最古とは曰く⑦

 人間というのは所詮捕まってしまえばここから抜け出すことすら難しい。拘束をされている状態であれば、本気でギシギシと骨が軋むかという動きをしないように気を付けなければいけない。

 だがそんなのを言われても目覚めていきなりそんな場面に置かれてしまえば咄嗟に起き上がろうとするのは特におかしなことではない。それのせいで全身から恐ろしいほどの激痛が走ってしまうことになるのが困りもの。

 それのために身体中が切り刻まれるかと思う幻覚を浴びるのは出来れば避けるべきなのだが、自分のトラウマなんて簡単に消えてくれないからそんな呼ばれ方をするんだよ。

 トラウマの克服なんてそれこそする必要があればしてやるという考えだ。ただそれのせいでレースのたびにそのトラウマが触発されるのはかなりのストレスになっている気もする。精神をすり減らしてまでとも思うかもだがそれでもようやく手に入れた夢なんだ。だからそれをはいそうですかと容易く手放せるほど、諦めるほど楽にはなれないよ。

(たとえ再び傷だらけになったとしても俺は走るのをやめるつもりはない。そうでもしなければ一緒に戦場を駆けてきた戦友に申し訳ない)

 そんなことを言っても有刺鉄線で拘束されてしまっていることには変わりなどあるはずもない。いつの間にかという感想が浮かんでくるのだが、それはそれとしてだがすんごい怖い思いもした気もする。

 戦闘ヘリの操縦だったりもやったことはあるが、それでも高所恐怖症である自分にはよくやれていたなぁという感想が今となれば思うことばかりだ。それで先ほど冷たい空気をこの身で浴びながらもただ気絶してまで運ばれていた気もする。そんなのを気のせいだと断ずることをしたいが、実際身体中が余りに冷えすぎている。というよりは恐ろしく熱の変動があったのではないかという感想がある。

 ここは牢獄であるのか。鉄格子の向こう側というのを窺い知ることは何故か謎の闇によって隠されてしまっている。これが演出の類であるというのなら流石に手が込んでいるとしか言いようがないよ。

 そして有刺鉄線とかで全身を拘束されている以上は動き回ることすら困難を極めること。倦怠感が入ってきているせいでフラフラと揺れ動いているしか出来やしない。

 どうにか鉄格子からすり抜けてやろうかとも思って身体を横にしてまで試みたのだが実際にそれは成功しなかった。簡単に弾かれてしまってまさか反対側の壁にまでぶつけられてしまう。

 苦悶の声を上げてしまうがどうせこの場には誰もいないのだ。聞いている者がいない声など、虚しいだけだ。悲しくなって涙を流しても興味を持ってくれる奴はいないんだよ。精々眼元が乾燥しないように気を付けなければという話だから。

 だからそんな中で誰とも知れない声がかかってくるのならどうしても興味はもってしまう。創造主だとしてもたった一人で居続けるには怖い、精神が無事では済まないはずだ。それでイマジナリーフレンドでも用意してしまえばそれこそ楽しいのだろうが………………どうせ自分の解釈一つで捻じ曲げてしまえるのなら虚しいだけだ。

 いいや、すべてを創り出した創造主こそが一番に一人は嫌だと、寂しさで震えてしまっているのだろうか。対等な友達が欲しいのにそれが手に入ることなど一切ないと決められてしまっているから。所詮は子供なんだよ。精神が。

 その者の胸先三寸で決めてしまえるのは、当人が一番嫌だと喚いていること。可能性があるとしてもそれを信じられるのか。有している万能感というのを失うのにはかなりの決断を必要とするだろうか。自分の世界に籠っていないで外にへと出て挑戦をしてみないかと言われても叶えられる望みは限られている。あぁそうだ、自分のその世界であれば何でもあるんだからわざわざ外に出る必要もない。何を好き好んで危険に向かっていくのかと。

「じゃあここから出てみないか。どうせこの先にあるのは飢え死にか、それとも終わらない恐怖でしかない。もしかして永遠の苦痛でも浴びたい人ですか。だとしたら相当の変態ですね」

 何だこの男は。鉄格子の向こう側から話しかけてきているのはわかるのだが、それであればどうやってここまで来たのかという話になってしまっている。思考が堂々巡りだ。素直に従うのもこの提案を拒否するのも危険だと勘が知らせてくる。

