第40話

 5回裏が終わり僕たちは自分の守備位置に向かった。

試合展開は0-0ままである。

ここまで何度かチャンスはあったがそこからの決定打がない。

チームのみんなは本当に良くやってくれている。

本来なら4番の僕が先制点を取らなければいけない。

だが今日に限って僕はまだ結果を出せていない。


 一打席目サードライナー

 二打席目レフトフライ

 三打席目ショートゴロ


 僕がことごとくブレーキをかけてしまっている。

こんなんじゃダメだ!

絶対に次の打席に打つ。

そのためにはまずこの回を凌がなければならない。

僕はサードの位置からマウンドにいるピッチャーの先輩を様子見る。

ここまで先輩はランナーを出すことはあってもきれいに0点で投げ切っている。

この終盤で僕たち野手が点をとって精神的にも楽に投げさせたい。 

先輩が投球モーションに入る。

先輩の投げたボールは綺麗にミットの中に収まる。


 「ストライク!」

球審が高らかに声を張る。


 6回まできて先輩は明らかに疲労が見えてきている。

ボールはストライクコースに投げられているが球威自体は大幅に落ちている。

それに相手打者も先輩の特徴を掴んでいる。

投手を交代させてもいい頃合いだ。

僕はそう思いベンチの方を見るとすでに監督は控え投手をブルペンに行かせて肩を作らせていた。


 よし!

早いとこアウト3つとって次の回で点をとってそのまま勝つぞ!

「ナイスボール!ピッチャー!」

僕はチームのムードを上げるため声出しをする。

そのまま先輩は相手打者を抑え2アウトになった。

しかしその後先輩はコントロールが乱れ始め二打席連続四球を出してしまった。

投手もそうだがこの炎天下の中選手たちも皆身体的にも精神的にも疲弊してきている。


「ハァ、ハァ…」


 気温が上がってきて汗がダラダラと流れてくる。

今日は体の調子が悪い中無理して僕は試合に出ている。

体が重くだるい。

まるで自分の体ではないような感覚だ。

少し視界も霞んでいる。

頭がボッーとしてきた。

今この状況を誰かに話せば間違いなく交代したほうがいいと言うだろう。

自分でも分かっている。

とっくに限界だと言うことに…。

それでもこの決勝戦はフルメンバーで臨まなければ勝つことはできない。

自分の病気のせいでチームのみんなに迷惑をかけたくなかった。

このチームのメンバーで全国大会に行きたかった。

父さんと…そして香恋に病気になった状態でも自分にはそんなこと関係ないと言うことを証明したかった。


 カウントは2ボール、2ストライクだった。

先輩は残り少ない体力を振り絞ってボールを放った。

そのボールを相手打者は打ち返した。

強い勢いのある打球はサードである僕の方に転がってくる。

なんの変哲もないイージーなゴロだった。

正確にボールを捕球し、素早く一塁に投げて3アウトで攻守交代するはずだった…。

僕はゴロに合わせて捕球動作に入った。

確実に捕球しようとした瞬間、視界が眩んだ。その時、たった一瞬であったがボールから目を逸らしてしまった。

タイミング的にグラブにボールが収まっているはずだった。

なのにグラブの中にはボールが入ってない。


「…え?うそ…だろ」


 刹那、僕は状況を判断した。

サードへのイージーなゴロを僕はトンネルしてしまった。

すぐに後ろを振り向くとレフトの先輩がゴロを捕球するために走っていた。

相手打者は左バッターだったのでレフトはライト寄りの守備位置にいた。

そのためレフトからしたら意表をつかれてしまった。

一塁と二塁にいたランナーはその間にホームにかえってしまった。

スコアボードには2-0と表示される。


「そ、そんな…、ぐっ…」


 僕は自分がしでかしてしまったことをすぐに受け止めることができなかった。


 ありえない…、こんなこと…。

この局面で…、何やってんだよ!僕は!


 僕が呆然としているとキャプテンが声掛けをしてきた。


「切り替えろ!夏川!」

「先輩…」

「まだ試合は終わってない!次の回で逆転だ!」


 終盤でしかもエラー絡みでの失点で戦意を失っていてもおかしくないはずなのにキャプテンはまだこの試合を諦めてなかった。


「はい!」


 僕は気持ちを切り替えてプレーを続行した。


 その後は相手打者を三振で抑え攻守交代になった。

ベンチに戻った時、僕はチームメンバーに謝罪した。


「すいませんでした!僕のせいで失点を…」


 僕がしてしまったことはとんでもないミスだ。

しかも先輩ピッチャーはここまで好投をしてくれていたのに…。


「気にすんな。夏川。」


 そう言ってくれたのは先輩ピッチャーだった。


「ミスは誰にでも付き物だ。まぁ、確かにピンチにはなったがお前が次の打席で責任持って取り返せよ。」


 そう言って先輩は優しくフォローをしてくれた。


「はい…!」


 6回裏、僕たちの攻撃の番だ。

6番打者の先輩が打席に向かう。

しかし、そのタイミングで相手チームは投手を交代した。

これまではコントロール重視の技巧派の右投手であったが新しく出てきた投手は変則フォームのサウスポーである。


 ここにきて投手交代か。

正直きつい。

新しく出てきた投手の投げるボールは大変打ちにくそうだ。


 6番打者はショートゴロ、7番打者は三振、8番打者も続けて三振をした。

三者凡退してしまったため攻守交代で守備位置に向かった。


 7回表(最終回)

