氷を大地とは呼ばない⑥

 突如として飛んできたその言葉には飄々とした態度を取っていた彼だって動きを止めてしまうことになる。

「あぁ、そうか。雲がなぁ、そこまで綺麗な形とも思えないのだが」

「別に綺麗だから見ているわけでもないですよ。こうでもしていないと不安で仕方ないというだけです。誰もが同じ星の下に生まれたのであると、そう信じていなければ自分の足元すら確かなものに出来ないだけですよ」

 そして近づいていた彼の足元にへと目線を落としていく青木あおき后河こうがである。そこには確かに脚はついていることが確認されている。

 幽霊に足がないとかいうのはただの印象というか、パブリックイメージというモノだから根拠など一切ないのだが。何であっても彼の正体というのが想像できるわけでもないのだが。

「それで、こんな誰もいない場所にまで運んできたということはあたしに用があるということでしょう。特に有名であるわけでもないつもりなので用といわれても困るのですが」

 顎に手を当てていき考える素振りをみせていく彼であったがその視線が見つめる先というのは透き通った大空であった。それをするだけに彼も青木あおき后河こうがの言葉というのが耳に入ってきたということだろう。何を見たいのかなどというのは人によって変わる。

「そこにあるのが鏡であるというのなら映るものに対して眼を背けたくなる事実を突き付けられることになる。それも歪めた形で。人心を掌握するのであればこれ程便利な物品もない。だけれど」

 そうでないものというのは一切ないのが現実の世界というモノだとさ。自らが見たいモノ見たくないモノというのがあるのならその全てを映し出すという、そんな悪趣味な鏡があるのかもしれないと。

「想像するだけでその存在を否定したくなる」

「………………そうか。では頼みを聞いてもらえないだろうか」

「断る」

 いきなりなんだこいつは。前後の文脈というのが一切繋がっていないのだが。それでは内容を理解するのが凡人には到底出来っこない。そして青木あおき后河こうがは自らを才能としては平凡としている。あぁ才能はあるんだ。あるのだよ残念ながらな。あってしまったのだ。

 才能がないと突き付けられてしまった方がどれだけよかったことか。なまじ程度にあるせいでそれで不利益を被る場合があるというのに。この類の才能がないという人物というのがよっぽど羨ましいとも思ってしまう。

「なぜですか。聞いてくれてもいいじゃないですか。平和に生きていられるのは誰のおかげだと思っているのか」

「決してあなたのおかげではないですよ。英雄みたいな連中のおかげで世界は薄氷の上に成立している。あたしだってそんなことは知っている。でもアンタのことは覚えているわけではない。だからこそ興味はそこまで湧かない」

 これに関しては本心である。彼の正体も知らずにというのだが、それにまで思考を巡らせていくだけの余裕がないだけ。残念だがこちらにはやるべきことがあるんだ。

(………………………………それをしようにも方法に困っているのよね。苦労をしないことであれば楽になってその分だけ作戦に費やせる。それをするほどの苦労などするつもりなどないけれど)

「であればせめてこちらの話くらいは聞いてくれてもいいではないですか。急いでいるわけでもないでしょう。これからすぐにどうこうなるというわけでもないですし」

「知らんわ。お願いだから針路の先に乗らないでもらえますか。邪魔なんですが」

 本当に邪魔に感じる。そこを退いてもらえなければ前に進めない。それくらいの覇気を纏っている。そしてそんなものを隠そうともしていない。

「はい、どうぞ」

「ですよね。そう簡単に………………えっと」

 素直に横にずれていくことをしてくれていたのでそれに戸惑ってしまった。まさかこうまですんなりと退いてくれるとは思いもしなかった。だがそれでも気になることだっていくつかある。

「………………………………そういうことなら」

 そして彼の隣というのを見てみればそこにあったのは謎の建造物である。それをどこかで見た覚えがあると思ってしまう自分というのはどこかおかしいとも考えてしまう。

「あぁそれでですね、個人的にお願いしたいことがあるのですが。後を頼みたい者がいてですねね」

「知ったことか。それがどんな人物かは聞いてはいないが他人に任せてしまうよりは自らのエゴによって成し遂げて見せろ。夢を誰かに託すなんて馬鹿げたことをs婁もんじゃアない」