 だが早く返答を出さないのも色々と怖い。

「出たいというのは確かに正直なところだ。だが悪いがそれに素直に応じてやるほど暇ではないんだよ」

「ほう、一体全体どんな経緯でその考えに至ったのか聞かせて貰えないだろうか」

 顎に拳を当ててどこか足元を覗くようなことをしているのだが少ししゃがんでしまえばそれがあの有名な彫刻家のオーギュスト・ロダンの手による『考える人』に近いシルエットとなるのだから不思議なモノだと思う。あぁそういえば今は日本にあるのだったか。

 それで彼が覗き込んで思案を巡らせているその内容というのはいったい何だろうかなぁと。そんな姿を有刺鉄線に縛られながらもどうにか近づいていったジャンカルロ・アルミロ・エピファーニである。立っているだけでかなり体力を消耗してしまうのだが、この冷たいステンレス鋼の床に寝そべってみれば余りの冷たさで徐々に体温を奪われてしまうとかいう面倒な場面に置かれている。

「お前が俺を攫って行った一味である可能性もあり、これで害意がないとも限らないわけだ。ここで俺を危険な場所から助けるために強引にでも移動させていったという理由も立つのだがお前はそういう話でもないはずだよなぁ」

「………………どうしてそんなことが言える」

 ここでほんの少しの沈黙から纏う気配を多少切り替えて口を開いてきていた。それは冷たくも感情で表面では笑っているという気持ち悪いそれ。仲間意識がないわけでもないのだろうが、それは他を知らないために印象と偏見でしかない。

「鼻が利くというだけだ。お前は未だに名乗っていないこと。それとこちらの名すらも呼ぶ事無く明確に目的意識を会って話しかけてきたから」

「たったそれだけで他人の良心を疑うなんて悪い子だろうなぁ。一度矯正をした方がいいかも」

 好き勝手に口を開き始めた目の前の男を相手にしてジャンカルロは自分の論を語ることにする。

「まずはその腐った蟲共の匂いがしてくること。これは明らかにそういうのを常に相手にしてきたことの証明。これは主観だ、お前はそれを憎むべき敵としているのではとも、それを横に並べているのはどうせ変わらない。そして他に牢に入れられている者はいるというのにわざわざ俺を目指して話しかけてきている以上は俺を目的もしくは手段としているという結論。別に俺である必要もないのだろうが、他に都合のいい存在というのは居やしなかったという現状なのだろう。それならば名を知らぬのも仕方ないが、お前程度の怪物なら俺の名も知っていてもおかしくはない。だというのに呼ばなかったということはそれに価値を見出していないこと。名乗っていない人物の名を呼ぶのは下手な警戒をさせることに繋がるのだが俺を相手にした場合はまた都合が変わるのは理解していた方がいい」

「よく喋る」

 既に数多くの銃器がこの身を囲んできて銃口が狙いを定めてきている。これだけであれば昔だったらそこまで慌てることでもない。だが目の前にいる人物が操作をしている以上はそれに追いかけられてしまう恐怖があるわけか。グイグイ肉眼で追いかけているのなら銃弾制御に間に合うはずもないと思うが、恐らくはそれが可能なように鍛え上げられてしまっているのだろう。

 咄嗟に後方、奥にまで走っていく。あぁ有刺鉄線に縛られているなんてここまで動きづらいのか。無数の弾丸かここで飛び交っている。それが壁に当たれば当然跳弾となって予測不能の動きを見せていく。

「はぶっ⁉」

 部屋中が穴だらけになっていく。それのためにジャンプなどを繰り返していられるのは器用なものだと自分でも感心してしまうのだ。少し人生が違えば曲芸師にでもなるのも悪くないなと思えてくる。拘束されている段階にてこれとは気の遠くなる作業だ。

「………………まだ動き続けるのかよ。ならば焼き上がれ。私はブイゼロという。覚えていたところで後に伝え聞くのは冥土であろうな」

 へぇ、ブイゼロというのか。本当に親切に名乗ってくれるとはどうやらよっぽど癇に障ったらしい。だがここから逃げ出すだけの準備を完了させた以上は相手にする理由ももはやない。

