第44話

「夏川は学校を辞めるのですか?」


 この状況で聞こえなかったフリをするのは無理があると思い、俺は正直に野坂先生に疑問を投げかける。


「どう考えても誤魔化せるのは無理そうね。

ここにはあなたたちしかいないし、秋元さんの声が聞こえてたと思うから正直に答えるわ」


 野坂先生は観念した表情を浮かべながら話し始める。


「今日、夏川くんの親御さんから連絡があったの。夏川くんは学校を辞めるつもりでいると聞いてるわ。」

「随分と急な話ですよ。まだ5月ですよ。どうしてこんな早くに…」

「秋元さんにも言ったけど…決して早い判断ではないわ。むしろ考え方によっては英断とも取ることができるわ」


 俺は野坂先生の言っている意味が分からなかった。

俺が理解できなさそうにしているのが顔に出ていたのだろう。

野坂先生は理路整然と説明し始めた。


「高校はね…中学までの義務教育とは違うのよ。テストでの成績がどんなに良くても出席日数が足りなかったら進級することができないのよ。」


 野坂先生のその指摘で察する。


「この百合ヶ丘第三高校では40日以上の欠席で強制的に留年が決定してしまうわ。まだ保健室登校などして学校にさえ来てくれれば欠席にはならずにすむ。だから先生は教室には無理してこなくていいからせめて学校には来て欲しいと言っていたわ。

だけど…夏川くんは来なかった。」


 そういうことか…。

盲点だった。夏川が徐々に前向きになっていって学校に行きたいって思った時に来てくれたらいい…そう考えていた。

だけど…、そんな悠長なことを言っている段階ではないようだな。


「先生はね…別に無理してまで学校に通う必要はないと思っているわ。全日制だけじゃなく今は通信制のいい学校だってある。夏川くんに合ったところで楽しく生活できるならそれでいいと考えているわ。けど…せっかくこの学校に入学したならせめて一度でもいいから学校に来て欲しいと思っていた。」


 野坂先生はそう言いながら、どこかせつなそうな様子で視線を外の景色に向ける。


「難しいものよね。先生なんてたいそうな感じで呼ばれているけどほんの数年あなたたちより長く生きてるだけでまだまだ私も未熟者なのよ」

「野坂先生…」


 先生のこんな顔は初めて見た。

いつも明るくみんなに優しく接してくれている先生だ。

成績がぶっちぎりで良くない俺のことも気にかけてくれているし、夏川の家に何回も行っていることを知っている。

俺が知ってる範囲でここまで生徒のことを気にかけてくれる先生はそうそういない。


「夏川くんが本当に学校に行きたくないなら先生はその意思を尊重するしかないわ。」


 そのとおりだ。

先生の言っていることは何一つ間違えていない。

本当に夏川のことを考えるならあいつの意思を尊重すべきだ。

だけど…俺はそんな正論で納得できるほど大人ではない!


「野坂先生の言っていることは俺にも理解できる。本当にそのとおりだと思う。」

「春木くん…」

「けど俺はまだ夏川自身からその言葉を聞いてない!可能性は本当に低いと思う…」


 自分の感情が高ぶっているのがわかる。

それでも止めることはできなかった。


「あいつ本人の口から聞かない限り、俺はそんなこと認められない!道が残されている限り俺は最後まで夏川と共に学校生活を送ることを諦めない!!」


 さっきの委員長に負けないぐらい俺も高らかに声を上げる。

そして俺は委員長と同じように野坂先生に背を向けて廊下を走り出す。


「春木くん!」


 先生の止める声が聞こえる。

しかし俺はそのまま足を止めずに夏川の家に向かうのであった。


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