第1話  願うものはすぐ側に⑨

 私はこの大雪の街の中を走り回っていた。朝、出会った炎の魔人と同じ匂いがこのあたり一面にするからだ。自分でやる必要があるのかって? 必要はないけれど関わった責任がある。そういうことです。

 ああそういえばあの姉妹はどうしたかな。その炎の魔人から出てきた青年が何者かというのも気になっている。

 こういうことだから人っ子一人いない状態である。

 この大雪でいきなり立ち去ってしまって龍は驚いただろう。おそらく心配していることだね。

 そして私の走っていた正面に人影が横の路地から現れた。

「よッ」

「こんにちはフロウリアさん」

 その人影がフロウリアさんだとは思わなかった。

 この青年、フロウリアさんの職業はつわものをだとと本人から聞いたことがある。つわものってなんだとは今でも思っているが。

 ただ、それでも彼にとって武器と言えるようなものを持ち歩くことから冗談ではないのだろう。

 ただそれが物干し竿なのがふざけているようにしか見えないのだが。

「お前一人だけか?あいつはいっしょじゃないのか」

「フロウリアさんはなんでこんな大雪の中、外にいるんですか」

「………聞いた俺が馬鹿だった」

 なんていわれようだ。そのとおりなので否定ができないのが悲しくなる。

 フロウリアが物干し竿を上に向かって投げ飛ばす。

 柄からワイヤーロープが伸びて槍のように虚空に突き刺さりヒビ割れが見えた。そしてそのヒビ割れた狭間へと飛び込んでゆくフロウリア。それを見つめているだけだった私。彼が地面に落としていった十字形の金属体を拾う。これは龍が所有しているクロスレンチだとわかった。

「…………えっとそれでは私は――えっなに!?」

 突如として地面が轟音と共に揺れ動き周囲の建物の窓ガラスが割れ、電柱や信号機が倒れる始末である。

 足元を巨大な影が覆い隠す。その影は轟音が聞こえてきた方から伸びている。

 私の予想では――。

「ここから西に10.5キロ程度……少し遠いかな」

 そして顔を上げその方向へと向く。

「…………なに…これ……………」

 そこにあったのは天まで貫く高い高い無骨な氷の塔である。

 そして私はその塔へ向かっていったのでした。

 




 どうしてだ。僕はどうしてこんな警報が出るほどの大雪の中を駆け回りそしてその警報を手持ちの端末で確認するまで気づかなかったなんて、なんて間抜けなんだ。いや、明らかにおかしい。

 クロウを探し回るといってもやることは簡単でそれが難しい。何言ってるんだこれ。

 ただおそらくこの異常な吹雪を止めるよう努力すればいいのだから。そうすればきっと簡単にそしてすぐに再開して解決できるはずだ。

 なぜ努力だというのかっていえばそれは僕一人で解決できるかわからないからだ。

 ああなんて情けないことだ。けれどもこんな事態にずいぶんと楽観的な自分に驚きもしないことに呆れるばかりである。

 そうして走り回っていたら黒塗のトラックが複数止まっているのが見えた。そのトラックの周囲で大勢がテントの設営を行っている。いったいどこの組織だろうかと眺めていたら後ろから声をかけられた。

「あれ、何してるんですかこんなところで」

 振り向くことをすればそこには暖かそうなダッフルコートをまとった眼鏡の優男がいた。

「小野さんこんにちは。小野さんがいるってことはそういうことですか?」

「その台詞セリフそのまま返してもいいですかね」

 うっ、そう言われると…………。どう返せばいいのか。

 この小野おの晃一こういちという男は警察組織の中でも高い地位にいるということだ。なぜそんな言い方をするかといえば会うたびに階級が変わっているからだ。昇進したと思えば次に会った時にはさらに下の階級へと降格していたりともうあてにならないとばかりに僕は諦めた。

 とまあそんな謎が多いが僕個人としては信頼に値すると思っているようなそれがこの小野晃一という男である。

「で、どういう経緯であなたがここに?」

「どういうもなにもうち以外にも色々なところがこの周辺に陣地敷いてるといるというのに。これはもう戦場とも言えるようなレース会場ですよ」

 レース会場とはいったいなにを求めてここで争うことになったのか。この寒気の正体がどういうものか既にわかっているのか。いやおそらくそれはないだろう。流石に僕より早く精度の高い探索が通常の機関でできるとは思えない。自信過剰かもしれないが。

「いったいここでなにを探し当てるつもりなんですか」

「いや、この災害を止める方法。これ私が集めたのだけど」

 ん?なにかすごいことが聞こえたな。

「えっこれ小野さんが扇動したっていうんですか」

「そういうこと。仮初ではありますが協力関係もなんとかありますし、私がここまで集めましたってやつですよ」

「ごめんなさい。それはわからないです」

「あっそう」

「ところでどれ位集まったんですか」

「じゃあそういうことも含めてテントの中で話ししましょうか」

 彼の案内でおそらく会議室として使っているであろうものの隣の個室へと居座ることにした。

 そこは、外から見ていても先程敷かれたもののは思えないほどにしっかりとしたように感じたがこの部屋もなかなかに出来がいいとわかる。

 僕は部屋の中央に置かれた卓に添えられた椅子にでーんと座り込む。周囲の構成員たちはいい顔をしてないがこれは構わない。

「で、僕に何をさせたい訳ですか。ないなら帰って構わないですかね」

 こんな時に呼び止めて僕は機嫌が悪いのだ。

「このチームは今回のためだけにここに招集かけた訳ではなく、このあいだの件での事後処理で残っていたということを覚えていてほしいですね」

「そのせつはまことに申し訳ございませんでした」

 僕は勢いよく頭を下げた。いろんな人に迷惑をかけたのは事実であってそれをねじまげるつもりもない。

「正直いって、同じようにといったらおかしいかもしれないが世界中でこのような異常気象や災害が起こっている訳ですからね。まとめてひとつの天災として扱って構わないんじゃないですかねもう」

