第24話

 ドアを開け、家の中に入ると冬月と委員長がすぐに玄関のところにきた。


「よっ!ちゃんと連れて帰ってきたぞ!」


 俺がそう言うと、冬月は安心したような様子で俺たちを見ている。

だけど問題はここからだ。

香奈美ちゃんの方を見ると、気まずそうに下を向いている。

何か言いたそうな感じだが勇気が出ずに黙り込んでいる。

しかし意外にも先に言葉を発したのは委員長だった。


「香奈美!!」


 委員長はそう言って、ものすごい勢いで香奈美ちゃんに抱きついた。


「え…?お姉ちゃん…?」


 何が起きたのか理解できずに香奈美ちゃんは固まっている。


「ごめんね…、香奈美」


 誰も何も発しない沈黙した空気の中、委員長がか細い声で静かにそう言った。


「私は…香奈美の気持ちにずっと気付くことができなかった…。自分のことでいっぱいいっぱいで香奈美に構う余裕がなかったの…。」


 香奈美ちゃんは委員長の言葉を素直に聞いている。

そしてその瞳には涙が滲みそうになっている。


「そう…だよぉ…、お姉ちゃんは…いつも私に構って…くれないもん。」


 香奈美ちゃんは途切れながら必死に気持ちを伝えようとしている。

委員長は香奈美ちゃんの気持ちを受け入れるために何も言わずに聞いている。


 俺や冬月、そして太一君は何も言わずにただ2人を見守っている。

香奈美ちゃんが飛び出す前までの一方的な様子なら止めに入っていたかもしれないが今は問題ない。

お互いに一旦時間を置いたことにより冷静になっているからである。

何より委員長の様子はさっきまでとはまったく違う。

俺たちが香奈美ちゃんを探していた間に何かあったのかもしれないな。


「お姉ちゃんは……私のこと…嫌いなの?」


 香奈美ちゃんは泣きながら委員長は質問をした。


「私は香奈美にそう思わせていたのね。」

「だって、遊ぼうって言っても遊んでくれないから…だから私も一緒に勉強しようと思って部屋に行ったら…お姉ちゃんいきなり怒ってきたもん…。」

「そうだったのね…。そうだと知らずにいきなり怒鳴ってしまってごめんね。」

「なんであんなに…怒ったの?」

「香奈美は私と違って頭がいいから…てっきりまた私たちの勉強の邪魔をしにきたのかと思ったわ。」

「そんなことしないもん!」


 香奈美ちゃんは頬を膨らませながら反論した。

それを聞いた委員長はクスッと表情を柔らかくしながら「どうかしらね」と言った。


「だけどね…、香奈美。私が香奈美を嫌いになることなんてあり得ないわ。」

「なんで…?」

「私にとって香奈美は世界でたった1人だけの妹なのよ。」


 委員長は香奈美ちゃんの顔を真っ直ぐ見ながら話す。


「私は香奈美にとっていいお姉ちゃんとは言えないわ。……それでもね…、香奈美は私にとって大事な妹なのよ。だからこれから少しずつでもいいお姉ちゃんになれるように頑張るから…今回だけはお姉ちゃんのこと許してくれたら嬉しいわ。」


