第27話

「俺の名前の桜って男の人だと珍しいだろ。」

「確かにそうだね」


 初めて名前を見た時は一瞬女の人だと思ったよ。まぁ、書いている字を見たら明らかに男のそれだったから理解できたけど。


「この名前のせいで小さい頃いじめられていたんだよ。小学生なんて残酷だから傷つくこといっぱい言われたよ。」


 僕は黙って春木君の話を聞く。

確かにまだ人生経験が少なく、言葉による怖さを知らない小学生は残酷なことをよく言う。


「だから俺はずっとこの名前が嫌いだったよ。親もなんで桜なんて名前をつけたのかも知らなかったしな。だけどな…、そんな俺の名前を誉めてくれた人がいるんだよ。」


 春木君は昔を懐かしむように話す。


「警察官のエンブレムって言われてイメージつくか?夏川」

「うん。あの桜の花びらみたいなマークだよね。」

「ああ!あれって旭日章やら朝日影っていろんな名称で言われているんだ。よくドラマとかでは桜の代紋って言われているだろ。」


 春木君は熱烈に僕に説明する。

こんなにテンションが高い春木君は珍しい。


「えっと、春木君。少し話が脱線してないかな?」


 春木君が楽しそうに話をしているところで申し訳なかったがなんだかマニアックな話になりそうだから少し指摘してしまったよ。

この話はまた今度聞くよ。


「あっ!悪い。ついつい熱くなってしまったよ。どこまで話したっけ?」

「春木君の名前を誉めてくれた人がいるってところまでだよ。」 

「そうだったな。その人は俺に『桜は誇りと使命感を持って国家、国民に奉仕する警察官のシンボルだ!恥じる必要なんてない!むしろお前もその名前に誇りを持て!』…そう言ってくれたんだよ。」

「なんだかすごくかっこいいね。」


 僕は率直に思ったことを言った。

それに続けて僕はその人のことを聞きたくなった。

「そんなことを言うってことはその人は警察官だったの?」

「…ああ、本当にかっこよくて、優秀な警察官だったみたいだ…。」


 そう言った春木君の声は僕が今まで聞いてきた中で1番切なそうな感じだった。

そして僕は春木君の今言ったことに疑問を持った。


 だった?それってもしかして…

いや流石にこれ以上はやめよう。

僕はそこで思考を止めた。


「まぁ、これが警察官に興味を持ったキッカケだったかもしれないな。それより俺がこんなに話したんだ。夏川もなんか自分のこと話してくれよ」

「え?」


 春木君の急なリクエストに僕は返答に困ってしまった。

それにずっと家に引きこもっている僕が話せることってあるのか?


「何を話せばいいかな?」

「なんでもいいさ!昔の楽しかったことや面白かったこと今夏川が頭に浮かんだことなんでもいいよ!」


 僕が今頭に浮かんだこと…。

実はある。それどころかずっと聞きたかったことがある。春木君がこうやって家に来てそれからずっと気になっていた。

今日は春木君も自分のことを話してくれた。

だから僕も勇気を出して聞いてみよう。


「春木君…、君はどうしてこんな僕のことを気にかけてくれるの?」


 それは僕がずっと心にとめていた疑問である。


「春木君だけじゃない。香恋もどうしてずっと僕のことを気にかけてくれるのか分からないんだ。」


 普通に考えたらわざわざ学校に来ないやつのことを気にかけたりするはずはない。

100歩譲って香恋はまだ幼馴染だからそのよしみで気にかけてくれてるのかもしれない。

だけど春木君とは高校になって知り合った。

それどころかまだ1回も顔を合わせたことがない。こんな部屋から出てこなくてドア越しでしか話せないようなめんどくさいやつと仲良くしてもなんのメリットだってないはずだ。


「さあな。悪いが俺には委員長の気持ちは分からないよ。それに夏川、お前は少し考えすぎだよ。」


 春木君の返答は意外にも軽いものだった。


「だって!僕はこうやって君と話せるのは楽しいけど君にはなんのメリットもないじゃないか」

「俺は一度でもメリットがどうとかそんなことを考えて夏川の家に来たことはない。」

「え?」


 あまりにも予想がない返答に僕は間抜けな声を出してしまった。

するとドア越しからクスッと少し笑った春木君の声が聞こえた。


「さっきも言ったけど考えすぎだ。夏川が俺と話して楽しんでくれてるように俺だってこうやってお前と話す時間が好きなんだよ。」

「……」

「なんだか腑に落ちないって感じだな。」

「いや、もういいよ。一応少しは君の真意が聞けてよかった。それともう1つ聞きたいことがあるんだ。」

「なんだ?」

「春木君は僕がなんで学校行かなくなったのかその理由を聞かないよね?僕と昔仲良かった人はみんなその理由を聞いてくるのに」

「夏川は聞いて欲しいのか?」

「いや、別にそういう意味ではなくて。わざわざこんなに会いに来てくれるのに全然聞いてこないかな。気になったんだよ。」


 僕がそういうと、春木君はその理由を答えてくれた。


「たしかに気にならないって言うと嘘になる。だけどこれは俺が気軽に聞いていいことではないと思っているよ。」


 春木君はそう言って話を続ける。


「誰だって歩みをやめて立ち止まってしまうほどの挫折や困難に直面してしまうことはある。そしてその困難の苦しさは人によって程度が違う。一晩寝たらスッキリする人もいたらそれがずっと心の枷になってしまう人もいる。それは部外者に考え無しに踏み込んでいいものではない。」


 僕は黙って春木君の話を聞いた。

彼がここまでの考えを持っていたなんて僕は想像もしなかった。


「だから、夏川が話したくなった時に話してくれたらいいよ。」


 春木君は優しく僕に言葉をかけてくれた。


〜〜〜〜


 あの後春木君は家に帰り、僕はスマホをいじったり、軽く勉強をしたりして時間を潰した。


 時刻は22時、昼夜逆転をしている僕からしたらまだまだ起きて活動する時間である。


 すると部屋のドアをノックされた。

誰だ?お母さんかな?いつもはこんな時間に部屋の前まで来ることなんてないのに。


「聡太、話がある。下に降りてきなさい。」


 その声の主は父である。

僕が学校に行かなくなってからほとんど話すことなんてなかったのに。


 僕は父の言葉に従い、部屋から出てリビングに向かうのであった。

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