第46話
「どういうことよ!どうして…、どうしていきなり学校を辞めることにしたの!?」
香恋の声からはひどく動揺しているのが伝わる。
それもそうだ。みんなには伝えずに決まったことだったからだ。
「僕はどうせこの先学校に行くことはないからね。辞めるなら早い方がいいと思ったからだよ。」
「そんなのまだ分からないわよ!」
いつもとは違う声量で香恋は言う。
「もしかしたら学校に行きたいって思える時が来るはずよ!何も辞める必要なんて…ないわよ!」
「それじゃあ、もう遅いよ。」
「どう言う意味なの?」
「僕は入学してから1回も学校に行ってないからね。もう日数があまり残ってないよ。本来なら今日からでも学校に行かなければいけないよ。」
「だったら———」
「だけど無理だ」
僕は香恋の言葉を遮る。
「実は先週の金曜日に僕は学校に行こうとしたんだよ。」
「………」
「だけど…行けなかった。玄関で身体が動かなかった。」
「聡太……」
「誤解しないように言うけど別に病気の症状ではないよ。」
「え…?」
「精神的に僕が学校を拒絶したんだ。」
「どうして…、」
「僕は…また失敗するのが怖いんだよ。」
僕のその発言に香恋は言葉を失う。
「あの時の決勝戦が…ずっと頭から離れない。皆んならから必要とされなくなるのが怖い。だんだん居場所がなくなっていく教室が怖い。もう…昔のように普通に学校に行くのは無理だよ…」
自分がどれほど情けないことを言っているのか十分理解している。
甘えと言われたらその通りだと思う。
それでも僕はもうどうすることもできない。
「そんな…、たった一度の失敗よ!」
「その失敗を僕はずっと引きずっているんだ」
「失敗なんて…、誰だってするものよ!」
香恋のその言葉からはとてつもないほどの信念が伝わってくる。
「私だって…あんなに勉強したのに…撫子学院高等学校には合格できなかった…」
「………」
「合格できなかったら…、私の人生は終わってしまうとあの時は思っていた。
それでも……、人生は終わらないのよ!
たとえ…、大きな失敗をしたとしてその先で挽回したらいいのよ!」
「無理だよ…。僕は香恋のように強くない…
それに僕はあの失敗で全てを失ってしまった。また…僕の失敗でみんなが離れていくと考えると——」
「失敗したからこそ新しく見えるもの、得ることのできるものがあるのよ!
百合ヶ丘第三高校に入れたから…、私は澪と友達になれたの…!」
香恋のその言葉には今までの彼女の苦労、挫折、悔しさ、それら全てが伝わってくる。
すごい…、本当にすごいよ…。香恋…
受験に落ちた後も香恋は自らの失敗に向き合った。そしてそれを糧にして今の香恋がいる。
もう…あの頃の香織姉さんの背中を追い求めていた香恋とは違うんだ。
だからこそ…、今の僕ではダメなんだよ。
この気持ちの正体を僕は知っている。
昔の僕なら絶対に抱くことのなかった。
これは…劣等感だ。
困難に向き合ってきた香恋そして逃げ続けてきた僕ではもう君と対等ではいられないんだ。
「香恋…、本当に君はいつも正しいよ。」
「聡太…」
「あの時も…香恋が言ったとおり野球を辞めたらよかった。」
「…!!…」
「けど…誰もが君のように正しく生きられるわけではないよ!君のその正論がどれほど…僕を追い詰めてきたか分かる!?」
珍しく僕は声を荒げてしまう。
それでもこの気持ちを抑えることはできなかった。
「もう嫌なんだよ!しんどいんだよ!!
お願いだから…もう僕のことは放っておいてくれよ!!!」
息を切らすかのように僕は家中に響き渡るほどの怒声を香恋に浴びる。
「そ、そんな…、聡太…私は…そんなつもりじゃ…」
香恋のその声はひどく震えていた。
そしてドア越しから香恋が膝から崩れ落ちる音が聞こえた。
「もう…金輪際、僕に関わらないでほしい…」
自分がどれほどのひどいことを言っているのかわかる。
不登校になった後もずっとプリントを届けてくれたりと親切にしてくれていた人に言う言葉ではないということを…。
香恋は幼馴染だから僕のことを気にかけてくれているんだ。
だからこれ以上…香恋に迷惑をかけたくなかった…。
最後に香恋のことを傷つけてしまったけどこれで完全に僕のことを見放してくれるはずだ…。
もう…これでいいんだ…。
これで全てが終わる。
そう思った。しかしここでまた僕の予想を超える出来事が起こる。
「おいおい、学校から全速力で駆けつけてくれた幼馴染に随分な言いようだな。夏川」
うそ!?
どうして…君まで…。
「春木君!?あなたまで…きたの!?」
僕と同様に香恋も驚いている様子だった。
「委員長と一緒で俺もいてもたってもいられなくなった。」
春木君はそのままドア越しの僕に話しかける。
「夏川!俺もお前に伝えたいことがあってここにきた。」
そう言って、彼は話し始めた。
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