「俺は仕事を終わらせてとっとと帰りたいんだよ。じゃあな」

 ここで手を振っていけば気づいたことだろう。縛り上げていたはずの躰が自由に動くということに。

「ッ⁉まさかどんな曲芸をすれば」

「普通に動き回ればこうもなればいくらでもできるんだって」

 これは全力で回避しながらも拘束をしていた有刺鉄線というのを頑張れば押し当てていくことをやっていっただけ。それでどうにか一つずつ着実に外していけば動けるようにとなった。

 そしてここまでくればもう動きを制限するモノなど体力しかない。グルグル肩を抑えて回していけばそれでどうにか足りてくれるという自信があった。それでどうにか調整していったら楽に進む。

 弾丸というのは未だにジャンカルロを狙いすまして撃ち続けている状態だ。そこで壁のそばにいればいくらでも穴が開いていくこと。衝撃というのも凄まじい勢いだろうな。

 ここで軽く一撃の蹴りを入れてみれば容易く倒れ落ちてしまう壁である。もう遠慮する必要もない。全力で走り出していけばそこはやはりというか白い壁でしかない。

 本当にそれくらいしか見えない空間だ。天井とかも床も乳白色というので目がちかちかする。標識もないのでどこに行けばいいのかが分からなくて困る。そこで走っていれば気づいてしまう。

(やけに静かだなぁとは捕まっている時にも思っていたが。その時には誰も彼も意気消沈と、生きる気概も失って絶望でもしていたとか考えていたのだが)

 流石にいくら通路を走っていてもたどり着かないとなれば全く話は変わってくる。

 そこでふと、違和感のあるドアを見つけてしまった。それは特段に大きなわけでも豪華な装飾があるわけでもない。だがその多少サイズの大きいようにも目算で見えてきて、装飾であればクリスマスツリーが上からぶら下がっている。

 中々にカオスな装飾だ。そして精々測ってみれば、ドアの大きさなど差は3cmであるのだ。こんな僅かな差で何を示していたいのかというのを感じる。

 ドアノブを掴んでみればそれで静電気でしびれてしまう感じもない。そもそもあの会社に所属でもしていないのにどうして俺にお呼びがかかったのかなんていえば、それは単純に手が足りていなかったから。アイドルグループの全員で旅行なんて仲がよろしいんですねと他人事であれば言えたのだが、残念ながらも他人事ではいられなくなっているのだ。

 脅迫文が送られているというのに、そのために『WORLD』に依頼を送ってきたというのに。何で相談もなしに遠い世界にまで旅行をしていくのか。狂気すらも感じるのはなぁ。

 せめてこの世の中で生きていくのなら頑張って報連相というのをして欲しかった。

 というかそれをしてくれたからこそ、ここまでたどり着けたのかな。というかその連中がここまでの辺鄙な土地にまでやってくるとナゼ予想出来たのか。

 それはそれとしてどうにかもうドアノブを回してこれを開けてしまう。こんなんで開いてくれるとは思いもしなかった。だがこれで開いたその後にて見せられる景色とは驚きのものだ。

 これはどうも趣味とは………………なんだろうか。これは誰かしらの自室であるのか。ここは誰のものだろうか。余りにも殺風景で生活感というのが見えてこない。

 そんなのを見てしまえばどうしても心が痛くなる。これが誰の部屋なのか。

 だがそこで大変なものを見つけた。それは枕元にある新聞の一つ。どこかで手に入れたのだろうか。これは日本の記事か。ペラペラとめくってみても特におかしなものがあるわけもない。これが誰の部屋かもわからないからして、何の目的で保管をしているかというのを他人がわかるはずもないに決まっている。

(そうまで言えば他人の部屋に勝手に入っていくのは失礼に決まっている)

 そこでどうにかこの部屋から離れていこうとするジャンカルロ。この瞬間にて頭から電気が走ってきたのにはびっくりする。

 何とかドアから出てきてそれを閉めるまでにはいったのだがそれでもしばらくはこの痛みは続いてしまう。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ⁉」

 この痛みのせいでその場にて蹲って苦しみ悶えてしまうことになる。これだけの激痛が走ってくるなんて………………まさかとも思いながら強引にでも身体を床から滑らせてでも部屋から離れていく。それで少しは止んできたのに気づいてしまった。

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