第1話  願うものはすぐ側に10

 僕は巨大な氷塔へ向け、身ひとつで飛行している。

 この氷塔が先程、大きな揺れと共に突如として現れたというのだからほんとに驚きだ。そしてさらにその塔を中心として、雪の塊から四肢をもつ氷の化物が次々と割って出てきた。その氷の化物は人の集まる方へ向かっていった。こんな警報が出るほどの近年稀にあるかというほどの大雪であるので向かう先は住宅街や先程僕が訪れた陣地なのだが……。

 当然ながら小野さん達もこの氷の化物の対処は行っている。そのはずだ。そうと信じたい。

 どうやら僕を迎撃するつもりのようだ。周囲に降りしきる巨大な雪粒がいくつも割れ、掴みかかる。

 僕は所持している杖剣を振り斬り刻む。そしてひとつを地面へ叩き込み、ひとつを塔の方へ蹴り飛ばす。それでも塔はびくともしない。

 下方向からビデオデッキほどはあろうかという雪玉がきた。

 そちらを向けばそこにいたのは先程落としたものよりも大きくビルの五階に相当するほどだ。実際に頭がビルの五階と並んでいる。

 ここら一帯は一般の方々を避難させているためこのビルも無人のはずだ。だがビルの窓からは背広姿でヒゲ面の中年男性がデスクに伏せているのが見えた。

 この男性を無視するのは心象が悪いだろうとこの雪氷の巨人を男性のいるビルから引き離すことにする。

 巨人の足元まで降りてゆき、杖剣を構える。

 巨人が気づき、拳を振るった。

 杖剣から高出力の砲撃が放たれ、巨人を真上に打ち上げる。

 すぐさま、打ち上がった巨人に追いつき、巨人の周囲に炎の槍を出現させた。

「《炎槍包囲撃ち》」

 そしてこの炎の槍を結界として巨人を包み、常人には目にも留まらぬ速さで放たれる。

 撃ったそばから次の槍が生成され放たれてゆくため巨人は動けない。巨人も恐ろしい速度で再生をしているがそれよりも受けるダメージ量の方が多い。

 しばらく撃っていると巨人は保有するエネルギーを高めていく。

 自爆するつもりだろうがそれをたやすく消し去るほどのものが杖剣に収束している。

 エネルギーの上昇速度がさらに速くなり最後の時となる。そして巨人自身による爆発よりも先に膨大なエネルギーに包まれた。

 杖剣から先程打ち上げたものよりも遥かに強烈なエネルギー砲が放たれていたのであった。

 流石にこれ程のエネルギーを消費することは惜しんでしまう。そこで炎の槍を放った後でさえ支配し続けることで結界を強固にしてゆく。

 そして最後の一撃には溜まったエネルギーを利用しさらに結界内にその熱量を閉じ込めたというわけだ。

 ただ、それでも消費が大きいことには変わりがない。これだけのものを撃ってようやく倒れたその体力がしんじられない。

 僕は歩道に着地して杖剣を支えに息を整える。

「はぁはぁはぁ、僕でこれだけ消耗するならほかはどうなっているのか」

 そして龍は地を踏みしめゆっくりと立ち上がり歩を進めてゆく。




 「ああもう数が多い!!」

 朝、炎の怪人に叩きつけたものである、弦楽器型武器コードエッジ01型version2を、近づき襲いかかってくる2m程度の大きさの人型の氷像に向かって振り回す。

 今日はほんとに異常な日だ。そして災難の日だ。

 地震が起きて氷塔が出現したと思えば程なくして私の前に、この氷像達が立ち塞がる。あの氷塔から氷像が生成されているのだろうと予想されるが、氷塔を倒してそれでこの氷像達も終わるかもわからない。

 後ろから槍を構えた個体が突撃する。

 私は身体を右側にそらし、大きく右足に熱を込めて、胸の位置にあてる。そして一気に加速をかけて地面に押し付ける。

 氷像が一瞬にして消える。

 さらに四方から新たに襲いかかってくる。私は地面を蹴り、飛び上がる。

 それらがぶつかったと思いきやそのまま変形して槍のような突起が跳ね上がってきた。

 私はその突起に武器の裏側をあてた。そして私の期待したとおり穿かれずに突起が潰れていった。だがさらにそれは塊となって勢いをますことになる。

 そうやって私は空へ打ち上げられていった。そしてまともに受け身を取らずに氷が張った地面へと叩きつけられる。

 その塊は雪玉となって私のもとへと転がっていった。

 そしてぶつかる頃には既に私は立ち上がって右足をあて、恐ろしくも巨大な勢いを殺している。さらに足を押し込み、18mの大きさもある雪玉が破裂した。

「さて、距離にしたら近いのにまだまだ遠いなあ」

 顔を上に向かせれば続々と先程、相手をしたようなよく冷えた連中が湧いて出てきた。クロウは氷塔の方へ向かいながらも次々となぎ倒して進んでゆく。

 