 頭に軽く手を押し当てながらもすぐさまその場から立ち去ってしまった青木あおき后河こうがであった。それを見送っていった彼としてはどうしても納得のいかないことがいくつもある。

「それが出来るのであれば初めからやっている。既に挑戦した後だ。あんな馬鹿なことをしでかしてそれで沢山迷惑をかけてきて、そんなこんなで失敗したというのに」

 これ以上の挑戦など………………そこまでの権利をせがむのは我が儘すらも遠いことだ。


 さきほどまで顔を突き合わせていた人物というのだって何処かで見覚えのある気もする。だがそこで気づいてしまった。

「さっむいッ‼どこまでもこの難局を乗り切るために南極にまで乗り込んできたというのは無茶苦茶だ」

 別にこれだけでは何がおかしいともいうつもりはない。だがそれでも文字通り言葉通りに薄氷の上を渡り歩いていくという高度な芸当を強いられてしまうのか。

 目的の場所というのがどこにあるというのかが難しい、さっぱり分からないとは言わないがそれでも遠すぎるともいえる。

 氷の上を渡っていくのも中々に疲れるのだが、だとしても目的の方向は頭に入ってはいる。だとしてもどこまでも続く道というのを進んでいくのは、徒歩でというにはあまりにも無謀が過ぎる。

 そしてそれを妨害してくる存在というのも明確に存在しているのだ。

「わぁわぁわんさかといることですね。言葉も出ない限りですよ」

「出ているではないか。それとたった一人を目にしただけでわんさかと表現するのには無理があると思うのだが」

 そこいたのは本当に謎の人物か。顔も知らない、どこで見たかという覚えもないのにわざわざ現れて話しかけてくるとは。

「どうやら一方的にこちらの素性が割れているらしいのか。ちょっとそれは気に入らないですね。知らない相手にというのはこんな仕事をしていれば別におかしなことではない。だとしてもそれはそういう仕事の話だ。今は違う」

「それはそれはよく言いますね。ある程度であればあなたのことは把握していますから。向こうでネアノーガも落としていったことだって見ていましたから。あれの強さで言えばかなりのレベルではありますが。だとしても我々には及びませんとも。男子参日合わざれば刮目せよという言葉もあるらしいので気にしていたら終わらないですが」

 こいつは自分の実力によっぽどの自信があるらしい。それに勝てるともいうつもりであるのなら自分は自信過剰というやつなのだろうか。

「いきなり現れたと思ったら聞いてもいないのに誰かを貶すようなことを他人に吹き込んでいって。あなたってつまらない人種なんですね」

「あぁよく言われるよ。それでも仕事はしなければいけない。たった一人であっても憂いは抹消してこそ。同数をぶつければ実力を測るのにもなる」

 そしてどこからか持ち出してきたのはゴツイ巨大なハンマーであった。そこで物騒な重量というのが氷にぶつけた際によく鳴ってしまった、ヒビを入れて割って云ったのであった。

 同数とはいうが………………あぁどうやらこちらの気のせいではなかったらしい。

 すぐそばにいるではないか。同数というからには一体ではなく複数を用意してこそというモノだ。それもかなりの強さを有している怪物級の連中が。

 大体最低でも他に三体も連れている時点で明確に狙っているとしか思えない。

「そこにいる眩しい鎧のがいて、また誰かの模造品というのもあり、最後に大砲を背負った亀なんていうのも。その口ぶりとは裏腹に油断することなく相当に警戒をされているらしいわね。そこまでの価値を見出してもらえるのは嬉しいとはとても思えない」

 こうして告げたことだったのだがそれに構わず手を振っていくことをしていくのが奴の気に入らないこと。どういうつもりかは知らないがゆっくりと後ずさりをしていた。

「そうですね。私も強者に名が売れるのは避けたいところですよ。ですがそれでも同じくらい強い者の顔は観ておきたいではないですか。よく参考になるのですよ。自身がのし上がっていくためには」

