りに黒い染みを残す。
音もなく地と溶け合い、幾つも重なり、影に似た大きな冥闇を形成していた。
俺は呑み込まれないようにと、足を少し下げる。
今度は月を仰ぎ、瞑目した。
……この世界に来て、色々あった。
敗戦国の元英雄から一転、浮浪者に。
浮浪者から更に一転、冒険者ギルドの職員に。
多忙を極める毎日、止まない苦情。
決して少なくない侮蔑の眼差し、使い潰される体。
お世辞にも栄転とは言い難い。苦難の連続で、終わりの見えない毎日が続く。
そんな日々を過ごしているが、そこに嫌悪感は一切なかった。
何故か楽しいと思えた。
生まれて初めて、自らの存在意義について深く考えた。
街の人と会話を重ねていく内に、今までの罪が雪がれることはないと再認識させられた。
時代が変わっても、俺は俺であったのだ。
違う誰かには、なれなかったのだ。
俺は――どこへ向かえばいいのだろう。
目を開けて、もう一度月を臨む。
だが、見えなかった。分厚い雲に隠れ、光は差し込む余地を失っていた。
自問自答を繰り返す中でも、脳裏にこびり付いて離れない、今際の際に放った魔王幹部・アモンの言葉。
『魔王の為に、死にたかった』
それは、魔王が決して望まない言葉。おそらく他の誰かから齎された呪詛。
そうか。
やっぱりそうか。
俺を殺したところで、何も変わらないことは気づいていた。
国が滅びても、思想は生き永らえている。
人の行動理念なぞ簡単に蹂躙せしめる、思想だ。
なあ、今も、どこかで見ているのだろう。
我が母国――イースタシア。
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