第1話 願うものはすぐ側に⑦
店の戸を開けカランカランと付けられた鈴の音がなる。私は勝手知ったるとばかりに一切の迷いなく隣にいる子供の手を引っ張りカウンターへと向かった。彼女は素直についてきて私の隣に座った。
「ご注文は何にいたしましょう。」
「ちりめん丼と担々麺それと味噌ラーメンあと烏龍茶を2つずつで。」
「えっ?」
「えっ………あれ、もしかしてそんなに食べられない?」
「食べます。」
食べるつもりなんだ。私に付き合わせるような形で申し訳ないなとは思ったけれど……このくらいの意地悪なら許されるかななんて、そういうことだったのに……食べるつもりなんだ。
「烏龍茶どうぞ。」
「「ああどうも。」」
そんなことを考えていたら烏龍茶が出てきたので二人はそれを半分まで減らす。
「美味しい……」
「そりゃそうでしょうよ。葉っぱから作ってますから」
「へっ?葉っぱから」
「正確には畑とその周辺の環境からですかね」
「………」
彼女は何か恐ろしい物を見るような目で彼を見る。
「あの店員さん―――」
「俺ぁ店員じゃねーよ」
「え」
「ここの店長だが文句あるか」
「あります」
あるんだ――けれど
「なんだよ」
「店長があんなふうにサボっていいんですか」
「よくねぇしあれはサボりじゃねぇ。確認しておくとこがあったんだよ」
一見のお客さんと会話をしながら手を動かしている。この店長はちゃんと仕事はできるしするんです。
「確認しておくとこってなんだったんですか」
「お前らみたいなのがくるからだよ。ほら、ちりめん丼だ」
「はい、ありがとうございます………へっ…ちりめん丼?」
私達はちりめん丼を受け取るが……私が何注文したかわかってなかったらしい。―――というかさっきから彼女口調が間延びしなくなったな。
「お客さん。ここがどういう店かわかってないでいたんですか」
そう言われて彼女は店の前まで飛び出してしまった。そして上を見上げ掲げられた木の看板を読み上げる。
「えっと『ちりめんどんや――天獄』って何て冗談ですかこれは」
「全くだよ。天獄というのはこの店を建てた爺さんの故郷らしいぜ、それよりも次もあるんだからとっとと食っちまえ」
あっ、彼女が席に戻って来てる。店長さんのいうとうりなので
「「い、いただきます」」
「それとお烏龍茶のおかわりをおねがいします」
「あ、私も」
「あいよ」
私達は手を合わせその後空にしたコップを店長に渡す。箸をとりまずは一口――
あぁ美味しいなぁ。いつもいつもこれを食べたら涙が止まらない自分はおかしいのだろうなぁ。――そして勢いよくかっこんでゆく。
「いやいつものとおりお前さんに涙流してよろこんでもらえるのは嬉しくもあるんだけどさ、彼女何者なんだよ。もう空だぞ」
そんな馬鹿なと半分までになった丼ぶりに塩をかけているところで振り向けばそこにはしたり顔で空の丼ぶりを向ける彼女の姿があった。
「ホントに君何者なの」
塩の容器をテーブルに落としてしまった音が響く。容器は倒れずに直立した。
「おい、落とすな」
店長が文句をいうが倒れてないからいいじゃないか。
「おいしかったです」
「私になにを求めているというの」
いったい私はなにを考えているだろうか。不安と恐怖で身体中が震えているのがわかる。
「はい、担々麺と烏龍茶のおかわりですよ」
「ありがとうございます」
まぁそんなことは食べてからでいいかな。私達は店長から担々麺と烏龍茶を受け取る。
ますは確かめるようにレンゲですくって口に入れる。あぁこの辛さと挽き肉がたまらない逸品なんだ。
「天獄ってどこなんです?」
あ、まだその話続けるつもりなんだ。
「知らね」
「知らねってそんな――」
「知らねぇもんは知らねぇよ。天獄っていうくらいだからこの世のものとは思えないような場所なんじゃねぇのか」
「じゃあそのお爺さんは今いるんですか」
「今日はいないよ」
あれ?もしかしてこのこと聞きたくて私に連れられてこの店まできたのか。あと天獄は私も知らない。まだお腹に入るな。
「烏龍茶のおかわりと焼き鳥つくね3本おねがいします」
「おいおい、まだ食うのかよ。奴も後で連れてくるんだろ。拗ねるぞ」
「その時にはまだ食べられるようになるさ」
「あいよ、味噌ラーメンと烏龍茶のおかわり2つだ」
「はい、どうも」
私達は味噌ラーメンと烏龍茶を受け取る。のだが。
「さっきから私の方見てどうしたの?」
「いやあなたがたはどのような関係なのかなと思いまして」
なんだ、そんなことか。それは――
「あれ、店長味噌変えた?」
「変えた変えた、今日だけだが。お前らに食べてほしくて、それでどうだ」
「私はいつものが好きだな」
「そうか」
「という訳で烏龍茶のおかわりおねがいします」
「どういう訳ですか。私も烏龍茶のおかわりください」
彼女はしばらく私と店長との話を黙って聞いていたが――
「いや無視しないでくださいよ」
「「無視はしてませんよ」」
「いやしてましたよね」
「つくね3本とサービスでかわ2本だ」
「サービスなんてわるいね」
頭を上げて店長の顔を見て皿を受け取る。
「お前よりも連れてきたそいつがわるいと思っていればいいよ……お前にな」
「へっ?」
顔を上げていたため言われるまで気づかなかった。焼き鳥の串を取ろうと皿に手を伸ばしたら――ない、さっきまではあったのに。見れば皿には二本しか残っていない。ということは――
「店長さんの名前はなんていうのですか?」
「会ったばかりの人には教えられないなぁ」
「そんなぁ」
そんなぁじゃないよ。なんで私よりも先に店長に名前を聞くのさ。
「店長!喋ってばかりいないで仕事してくださいよ」
「喋っててもちゃんとやってるじゃねぇか」
「店長は黙っていた方がはるかに仕事ができるでしょうが」
「俺にもっと働けというのかお前は」
「とっとと片付けて休憩してくださいていってるんですよ!」
店の前で店長を引っ張っていった女性と喧嘩してる。いや店長の方が負かされている。流石に彼女も手が止まってしまった。
「嬢ちゃん、ここは初めてかい――」
「聞いてなかった訳ですね」
「俺たちゃ、これが聴きたくてここに来てるってもんだ。ガハハハ」
彼女は後ろのテーブル席の酔っ払いの常連客らしき中年おじさんの集まりに聞いてないこと話しててその人達になんだコイツはという目を向けている。常連客らしきというか常連客なんだけど。この人はなんでこんな朝っぱらから酒呑んでるだろう。いやこの店こんな時間にお酒出してたっけな。
「ボウズ、儂らが酔っぱらいに見えるか。アルコールは一滴も入ってないから安心しろ」
彼女はそれを聞いてキョロキョロあたりを見渡している。どうしたのだろうか。
「ボウズっていったい誰の――」
「――それは――」
男性達の一人が口をひらいたその時、『ドォン』という響くような音がいくつも重なって店の外から聞こえてきた。
「店長これで!釣りは次に!!」
私は懐からはだかで五千円札を取り出しカウンターに叩きつけ食べ終わった皿をそのままに勢いよく店を飛び出した。
そしてその後店内は何事もなかったかのように先程までの調子を取り戻した。
「いっちまったな」
「そうですね」
「行ってしまいましたね」
店の従業員たちがこうつぶやくに終わったのであった。
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