第1話  願うものはすぐ側に⑤

 ………………暑い。なぜこんなにも暑いんだ。まだ春だというのに。いや、昨今地球温暖化が問題と久しいから4月でも常人ならば汗が額からしたたる程度ならおかしくはないのだろう。

 そう、常人ならば。たしかに今日はいつもより暑いなとは思うのだがこの程度ならば特に問題ないとしてしまえる。通りかかる周囲の人々ははやくも夏の装いでうちわを煽っていたりハンカチで汗を拭うなどしている。手持ち扇風機で涼む者もいる程だ。   

 皆さん準備がいいですね。いや、おかしい。さすがにここまでくると異常だ。まだ朝の九時なのに、4月のこの時間帯でこれほどの暑さとは体調をくずしてしまう者が現れてもおかしくはない。昨日は定期検査で今日はラーメン食べ歩きに付き合うことになったが明日は特に予定もないはずのでゆっくりすることにしよう。そう、特になにかあるわけじゃないはずなんだ。なにか大事なことを忘れているような気がするがそれほど大事ならいずれ思い出すことだろう。

 それにしても遅いな。待ちあわせ場所は駅前広場にある巨大なウサギの像の前で間違い無いはずなんだけど。………そうそう、このどのような理由で置かれているのか誰一人として知らないという謎のウサギの前に朝の十時にとそう一昨日約束したはず……私がくるのが早すぎただけか。

 さてそれまでどうこの時間を過ごそうか。脚に何かがぶつかった。脚にあたるというとスーツケースだろうか。いつまでも脚にのしかかる重しがどかないのでなにかと思い視線を下ろす。

 そこには衣服を汗でびっちょりと濡らした幼い子供が朝日で熱せられたアスファルトの上に倒れ込んでた。

「 ねえ君、大丈夫…じゃないね。返事できますか?」

 呼吸が速く荒い。だがうわ言のようになにかをつぶやいている。

「 は」

「 は?」

「 まだまだですよ~~私のお腹はこれでは満たされませんよ~~~」

 いや、これ本当にうわ言なのか不安になるな。なんて食い意地のはった子供だろうか。

 見なかったことにできないかなこれ。いやさすがに一度声をかけた手前、そういうわけにはいかないだろう。

 とはいえ、この子供をどこかへ連れて行っていいものか。さすがにこれほど幼い子供が一人でこのような場所にいるとは考えにくい。きっと今頃この子がいないことに気づき、迷子になったと思い探し回る人がいるかもしれない。いや、そんなことは考えないようにしよう。

「 あれ、あなたが美味しいランチ食べさせてくれるんですか〜」

「 意識戻ってすぐさまそのようなことをいえるのか私は不思議でなりません。そしてランチにはあまりにも早いと思います。さらにいえば人違いじゃないですか。私はあなたのような見ず知らずの年上の女性に飯をたかる人にランチをご馳走するつもりはありません」

 こんな図々しく素性もわからぬ先程から見受けられる言動をみるに食べることしか考えてないようなそんな子供に関わるのはやめておこう。

 そう思ってその場から一旦立ち去ろうと顔を上げ子供に背を向け進み出そうと………してなぜか脚が上がらない。

 振り返り下に目線を下ろす。そこには先程の子供がしっかりと二つの足で立ち私の裾を掴み真っ直ぐな眼差しでこちらを見つめている。

「 いや、そんなふうに見つめられても………」

 その目の輝きはます一方であった。

「 いや、だからその………」

 目を潤ませ足にしがみつき上目遣いでこちらを見ている。

「 …だめですか?………」

 こんな猫なで声で甘えてこられて私は自分の顔が引きつってるのがわかる。

「 どこか美味しい店行きましょうか」

「 ありがとうございます~~」

 その子供は

 こんな朝から営業している飲食店なら近くにあるのを知っている。ああでも元々待ちあわせて行くつもりだったんだがあの店には。知らない子といった

 なんて知ったら拗ねるだろうか。いや、この子に嫉妬の念すら抱くかもしれない。どうやってなだめようか。

「 さて、じゃあさっそく行こうか。美味しい物を待たせないようにしなきゃね」

 私はその子の手を掴み真っ直ぐに走り出した。

「 おねえさんのそういうとこ私大好きですよ~~」

「 ん?なにか言いましたか?」

「 なんでもないですよ~~」

 振り返るとそこにあったのは年相応のはつらつとした笑顔だった。いや、年相応とかいったが年齢を含めてこの子のことをなにも知らない。そのことに一抹の不安を覚えながらもこの笑顔のまえにはそんなことは頭の隅に追いやるほどのちからがある。

「 さあ極楽のラーメンへといざ飛びこめえええ」

  


 なお、目的地が徒歩数分という駅近だとで走って無駄に汗をかき体力を消耗させてしまったのはご愛嬌ということで。

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