最終回で僕たちのチームは2人目の投手に変えた。

そのおかげで三者凡退で切り抜けることができた。

そして僕たちの攻撃の番、この回で点が入らなければ僕たちの負けだ。

もう後がない。


 9番打者の先輩が打席に向かう。

相手投手の投げたボールを勢いよく打ったがそのボールは投手ど真ん中のライナーだった。

はやくも1アウトになってしまった。


 僕はこの状況に冷や汗が出てしまう。

2-0というスコアになってしまったのは僕のエラーのせいだ。

2年生ではあったがチーム唯一の去年の全国大会経験者であったが僕がこのチームを引っ張っていく。

その心がけでずっと戦ってきた。

なのに…、僕のせいで…、チームが…


 僕の心は折れかけていた。

もう勝てない。

半ば試合を諦めようとしていた時、1番打者の先輩がシングルヒットを打った。

そして2番打者の先輩は四球で出塁して、1アウト1、2塁になる。

そして次は3番打者の先輩だった。

この先輩は今日の試合、1打席目は三振しているがその後はずっとヒットを打っている。


 先輩ならこの状況でもいけるかもしれない。

僕たち東中は勝利への希望を持ち始める。

3番打者の先輩が打席に立った時、僕たちの予想だにしない出来事が起きた。

相手投手は3番打者の先輩を敬遠した。


 え!?うそ…


 僕はすぐにこの状況を理解する。

今日一本もヒットを打ってない4番の僕を抑える方が確実だと思ったようだ。


 この感覚、うまく言語化ができない。

しかし、初めて味わう感覚だ。

屈辱という言葉はもしかしたらこういう時のためにあるのかもしれない。


「絶対に打つ!」


 僕はヘルメットを被り、バットを持って勇んで打席へと向かう。

言い訳はあまりしたくはないが今日は本当に不調の日だ。

こんなことになるならベンチで待機していた方が良かったのかもしれない。

だけどそんなこと関係ない。

最後に結果さえ出せば問題はない。

今までずっとそうやってきた。

そしてこれからも僕は結果を出して道を切り開いていく。


 もう体の感覚がよくわからなくなるぐらい酷使をしている。

目元がかすみ、視界がぼやける。

もう限界だった。


 相手投手は一球目を放る。

そしてテンポよく二球目を放った。

あっという間に2ストライクで僕は追い込まれてしまった。

変則フォームでタイミングをとりにくい投手ではあるが打てないボールではない。



 本来の夏川聡太なら打ち崩すができる投手だった。

しかし、疲労や精神的負荷の中最後の最後で夏川は集中力を欠いてしまった。

 


 相手投手が三球目を放る。


 僕は力強くバットを振った。

打つタイミングは完璧だったが僕はバットの芯を外してしまった。

打球は勢いはあったがサード正面へのゴロだった。


 相手チームのサードばボールを捕球して、三塁ベースを踏み、2アウトにそして一塁へと送球する。

これで僕がアウトになったらゲッツーで試合が終わってしまう。



 僕は最後の力を振り絞り、一塁へと駆け走る。

いつもはなんてこともない一塁への距離。

それが今の僕には果てしなく遠く感じた。



 こ、こんな…こんな

こんなはずじゃなかった…

こんなところでは終わらない!

ふざけるなよ…


 僕は最後、一塁にヘッドスライディングをした。

せめて一塁がセーフならまだ試合は終わらない。

先輩たちが繋げてくれたら延長戦に持っていくことができる。

しかし僕のこの淡い期待は一瞬で砕けちった。


「アウトォォォオ!」


 審判は大きな声でそうジャッジした。


「うそだ…ろ。ま、負けた」


 僕はすぐに立ち上がることができなかった。

一塁に滑り込んだ状態で動くことができない。

相手チームの歓喜の声、観客のどよめき、全てが別世界のように感じた。

そして僕はもう力を使い果たしてしまい、一人で立つことができなかった。


「ちくしょお……、くそ…」


 自分が不甲斐なかった。

そんななかキャプテンが僕のところに駆け寄ってきた。


「夏川…、整列だ。立てるか…。」

「キャプテン…、すいません…、僕の…せいで…」

「肩を貸してやるから一旦整列に行くぞ。」

「はい…」


 キャプテンに肩を貸してもらい僕は立ち上がる。

顔をあげ、観客席の方を見ると偶然にも一塁側には香恋がいた。

その瞬間、香恋の表情が見えた。


 香恋はひどく哀しそうな表情をしていた。

当然だ…。こんな結果になってしまったんだから…。


「……」


 違う…、違うよ…香恋。

僕は…君にそんな顔をさせるために野球を続けたんじゃない…。


 認めたくなかった。

これが父さん、香恋の気持ちを無視して野球を続けた結果なんて…。



東中学野球部決勝戦で敗北

2年連続の全国大会出場という祈願を達成することはできなかった。


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