第26話

「—って感じでさぁ、香奈美ちゃんが家から飛び出してしまって大変だったんだよ」

「そうだったんだ。」

「ああ、それで香奈美ちゃんを探すために外に出たら偶然太一君と出会したから一緒に探すのを手伝ってもらったよ」

「なるほど。だから昨日太一と2人で走って行ったのか。」

「え?なんでそれを知ってるんだ?」

「昨日窓から2人が走って行くのが見えたんだよ」


 昨日偶然窓から外を眺めたら太一ともう1人誰か走っているのが見えたけどどうやら春木君だったようだ。


「それでそのあと香恋と香奈美ちゃんは仲直りできたの?」

「ああ!無事なんとかなったよ!」

「それならよかったよ」


 春木君が家に来てから数十分経った。

僕は春木君から昨日香恋の家で起きたゴタゴタを聞いている。


「それにしても昨日は本当に太一君に助けられたよ。正直俺だけだったら香奈美ちゃんを家に連れて帰ることはできなかったよ。さすが幼馴染だな。」

「そんなに太一が役に立ったの?」

「もちろん!落ち込んでいた香奈美ちゃんのフォローしてくれて助かったよ。太一君は香奈美ちゃんにとって頼れるお兄ちゃんって感じだな。」


 なんだかすごく新鮮だな。

部屋に引きこもるようになってまともに太一と話してないから知らなかった。

僕といる時はいつも僕の後ろを歩いてくる弟だったのに。


「あいつ、香奈美ちゃんの前だとそんな感じなんだな…。」


 正直少し寂しい気持ちになったな。

太一は最近少年野球も始めたって聞いたし、

あいつはずっと成長し続けていくのだろうな。


「てか、今日中間テスト1日目だったんだけど

数学1、数学A、物理基礎でめっちゃ大変だったよ。」

「え?数学初日だったの?」

「ああ、数学が初日できつかったよ」

「待ってくれよ!せっかく春木君に教えるためにさっきも数学の勉強をしていたというのに…。」


 初日に数学があるならもう少し、ハイペースで教えるべきだったよ。

だけど香恋に頼んでいたから問題はないかな。


「あれ?言ってなかったか?」

「知らなかった。ちゃんと解くことはできた?」

「ああ!なんとかなったよ。」


 声の調子からして手を足も出なかった訳ではなさそうだ。

前より点数が上がってたら僕も教えた甲斐があるよ。


「そういえば、さっきテレビのニュースで見たんだけど今日だったよね。あのモール立てこもり事件が起きたの。」

「………そうだな」


 僕はさっきニュースで見たことを話した。

別に大した理由があるわけではなかったけど

当時はえらく騒がれていたからただの話のネタで言っただけだった。


「だけどあの事件って負傷者は多かったけど幸いにも亡くなられた人は少なかったよね」

「…たしかにそうだな。その日非番で訪れていた警察官2人そして民間人1人が犠牲になった……。」


 声だけだから、どんな表情で話しているか分からないけど春木君の雰囲気がいつもと違う感じがした。

いつもは明るい口調で話しているのに今はすごく暗い感じがする。

春木君は続けて事件のことを話している。


「そして……事件を計画した主犯格は今だ逃亡中で捕まっていない。」

「春木君、その事件についてやけに詳しいね。」

「ああ…、絶対に忘れてはいけない事件だ!」


 その春木君の言葉には並々ならぬものを感じた。

場の雰囲気も少し暗くなってしまったので僕は新しい話題に変えようとした。


「だけど時間が経つのは速いよね。その事件が起きたのはもう3年も前なんだよね。あの頃はまさか学校に行かなくなるなんて想像してなかったよ。」


 僕は少し自虐混じりに話した。


「高校が終わったら進学するか就職だけど引きこもりの今の僕じゃ先のことなんて考えたくもないよ。」

「まだ高校生活も始まったばっかりだしそんな先のことは考えなくてもいいんじゃないか?」


 春木君の言うとおりである。

本当なら高校生活は始まったばっかりでまだまだこれからだ。友達と遊んだり、部活動を頑張ったり、みんなと楽しい思い出を作る時期である。



 だけど…いつも誰とも接しないで1人部屋にこもっていると不意にくるものすごい不安に押し潰されそうになる。

僕だけ普通の人とは違う。

みんなが学校に行ってる時も寝ているかダラけていたりする。

そしていつも考えている…僕は一体何をしているのかと。


「夏川?大丈夫か?急に黙り込んでしまって」


 僕は春木君の言葉で我に返った。


「ごめん。ちょっと考え事を思い出してしまって」

「そうか。さっきの話の続きだけどまぁ夏川のように先のことを考えるのも大事だと俺は思うよ。高校生活なんて3年で終わるしな」

「春木君はもう高校が終わった後のこと考えているの?」

「うーん、そこまで具体的にはまだ考えてないかな。だけどやりたい仕事は決まっているよ。」

「それって僕が今聞いても大丈夫かな?」


 将来の目標については僕は非常に繊細な話題だと思っている。

特別親しいもの以外にはなかなか話さない話題である。


「別に構わないよ。だけど誰かに話すのは初めてだな。みんなには内緒にしてくれよ。」

「うん!誰にも話さないよ」


 というか話す人がいない。


「俺、警察官を目指しているんだよ」

「警察官!?それはすごく大変そうな仕事を目指しているね」

「ああ、大変な仕事だと思うよ。それでもなりたいんだ。」


 ものすごい覚悟を持った様子で春木君は話している。


「何かキッカケとかあるの?」


 僕はついつい聞いてしまった。

それほど春木君が警察官を目指す理由を知りたくなってしまった。

一瞬間を置いて春木君は理由を話し始めるのであった。

 

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