 委員長が話終わると、香奈美ちゃんは急に委員長の胸に抱きついた。

そして香奈美ちゃんからは嗚咽混じりに泣きはじめた。


「どうしたのよ!?」


 いきなり大泣きし始めた香奈美ちゃんにびっくりした委員長は珍しくも少し動揺した様子だった。


「だって、だってぇ〜、香恋お姉ちゃんがそんな優しいこと言ってくれると思わなかったから…なんだか…嬉しくて…」

「え?」


 予想だにしない理由に委員長は少し顔を引きつらせている。


「香織お姉ちゃんは…いつも私と遊んでくれていたけど…香恋お姉ちゃんは全然私と遊んでくれなかったから…ずっと私のこと嫌いだと思っていた…。」


 香奈美ちゃんは涙でぐしゃぐしゃになった顔で真剣に説明していた。


 それを聞いた委員長は今までの対応を反省していると同時に香奈美ちゃんの気持ちを確かめることができてホッとしている様子だった。


「まったく……、嫌いなわけない!すっごく大好きよ。」


 委員長はそう言って、泣いている香奈美ちゃんに優しく目一杯の愛情を込めて抱きしめた。

そして香奈美ちゃんは今までの不安から解放された安堵感からか委員長の胸でひたすら泣くのであった。


 良かったな、香奈美ちゃん。

俺の言ったとおりだっただろ。

委員長は物言いはすごくきついし、一見冷たいやつに見えるけど実はすごく優しいやつなんだよ。

じゃないと学校に行けてない夏川の家にまで行って教科書やプリントを届けに行かないし、なんだかんだ言って俺に勉強を教えてくれるしな。


 俺は仲睦まじく抱きしめあっている2人を見ながらそう思うのであった。


〜〜〜〜


 先程まで泣いていた香奈美ちゃんも気持ちが落ち着いて、俺たちはそろそろ家に帰るために荷物を取りに行こうとすると玄関のドアが開く音がした。


「あら?靴がまだ残っている。もしかしてみんなまだ勉強しているのかしら?」


 その声に釣られて玄関の方を見てみると帰ってきたのは委員長のお母さんであった。


 あっ!そうか

委員長のお母さん買い物に出かけたんだったな。すっかり忘れてた。


「お母さん、流石に帰ってくるのが遅いわよ。」


 委員長が注意するとお母さんは両手を合わせて訳を説明し始めた。


「ごめんね〜、いろいろと安売りしていてすっかり遅くなってしまったわ。」

「本当にそれだけかしら?」


 委員長がジト目でそう問いかける。


「ほ、本当よ!べ、別に寄り道なんてしてないわよ!」


 委員長のお母さんは目線をはずしながら委員長に説明する。


 あー、あれ絶対嘘だろ。


「そ、そんなことより、せっかくみんないるんだから今日はうちでご飯食べてかない?」


 話を逸らすためなのか分からないが委員長のお母さんは俺たちに夕食をご馳走してくれると言ってくれた。


「ありがとうございます。」


 太一君は丁寧にお礼を言った。

俺もそれに続き、お礼を言うことにした。


「じゃあ、俺もよろしくお願いします!」

「太一君は家族絡みの付き合いが長いから分かるけどあなたの場合は今日は初めてなのに遠慮がないわ。」


 俺の図々しさに委員長が指摘してきた。

そんな俺たちを笑顔で見ていた冬月に委員長は話しかけた。


「せっかくだから澪、あなたも食べていかないかしら?」

「はい、お言葉に甘えさせてもらいますね。香恋」


 俺の時は全然違う対応だな…

委員長。


 ん?

てか待てよ。

俺は今の2人の会話を聞いて疑問に思った点があった。


「2人ともいつの間に名前で呼び合うようになったんだよ」

「それは私たちの勝手でしょ」

「はい、悪いですが春木君には内緒です」


 冬月は優しくそう言った。 


 香奈美ちゃんと太一君は仲良く2人で遊んでいて、委員長も冬月と今までよりも親密な感じがする。一体俺がいなかった間に何があったんだ?

なんか俺さっきから仲間はずれになってない?


〜〜〜〜


 委員長の家でご飯をご馳走になって、俺は本当にそろそろ帰ろうとしていた。

時刻も20時になろうとしていた。

けっこう長居してしまったな。


「じゃあ、俺はもう帰らせてもらうよ」

「ええ、遅い時間だけど気をつけて帰りなさい」


 冬月はどうやら家の人が迎えにくるらしい。

俺が帰るのを玄関のところまできて委員長と一緒に見送りをしてくれている。


「春木君、今日はいろいろと迷惑かけたわね。ありがとう」


 委員長は少し照れながら今日のお礼を言ってくれた。


「別に大したことはしてないよ」


 俺は委員長の礼にそうかえしたが今日は冗談抜きで俺は何もしていない。

太一君と冬月のおかげだよ。マジで。


「明日のテスト頑張りましょう」

「ああ、じゃまたな!」


 俺はそう言って委員長の家を後にした。


 すっかり暗くなった道を歩きながら1人で帰っている中さっきまでのことが脳裏に蘇る。


 香奈美ちゃんと委員長の問題を解決できた本当によかったと思う。

だけど俺は正直香奈美ちゃんを羨ましく思ってしまった。

仲のいい幼馴染がいて、不器用だけどあんなに妹のことを思ってくれている姉がいる。





 ふと3年前のことを思い出す。


「俺の前からはみんな居なくなってしまったよ……」


 ひと通りのない静かな通路を歩きながら1人そう呟くのであった。




 

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