 非常にためになることではあるのだが、それが自分を対象にされるとここまで嫌な気持ちになるのか。だからこう答えるしかない。

「退いてもらえませんか。ザッハークとやらが現在暴れているらしくて」

(それが関係しているかは聞いてはいないけれど六芒星の陣が半球にそれぞれ出来上がっていたりもして今はそれの妨害というか発動の阻止というのを行いたいわけなのだけれど)

 だとしても遠すぎる。なんのために船にまで乗ってきたのか。さらに言えばこんな怪物が待ち構えているのが確定してしまったではないか。余りにも気の遠くなる作業かよ。

 そしてそんな彼というのはどこか青木あおき后河こうががいる更に後方にへ視線を送ることをしていたのだ。それが指し示すことなどは明確になっている。

 先ほどまで一緒にいた彼であるのか。まさかそちらも狙っての行為であるのなら。

「どういうつもりでッ」

 気づいたら咄嗟に動いていたのだ。先の彼に向けられて放たれた投げやりというのを右腕に纏わせた手甲でどうにか防いでみせる。奥歯を食いしばっていかなければいけないほどの勢いと圧力がかかってしまっている。どこまでも重たい攻撃である。

 あったばかりの名も知らぬ他人を守るために自分が犠牲となるのは避けられない運命であるのか。人間としてはそこまでできたもんではないという解釈を自分でしていたはずだが。

「お強いですね。まぁわざわざあなたに受けてもらうために速度を落としたものにしたのですが。であればたったこれッぽっちの傷で済むのも」

 その言葉の続きを喋らせるつもりもない。傷を受けた右腕というのをぶら下げた状態にて一気に距離を詰めにかかる。そして動かしていくのは左腕の方である。

 白骨式というのはどこまでも器用に鋭く悪趣味であろうとも堅く変形をしてくれるのだから。人体を動かすようにというのなら便利だ。現在右腕もこれで修理させている。

 それで左腕にあるのはカルシウムで構築された湾曲されている突起物である。これで目の前にいる野郎にへと突き込んでいく。

「させてあげるとは言わない。こちらの域に届いていないことには変わらないッ⁉」

 突如として驚愕の表情を見せてくれるのだがその理由としては右からの肩口が引き裂かれてしまったから。それも一瞬で塞がってはいったが攻撃が通ったという事実には眼を背けることなど出来ない。

「………………………………逃げるか。その方がいい、一度冷静になった方がだがそれで勝てるとも」

 恐ろしいくらいに不安気な様子であちこち視線をグルグルと回していくことをしていたのが自分がやったこととはいえ心配になってくる青木あおき后河こうがである。




 その瞬間に行われたのは強烈な波動の掃射である。どこにかと言われてしまえばそれは当然、後ろにいる彼に向けてである。別に守ってやる義理なんていうのもない。

 だがヤラネバ先ほどの一回だって徒労ということになってしまう。それは納得のできることではないだろう。

 気づいていたら体が勝手に動いていた。自分でも防御しろとは言いたくなるがそれほどの能力があるのかという問いすら上がってくる。

 後方にまで下がっていって青木あおき后河こうがは防御の構えを取る。

 右腕が動かせないほどの衝撃を受けてしまっているのだ。今回放たれた一発というのもそれ以上に強烈な一撃であると考えた方がいい。であればどうするべきか。

 動かないというその右腕を左腕でも使って強引でも動かしていって、その左腕で支えてやればいい。後は自身が保有するのと周囲からかき集めたエネルギーで構築された防壁を全力で成立させる。

 この一瞬ともいえる時間であったがそれでも足腰はしっかりと動いてくれている。

 飛んできた波動というのが遂に衝突したと思えばその衝撃でちっぽけなこの身が消し飛びそうになる。だが未だに踏ん張りがきいているということは強さにそこまでの乖離はないということ。せめて相手が緩めてでもない限りではあるが、そんなことなどする理由はもはやないだろう。

