第47話
「夏川、学校にきてくれ」
俺は開口一番で夏川にそう切り出した。
「………」
「夏川、もう時間がない。これ以上休んだら強制的に留年が確定してしまう。俺はお前にそうなってほしくない。」
「………」
「別に一日中、学校にいる必要はない。遅刻して来てでもいいからとにかく学校にきてくれ!じゃないと本当に——」
「春木くんも親や先生みたいなこと言うんだね…」
俺の言葉を挟み、夏川は静かにそう言った。
その言葉には夏川のこれまでの苦しみが詰まっているのが分かる。
「夏川…、俺は…」
俺が言葉を発しようとした瞬間、夏川の部屋からドンッと音が鳴った。
壁を思いっきり叩いた音だ。
「そんなこと、僕が1番わかっているよ!!」
夏川の怒声が辺りに響き渡る。
「けど…怖いんだよ…。病気のことを差し引いても僕はもう学校を拒絶している。」
病気…、やっぱりきっかけはそれだったのか。
「登校中はまるで重力が倍になったみたいに身体が重く感じるんだ。…学校に着いて、校舎に入ると心臓を誰かに握られているかのような不快感がする。…苦しくて、息苦しい、…今の僕とって学校はそう言う場所なんだよ…。」
これまでにないほど夏川は赤裸々に話す。
ここまで夏川が自分のことをさらけ出すのは俺が夏川の家に来るようになって初めてのことだ。
「………」
「春木くんや香恋には絶対にこの気持ちはわからないよ…。君たちにとって学校は日常の一部、学校に行くことが当たり前のことだと思っているよね?」
「…ああ、その通りだ…」
俺は夏川に相槌を打ったが、心にモヤのようなものを感じた。
学校に行くことが当たり前か…
夏川のその言葉が引っかかった。
だけど今はそんなことを考える時ではない。
俺は一旦頭を整理する。
勢いでこの場に来たが俺は夏川に何を伝えに来た?
下手なことを言うだけでは火に油を注いでいるようなものだ。
夏川の立場になって物事を考えろ。
同い年の人間に偉そうに説かれても説得力がないな…。
先程までの言葉は夏川に学校に行くように一方的に言っているだけだった。
だったら…、俺の気持ちをそのまま伝えるだけだ。
俺が話し出そうとした時、夏川が感情を昂らせながら叫ぶ。
「どうしてだ!!!」
「!?…」
「どうして…、どうして皆んな僕の辛さを理解してくれないんだよ!!!」
それは夏川の苦しみ全てを物語った悲痛のものだった。
「僕は!…、病気になって…しんどくてもずっと頑張った!!勉強でも野球も結果を出すためにずっと…ずっと1人で頑張った!!
…なのに…」
俺は黙って夏川の言葉を聞く。
「なんで……、たった一度失敗しただけで皆んな僕から…離れていくんだよ!…僕は…ずっと三年夏まで野球を続けたかった!!
別に撫子学院高等学校になんか行かなくてもよかった!!」
普段声を張り上げて話すことなどない夏川は少し声が枯れた状態になりながらも自らの気持ちを吐き出す。
俺も隣にいる委員長も黙って聞くことしかできない。
高校から出会った俺は夏川の中学の頃の詳細を知らないが委員長はずっとこれまで夏川と一緒にいた。
その分委員長の表情は複雑な様子だった。
「病気になるまでは…ちゃんとできてたのに。みんなのように当たり前のことができないのが…何よりも悔しいよ!!」
声を荒げながら夏川はこれまでのことを打ち明ける。
「ちく…しよぉ…、うう…うぅ、くそぉ…」
溜め込んでいたものが爆発して涙声になりながらも夏川は俺たちに気持ちを曝け出す。
「聡太…」
委員長が何かいいたがな様子だったがとても言葉を切り出せる状況ではなかった。
息を整えて少し落ち着いたのか夏川はまた静かに話し始める。
「もういいよ…。香恋も春木くんも…、君たちがどんなに説得しても僕の気持ちは変わらない…。どうせ…皆んな僕のことをわかってくれないんだから…。」
「待てよ!夏川…、俺はまだ——」
「いいから出ていけよ!!!」
夏川の部屋から聞いたこともないような怒号をとばされる。
「なっ…!?」
「…!?」
別に楽観的に考えていたわけではなかった。俺と委員長が何か語りかけたぐらいで夏川の心の傷を癒すことなどできるわけはない。
それでも話し合えば夏川の気持ちを理解して前向きな状態にできると思っていた。
だが今の夏川は感情的になっていてまともな話し合いができる状況ではない。
こんな扉越しの会話では埒があかなかった。
どうすればいい…?
この数秒でまともなアイデアが出るほど俺の頭は万能ではない。
それでも俺はどうしても夏川に伝えたいことがあった。
そのためには夏川と面と向かって話し合いたい。
バカな俺にはもうこの1つの方法しか浮かばなかった。
完全な博打だ。
これでうまくいかなかったら余計に夏川を傷つけてしまうことになる。
だけど残されている方法はこれしかない!
すまないな…、夏川。
俺は一旦、間をおいて深呼吸をする。
息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
身体と心をリラックスさせて、頭をクリアにする。
そしてさっきの夏川に負けないぐらいの大声を夏川に向ける。
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