「そうですか、世界中で……はい?」

 今この男はなんといったか。こんな異常気象が世界規模というのかそれとも世界各地それぞれで起こっているというのか。そのどちらかによってやることは当然ながら変わる訳である。

「冗談にしか聞こえないでしょうね」

「ええじゃあ見せてください」

「ん?なにをかな」

「あなたのことだから常に情報まとめて複数用意してるのではないかと」

 彼は苦笑を浮かべひとつ手のひらに収まらないほどの端末を懐から取り出し僕に渡してきた。それを受取り端末が溶けていくように消える。

 周囲からは動揺や衝撃が広がる。あれ、みんなどうしたのだろうか。

「私は構わないがここにはなれてない人たちも多いからできれば控えてほしいですね」

「すいません、うっかりしてました。でもどうせ小野さんは最初から僕をここに呼ぶつもりだったのでしょうからちゃんと説明してると思いました」

「説明したさ。普段の君は界隈で言われているほどそこまで怖くないってね」

 僕はその界隈でなんて言われてるんだ。多分というか絶対、ろくなことにはなっていないだろうに。

 さて、この端末にあった情報とは………すごいことですね全く。

 ホントにあっちこっちの国や組織から人員が残っていたのかと驚きを隠せなかった。その中にはここにいる小野さんみたいな僕が迷惑をかけてしまっている人も多くいる。

 ただ小野さんが世界中といったのは冗談ではないようだ。端末にはかなりの面子が大急ぎで本国に帰っていったり陣地を整えたりと慌ただしくしている様子が伝わってくる。

 現象の中心とされている地点の周辺、つまりここらに精鋭中の精鋭が揃っているというのは驚くと同時にその度胸に感心もする。

「それじゃ、僕はもう行きます。情報ありがとうございました」

「あの、君にはこれから始まる会議にいてもらいたいのだけど」

「いや、クロウがどこかいっちゃって彼女探さなきゃいけないわけですよ」

 そういって僕は小野さんが見送る中でこの陣地から立ち去っていった。

「さて………私、彼をこの会議の場に連れて来ますと啖呵きっちゃったんだよなぁ。 どうしよう」

『小野さんが調子こくからでしょうが!!』

 この小野晃一という男には愚痴すら許されないらしい。淡々と仕事をこなしていればただ少し優秀ですむのに…大きな口を開くのが周囲の人たちもよく知っている悪い癖。

 そんなことを特殊機動部隊 GOーCOV の副隊長である鬼塚おにづか将司まさしは思いそこから少し離れて眺めていたことであった。


 

 なんということだ。まさかパパがいる中であんなことされるなんて。パパ、昔は優秀な工作員だったとたまに店にくる当時の仕事仲間からよく聞くけれど疑わしいことだ。普段はふざけてて間抜けなことをしたと思えば思慮深く強烈な布石を打ち周りからも何考えているかわからないと思わせるなどと言われていたがそれを信じるとあの少年に会いたくないもしくはパパは店で私には見せたくないなにかをしていると考えられる。いや、前者であればあの少年のことを知っていたことになる。その場合あの白髪の少年のことを何も言わなかったのは流石にどうかと思うのだが。

 ガラガラガラガラガラとかき鳴らすものがすごい速さで背に向かってやってくる。

 ズザーーッと後ろから自転車が勢いよく私の隣までやってきた。

 雪が少しばかり足元にかかる。自転車に乗った彼が息を切らせながらこちらへ振り向く。

「おい!馬鹿なのかお前はこんな大雪の中駆けてくなんて。エディさんがこれ持ってってやれって」

 そして彼は自転車の前かごから茶色いダウンコートを取り出し私に差し出した。

「あっ、ありがとう。こんなとこまできてもらって…ごめんなさい」

 私は差し出されたコートを受け取り袖に腕を通す。

「いいってことよ。で、そのケースごと取ってった野郎には会えたのか」

「………いやまだ」

「……そうか……エディさんもあのくらいなら安いもんだからほどほどにして帰ってこいってさ」

 彼は自分でもしんじられない様子で言う。

 それも当然だろう。うちのコーヒーのオリジナルブレンドはコーヒー豆一粒でそう呼べる代物だからだ。うちは自らで農園を持ち、、そこで長い期間をかけ様々な品種と掛け合せた品種がオリジナルということなのだ。そして未だに品種名が決まらず『オリジナルブレンド(仮)』ということになっている。生産量も多くないために高額な値段になってしまう。

 札束ひとつじゃ足りんのだ。

「いや、流石にここまで時間かけたら意地でも見つける」

 ティアマットは道の先を鋭くにらみ付ける。

「おいだからほどほどにしろと…お前はこんなこと聞きやしねえか。じゃあ俺はもう帰るから」

 そういって彼は――時谷ときや等介とうすけは暗く雪の降り積もる中、乗ってきた自転車をおして自宅まで帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る