第1話  願うものはすぐ側に④

 あぁいったいどうしてこんなことになったのか、まったくもって理解できない。何で僕はこんな雪の中を駆けずり回っているのだろうか。

 今日、朝起きてから順番に思い出してみよう。

 


 

 だだっ広く絢爛で暗闇に覆われたこの部屋に一筋の光がさしこみ装飾がそれを反射する。この夜明けと共にやってくる清々しい朝を晴れやかに迎えることが……

「グガア…グガア…」

 ならなかった。

 あぁ、まったくなんでこんなにも朝日というのは眩しいのか。

 夜更けまで行っていた作業が決して平凡とは言えない頭脳と肉体を疲弊させたということだろう。なんとも情けない話だがどちらも今はとても動かす気にはなれない。

 寝る前にセットしたアラームがなった。だがそれでも起きる様子はない。

「 グゴオ"オ グゴオ"オ」

「 けっ、きれいにいびきかいてねてらぁ」

 天井から人影が浮かび上がりそれが落ちてきた。

 その人影は立ち上がり手元の長物を壁に掛け、ベッドの下から十字型の金属体を拾い上げ未だベッドで眠りこけている少年の額へ叩き付けた。

「 ったいなもう、いったい誰で…君か」

 文字通り叩き起された龍は頭が前後に小刻みに視界もぼやけてしまっているがそれでもそばに誰がいるかはわかる。

 彼は何事もなかったように龍を叩いた金属体を元あったベッドの下に置き朗らかな笑顔で爽やかに声をかけた。

「 おはようございます。今日も清々しい朝ですね」

 なんか顔がイラッとしたので枕もとに立てかけておいた愛用している杖剣の柄部分で彼の頭頂部を叩いた。やり返したつもりはないのでそこをお間違えないよう。

「イタッ。いきなりなにすんだよ」

「 いやそれ僕が先に言うべきセリフ。でもそうだよね。なんかイラッとしたからなんてはっきりとしない理由で人を叩いたらだめだよね」

「 すいませんでした」

 抗議をしたところで有無を言わせぬ笑顔には勝てなかったらしい。彼はもの凄い勢いで頭を下げた。

 龍は叩かれて赤くなった額を撫で彼を問い詰めた。

「 …で、こんな朝っぱらからどうしたっていうのさ。今日は特に用事もないはずだけど」

 いったいどうしたのだろうか。彼は怪訝な目で龍を見上げている。

 そして龍にこう告げた。

「 おいおい寝ぼけてんのか、それとも叩き過ぎかぁ、だとしたらすまん。ほら、たしか今日は殿下とのデートだったろ。女性を待たせるようなことしちゃいかんだろ」

 彼が殿下と呼ぶのは彼女のことだろう。けれどデートだなんてそんな。

「えっと、僕とクロウでデートとかそういう冗談はやめてくれないかな。今日はようやく完成したフライトデバイスの試験があるんだから」

 龍のその答えに、彼は一つ溜息をついた。

「 冗談言ってんのはてめぇだ。たしか一昨日おととい約束したんだろ。なんか良さげな喫茶店見つけたから今度言ってみようかって。あっ後で俺も連れてってくれよな」

「近い近い近い顔が近い鼻息が荒いそしてのしかかって来るんじゃない!」

「 はーい」

「 そういうならとっとと……ずいぶんと素直だね」

 彼は勢いのない返事と共にベッドから降りた。

「 男女が連れだって歩けばデートだろ。まさか約束を憶えてないとかそんなことはないよが!!」

「 だから顔が近いって。そんな約束した覚えなんて……ごめんあった」

 龍は再び彼を杖剣で床に叩き付けた。彼が顔を上げるとそこにあったのは顔を蒼くそめ枕に伏せてしまっている龍の姿だった。

「 えっ、いや思い出したなら良いのだけど。そんなうずくまっていったい何が怖いっていうんだ」

「 こんな大事な約束を忘れてた自分」

「 ならとっととベッドから降りて仕度しろ」

 彼はそう言ってすぐに腕を組み首を上下に揺らしてしまった。

「 いや、立ったまま寝ないでよ」

「 寝てない」

 返事はすぐに返ってきた。ちゃんと意識はあったらしい。

「そんなふうにウトウトしてたらすぐにでも寝てしまいそうだよ。用件済ませて部屋から出てってくれると僕の心の平穏に優しいのだけど」

「 さいで。お邪魔しました」

 いったい何の用だったのか。彼とはそれなりに付き合いがある。親切に起こしにきたとも思えない。そんな意図のわからぬ訪問に頭を巡らせていたら彼は、その少年は、フロウリア・コール・ティイルは長物を水平に持ち扉から軽やかに部屋を立ち去った。

 その後には古びた壁掛け時計の振り子が鳴らす奇怪な音が部屋に響くだけである。

「 全くなんでこんな大事なこと忘れてたのか、言われるまで思い出すことができなかったなんて。疲れてたか、何物かに暗示をかけられたか、それとも……この僕も寄る年波には勝てないということかな」

「 てめぇらみたいな化け物が自分の老化なんて心配してんじゃねえ!!」

 部屋の外からフロウリアの叫び声が聞こえてきた。

「 たしかに僕のような存在は化け物などとよばれるのも当然なのかもしれない。けれど、この程度の独り言が聞き取れる君も相応に化け物だと思うけど」

 龍はベッドの下に手を入れた。ベッドの下には龍が愛用している道具があって、それは見た限りでは4つの大きさのものを一つにまとめたもののそのおかげで力が入りにくくそれならそれ4つそろえて持ち替えればいいのではと友人から言われたこともある簡単にいえば先程人の額を叩いた物だ。

 龍はベッドの縁を持ちひっくり返した。そこにはホコリ一つとてなくまっさら状態だった。

「 ぁ、僕のクロスレンチがない……」

 龍は愛用していた道具を取られたことよりもまんまと出し抜けられたことに衝撃を受けた。

「 僕……鍛えようかな…………」




 朝っぱらから酷い目にあった……。なぜあんな朝っぱらから愛用の工具で叩かれることになりそしてその工具をそのまま持っていかれるのか。これが今日朝ベッドで起こったことだとシンシンと雪が降り積もる中、立ち止まり嘆いた。

 


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