第44.5話

 夏川の家に向かうため、俺は廊下を走っていた。

本来廊下は走るのは厳禁だが今はそれどころではないので全速力で向かっていた。

この百合ヶ丘第三高校は一般的な高校よりも広い設計で建てられている。

そのせいで移動教室の時などは大変である。

職員室から下駄箱までは距離がある。

幸いなことにこの百合ヶ丘第三高校は放課後になると大多数の生徒は部活動をしているので校舎にはほとんど人はいない。

しかしその考えはあまかった。


 よし、あの曲がり角を越えたら下駄箱はすぐそこだ。

そしてスピードを緩めることなく、俺はそのまま曲がり角を曲がる。


 …がそこで1人の生徒にぶつかってしまった。


「うわっ!?」

「え!?」


 勢いよくぶつかってしまい、お互いに尻もちをついてしまった。


「イテテ、…」


 この時間は誰もいないと思ってついスピードを上げすぎてしまった。

ぶつかった人はおそらく俺と同じくらい体格の人だと感覚的に理解する。

恐る恐るその人の方を見る。

すると驚くことにぶつかってしまった人は女子生徒だった。


 俺はすぐに立ち上がり、その人が立つための補助のため手を差し伸べる。


「すいません!大丈夫ですか?」

「ええ…、大丈夫よ。ありがとう」


 そう言って、俺の手を掴みながら立ち上がる。


「随分と急いでいたようだけど、例え放課後でも廊下は走ってはダメよ。」


 その女子生徒はそう言って俺を注意する。


「すいません…」


 雰囲気的に先輩だと察する。


「君は一年生の子かしら?」


 そう言って、優しく問いかける。


「は、はい…。一年の…」


 俺はその質問に答えようとしたがすぐに目的を思い出す。

今は一刻も早く、夏川のところに向かうのが先決だった。


「すいません!俺、今急いでいるので!」


 そう言って、俺は足早にその場を立ち去る。


「え!?ちょっと…、君…」


 過ぎ去る時にその人の声が聞こえたが俺はそのまま下駄箱へと向かった。


〜〜〜〜


「春木君!」


 私の引きとめる声も虚しく春木君は走り去って行き、職員室前で冬月さんと2人でこの場に取り残されてしまった。


「ええと…、春木君行ってしまいましたね」


 沈黙した空気の中、冬月さんが私に話しかける。

どうやら気を使わせてしまったみたいね。


「ごめんね…。冬月さん、こんな暗い話してしまって…」

「い、いえ!大丈夫ですよ!」


 私が謝ったことが意外だったのか冬月さんは少し驚いた様子だった。


 秋元さんと春木君は夏川君とも交流がある様子だったからてっきり聞いていると思っていたけどあの子たちも知らなかったみたいね


 自分の軽率な行いを反省する。

正直に言って私も夏川君の報告を聞いた時はショックだった。

何度か自宅に訪問して話しかけても彼は心を開いてはくれなかった。

担任としてできることはないかと模索していた中での出来事だったので尚更だった。

いくら感傷的になっていたとはいえ、生徒である春木君にはいろいろと話しすぎてしまったわね。

そう思いながら視線を足下に向ける。

すると鞄が一個置いてあった。


 あれ?秋元さんの鞄は今私が持っているし、目の前にいる冬月さんは自分の鞄を持っている。

私はこの鞄の主を判断する。


「……ってなんであの2人は鞄は置いていくのよ!!!」


「ははは……、」


 私の反応を見て冬月さんは困ったように笑みを浮かべる。


「私…今日は予定ないので秋元さんと春木君に鞄を届けに行きますよ」

「え!?い、いや…さすがに悪いわよ」


 私がそういうと冬月さんは穏やかな表情をしながら言った。


「大丈夫です。私香恋の家知っていますから。それに2人が向かった場所なら想像できます」

「そう…、分かったわ。ありがとね」


 私はそう言って、冬月さんを見送った。


 冬月さん、随分と明るくなったわね。

春木君と秋元さんのおかげかしら。

秋元さんは一見、無愛想に見えるが実はとても優しく面倒見の良い人だ。

春木君も抜けているように見えて実はしっかりと周りを見ている。そして彼は周りの人を惹きつけるものを持っているわね。

まぁ、なんでこの学校に入れたかわからないぐらい勉強はアレだけど…


『あいつ本人の口から聞かない限り、俺はそんなこと認められない!道が残されている限り俺は最後まで夏川と共に学校生活を送ることを諦めない!!』


 先程の春木君の言葉が頭によぎる。

私は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。


「それが今のあなたが探し出した答えなのね」

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