 




「え、なにこれ………」

 ティアマットは思わず戸惑いの声を洩らした。特に何かおかしくなった訳ではないはずだ。

 走り続けていて流石に疲れてしまったために道中の公園のベンチに腰掛けて少しの休憩としていた所に、周囲の雪景色が異様に歪んでいるが如く蠢いているのだから。

 そう、おかしいことといえばそのくらいだ。私がたかが雪道を走った程度でここまで疲れるなどというのもそうだ。私は体力にはかなりの自信があるので情けないよりもおかしいと思う。いやこうまでいうならかなりの自信というより絶対の自信というのが正しいのかもしれない。

 だからこそ、この異常なほどに体力の消耗が激しいことと目の前の風景が無関係ではいられないと考える。

 そしてアスファルトを砕き、地面から冷気が湧いてきている。

「もう、ありえない……………」

 普通は暖かい空気が上に昇っていくのであってその代わりで冷たいのがあるのは明らかに明らかにおかしい。

 そうだ。こんな時はバイト先の先輩に相談するのがいちばんだ。

 私は懐から携帯端末を取り出し思い浮かべた先輩に通話をかける

「もしもし桐乃先輩。じつはこれこれこういうことで――」

「ちょっとアンタこんな時にどこいるのよ!?浅野さんの呼び出しアンタには来てないの」

「げっ、朝田先輩なんで」

「げっ、とはなによまったく」

 なんと電話をひったくって出てきたのはマシン整備を担当してくれている朝田先輩だった。

 ほんとになんで二人が一緒にいるんだろう。もしかして……いやもうみんな来てるんだな。はははははははは………………………、この降雪の中での仕事か。

「それで何すればいいんですか?」

「飲み込み早いね。それで今アンタどこにいるのあいや言わなくていいもうわかったから」

 相変わらずひどい。そしてそこにイザベルさんもいるんですね。私のスマホから簡単に現在位置を特定されたらしい。あれ、桐乃先輩とそこにいるってことはもしかして。

「イザベルさんを現場に出したんですか?!」

 あのイザベルさんはかなりのインドア派でさらにいえばひきこもりニートと周りから言われているほどにひどい女性技術者である。だがそれでも己の技術には意地と自負と責任を負うことを厭わない。そんな人物だ。

 朝田先輩が乗り物マシンでイザベルさんがソフトウェアをおこなっている。

 そう、ソフトウェアなんだ。普段は製品の生産するような人なのに。専門じゃないのに片手間で済ませるのがいつも思うが恐ろしいほどである。なんであの会社こんな人達ばっかなんだろうか。

 ちなみにプログラム担当もいるのだがその人は現在帰省中である。そしてハード担当は休職中だ。

「そう、それでアンタのそばにトラックが止めてあるでしょう。そこに今回の車両があるから」

「いやなんでそっちにないんですか」

 いったい誰がここに置いていったのか。

「……………わたしのうっかり?」

 そうですか~、うっかりなら仕方ないですね。ああ、電話越しで首をかしげる先輩が伺える。

「じゃあそういうことで今回の目的地メールしたからよろしく」

 そういって通話を切られツーツーというのが耳元で響くばかりだ。

 ベンチに座ってから1分も経っていないが後ろで雪を被ったトラックがあるのは気になっていたがまさか先輩の忘れ物だったとは。

 私はすぐに切り替えトラックの後ろに回る。

 だが雪を被っていたということはつまりこの異様に埋まっていたということだ。周囲からひとつの意思を持つが如く降り積もった雪が覆いかぶさってくる。

 私は渡されていたIDカードを雪に隠れたトランクにかざす。そうしてトラックに降り積もったが溶けてゆく。これはトラックが熱を帯びていってるためである。爆発はしない。

 付いていた雪を溶かしきったトランクがゆっくりとひとりでに開いてゆく。まるで待ち望んでいた主を迎えるが如く。

 そこにあったのはオフロードの四輪バギーであった。それが勢いよく飛び出してゆく。

 私は咄嗟に身を屈め頭を越したところに飛び上がりハンドルを掴み乗り込む。

 私は襲いかかってくる雪景色を次々と蹴散らしてゆく。まるで長年の相棒の如く、今始めて乗ったばかりのマシンを操って。

 ただの人間が行うにしてはあまりにもしんじられない光景である。

 この降雪に触れれば一瞬にして己を消し去るほどかもしれない不明なものというのにそれをわかったうえで気にした様子もない精神の異常性というのがこれを観た、なにも知らない一般の方が持つ感想だろう。だが当然ながらそんな者はここにはいない。

 送られたメールを確認してからそして雪道をさして気にせずに突き進む私―ティアマット・グレイドであった。

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