「ちょっと、自分がやられてしまうっていうのにどうしてそんなに消極的なのよ。命が失われてしまう危機に気張らない理由はないでしょうッ‼」

 後ろで庇われている彼が余りにも情けないくらいに無気力な顔を曝していたので思わず叫んでしまった。だがその面というのも簡単に切り替わるほどできたもんではない。人間の感情などその程度ではあるが、だとしてもッ‼

「うるさい。もう自分が生きているだけの気力なんて既にない。ずっと隊長を探して俺たちの元にまで帰ってきて欲しかっただけなんだ。それでずっと脚を動かして駆け回っていたんだ。だというのにどうしてそんな結末になるんだ。こんなことは隊長も望んでいないとは思ったこともあったけれど。違ったんだよ。隊長はもはや俺たちのことなんて必要としていなかっただけなんだ。いや、以前からずっとそうだっただけだ。直属の部下であった俺たちにすら全力とその正体というのを隠匿し続けたんだから。そんな現実を見せられたまま………………………………あれっ?どうなったんだのだったか」

 こいつっ!どうやら自分の記憶すらも不確かな状態らしい。だがこれだけ聞けばある程度は予想できることだ。彼がその隊長とやらにどれだけの信を置いていたのかは他人には測りようのないことである。だがそれでも彼は今そこにいるではないか。

「だったら動きなさいよ。うだうだ悩んで諦めて誰かに託すなんていうことをしないであたしに見えている貴方が行動をすることをやめないで走り続けなさい。どうせ誰が本物か偽物かというのが分かりはしないというのなら頭の隅でも追いやってその胸に抱えた願いの通りにしなさい。それにすら不安があるというのならあたしが幾分か譲ってアゲルから」

 そして青木あおき后河こうがは軽く深呼吸をしていく。そうすれば少しばかりの気力が湧いてくるのだから不思議なモノである。そこから右腕に大きく力を入れていくことにする。

 これであれば負担も大きいものになる。万全でない状態で行えばダメージというのも強烈に辛いことになってしまっているのも懸念点か。だがそれも修復がかなり進んだ今であれば何とでもなると信じる。あっという間だった。だがいくらでも動くことを証明しなければだから。

「だからさぁ、アンタが抱えているもんを吐き出していった後だというのならあたしだってそれに沿って邪魔するもの全部吹っ飛ばしてあげるからッ‼」

 それで行っていくのは勢いを更につけた一発の大ぶりな払いのけである。こうすれば放たれていた波動などは少しばかり離れた氷山にへとぶつけられてしまうだけになる。

 その威力というのは実際に起こった光景で見れば実際の威力よりも生命に対しての本能という恐ろしさにまでしっかりと伝わってくるというモノ。ぶつけられてしまったというその氷山というのはガラガラと崩れ去っていくいく姿を拝むことに成功してしまっている。氷山というからにはボチボチ大きいはずなのにこんな簡単に終わってしまうのか。

「ッ痛ッいわねぇ。でも一発は防いだ。そっちもこれが連発が出来るとしても行っていく理由にはならないわよね」

「だったらどうするというのだ。まさかうら若き乙女が拳で殴りあットそれすら厭わないという心情が真情というつもりか。何も隠すことのないほどに自信に満ちているのは感動ものだ」

 そして軽くその手を振っていくことをしていたのだ。あぁそれはまるで何かしらを呼び寄せるかのように。その手が宙を漂っているのであれば楽団を操る指揮者かのようにも見えてくるのが不思議なところか。

「どういうつもりかなんて聞かないよね。これでもそれなりの親任は得ているのですからね。命がけで闘っている者達のあいだに参加できないのは非常に残念ではありますが、だとしても優先するべきことがありますので」

「逃がすと思っているのかしらねぇ。そうはッ」

 それで今できる全力で以て駆け出していったのだがそれが叶わずに血飛沫が跳ねあがってしまったのがやられた青木あおき后河こうが自身にへと目に入ってしまう。これで地に塗れた顔を冷たい空気に晒すことになってしまうのが痛くしみる。

 これを実行したのは影を見せている謎の人物であった。その佇まいに関してはどこかで見たことがあると、そんなことをティオヒア・ブラウンそっくりな誰かは考えることになってしまった。

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