第1話  願うものはすぐ側に⑥

「ゼエ ハアゼエハア、あのちょっと待ってくれませんか~。これでも私先程まで倒れていたんですけど~~」

 ようやく目当ての店が見えてきた。後ろで息を切らしている子がいるがもう目的地は目と鼻の先だというのに立ち止まることができるほど私の心は穏やかじゃない。歩を進める勢いはさらに増してゆく。

 そして幟旗のそばまで着き立ち止まり後ろを確認したがそこにあの子は見受けられなかった。

「 あれ、もしかして置いて来てしまったり?……うわっと!」

「 だから待ってくださいって」 

 どうやら懐まで来ていたらしい。脚にしがみつかれることで思わずつんのめってしまった。幟旗に掴まることで倒れはしなかったが。

「 いや、さすがにこれはおかしい」

「 えっと~どこがおかしいんですって〜〜」

 ゆったりと間延びした声で聞いてくる。そういうところなんだ。

「 君、さっきまでゼエハアいいながら向こう走ってたよね?」

「 あっはいそうですね~」

「 だというのにどうして私が立ち止まり後ろを振り向いた時にはすでにそばまで来ていたなどということがありえるのか。別に私、だるまさんがころんだやってるつもりないのだけど」

「 だるまさんがころんだですか~。楽しそうですねね~~。いまからやりますか?」

「 やりませんよ。店の前でそんなことしてたら迷惑でしょうに」

 いったいぜんたいどうなっているんだこの子は。さっきまであんなにつらそうだったのにもうこんなに走り回れるなんて。

 そんなことを考えていたら私よりひと回りは大きいであろう影が現れた。

「 そう、そのとおりだ。このような場所で動き回れたらたしかに迷惑だ。だがな、そんなふうに店の前につっ立ってられるのもそれはそれで迷惑なんだよ」

「 「 っ〜〜たいですね~~」」

 私達はその影の主に頭頂部へ拳骨を食らった。そして二人で頭を抱えうずくまっている。

「う~。どうしてこんないきなり女性を殴るような真似を―」

「命が惜しかったらやめときなさい。」

 私は目の前で涙目になっている彼女にそう警告した。

 そう、今私達の上にいるのが誰かなんて声でもうわかっている。そしてこんなことを一切の容赦なくする人を私は他に知らない。

 恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは私の予想通りの人物だった。

「あの~そちらの方とはお知り合いですか?」

 怯えて未だに頭を抱えてしまっている彼女は私にそう問うてきた。

「「はい、お知り合いです。」」

 ……まさか示し合わせたかのように揃ってしまった。彼女は困惑しているようだ。それは仕方のないことだと思う。私も困惑している。

「いや、俺も聞きたいのだけど、その子どっから連れて来たんだよ」

 私は叩かれた所をさすりながら立ち上がり素直にその時のことを語った。

「広場のウサギの近くで倒れてきたのでお腹が空いたのかと思いここへ連れて来たのですけれどご迷惑だったかしら?」

「あ~はいはい、今日は恐ろしく暑いからねえ。……さっきまでずいぶん元気に走ってたけどそれだけ動けるなら大丈夫なんじゃないか。そんな小さな子連れて来て保護者が心配してるんじゃないのか。」

「やはりあなたもそこに気付いてしまいますか。」

 そうなんですよ。私もそれがずっと不思議でたまらないのですよ。小さい子は急に元気になったりするから不思議ではないのかいやでも。

「まあいいや、お前さんが妙なことに巻き込んだり巻き込まれたりするのでなんだって構わないさ。長い付き合いだ。お前さんの近くにいりゃ面倒事が起きるか起こすか起こされるかが常にあるからな。何かあったら俺にも参加させろよ。」

 考えが纏まらないうちにそんなことはもういいと言われた。それを聞いた彼女が少し、ほんの少しだけれど私から離れていってしまった。

「あらあら、そんな私を物語の主人公かなにかと思われていただなんてとても悲しいですわ。」

「事実なんだから構わないだろうが。心にも思ってないこと言ってあががががー」

 「あんた外の掃除から戻ってこないと思ったら何を話し込んでるのよ。恥ずかしいからそういうことでしなさい!!忙しいからそんな余裕ないけどね。」

 彼の同僚で店の従業員の女性が彼の首根っ子を押さえそのまま店の裏に入っていった。

「……いったいなんだったのでしょうか。」

「驚くのも無理ないと思いますぇけれどその言葉は現在進行形であなたに言いたいのですけれどね。」

 彼が立ち去ったからかすでに立ち上がって入っていった。店を眺めている。

 この子こんなに元気なんだから本当に保護者探しに回ったほうがいいのではないだろうか。なぜだろう、急にこの状況がおかしいと思えてきた

「確認しておきますけど、あなた私に暗示のかけたりしてませんわよね?。」

「えっと、しましたよ。」

 この子はなんてことないことのように簡単に肯定した。もしかして彼が声をかけたのはこの子に対する警告のつもりだったのか。だとしたらなぜこの子は私にこんなことをして近づいたのかそれが疑問としてでてくる。

「そうですかではいったいなんのためになぜ私だったのですか?。」

「ぉ御姉とはぐれて寂しくてお腹減ってそれでそれであなたが比較的こういうことしてもあまり不機嫌にならなそうで……」

「……それだけですか?。」

「そ、それだけです。」

 たったそれだけのために他人に暗示をかけてなんだか肩透かしを食らった気分だ。これはもののついででほかになにか目的があるんじゃないかと考えた私が馬鹿みたいだ。

「じゃあはぐれてしまったお姉さんにはいろいろということが……いえやめておきましょう、では約束した覚えはありませんがご馳走しますよ。」

「はい!!ありがとうございます。」

 なにか後ろめたいことがあるのかともしかしてこの子の姉はこの子がこのようなことができると知らないのではないか。そう思い機嫌良くなってもらおうと思って提案したが思ってたよりよろこんでもらえてよかった。あれ、私なんでこんな子供の機嫌を取ろうなんてしてるのだろう?。もしかして私彼女のお姉さんと知り合いなのだろうか。

 いくつかの疑問を抱えて私は彼女の手を取り店へ入っていった。

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