第36話
その日の晩、父が仕事から帰ってきて母は今日病院で診断された病気を伝えた。
そして僕は父に呼び出され、父、母、僕と3人で話し合うことになった。
父はしばらく黙っていたが考えがまとまったようで静かに話し始めた。
「聡太、野球を辞めなさい。」
父のその言葉は僕が1番恐れていたものであった。
「……」
僕は父になんて言えばいいのか分からず、黙り込んでしまった。
そんな僕の様子などお構いなしに父は自身の考えを話し続ける。
「病気のことは母さんから聞いた。それは仕方のないことだ。ゆっくり時間をかけて治していくしかないが…だからといって学業を疎かにしていいわけではない。」
「……」
「日常生活を送るのが困難になるならこの先学校にも満足に行けなくなるだろう。それならその分家で勉強をしたらいい。希望するならオンライン教材も用意する。聡太なら1人で勉強しても問題ないだろう。」
「それなら…どうして僕は野球を辞めないといけないの?」
僕は父に疑問をぶつける。
「本当のことを言うなら俺は元々聡太にここまで野球に熱中させるつもりはなかった。
だが聡太は野球をしながらでも学業でトップの成績を保っていた。だから許していた。」
父はそのまま話を続ける。
「だが今は状況が違う。今の状態で野球をすることになんのメリットもない。ならここで潔く野球をやめ、勉強に力を入れるべきだ。」
父が僕に言ったことは間違っていない。
その通りだと思う。いつだって父は間違ったことは言わない。この先の僕の人生のことを本気で考え、合理的な決断をする。それは時に僕の気持ちを無視していることも今までに多々あった。だけどそれが僕のためになるなら素直に父の言うことを聞いた。
だけど…、今回だけは絶対に譲ることができない。
僕が野球を続けてきた理由は単純だ。
単に野球というスポーツが好きだったことそしてもう1つある。
だけどそれは今日の香恋の件でもう失ってしまった。
ただ好きという理由だけで野球を続けたいわけではない。
脳裏に浮かぶのは3月、先輩たちの卒業式の日すごくお世話になった先輩からの最後の一言だった。
(「お前の今後の活躍楽しみにしてるぞ!頑張れ!」)
何も僕は3年生まで野球を続けたいわけではない。せめて今年の夏の大会まででいい。
最後に先輩たちのためにチームに貢献したい。
「い…嫌だよ。僕はまだ野球を続けたいよ!」
僕は勇気を出して父にそう言った。
今まで父の言うことに反抗したことはなかった。そのせいか父は少し驚いた様子だった。しかし父がその程度のことで考えを変えたりなどしない。
「ダメだ。」
まったく僕の言葉など届いていないようだ。
しかし僕も食い下がらない。
「今年の夏まででいいんだ。今のチームで僕は大会に挑みたいんだ!」
僕がそういうと父は黙ってこちらを見る。
僕はそのまま話を続ける。
「それに僕はレギュラーなんだよ。こんな時期にいきなりやめてしまったらチームにも迷惑をかけてしまうよ。」
「それは仕方のないことだ。チームには迷惑をかけることになるがその選択が今後の人生に良い影響を与えるはずだ。」
「たしかに…父さんの言う通りかもしれないよ。けど…僕にとっては今回の大会だってすごく重要なことなんだよ!」
僕は頭を下げて父に懇願した。
「お願いします。夏の大会が終わったら野球はやめて父さんの言う通りに勉強に専念するよ。だからもう少しだけ僕に時間をください。」
父は黙って僕の方を見る。
すると母が助け船を出してくれた。
「あなた、聡太がここまで言うなんてはじめてのことじゃないかしら。もう少しだけ聡太のやりたいようにさせてあげましょう。」
父は一度表情を曇らせたが僕が本気だと言うのが伝わったのか「分かった」と言ってくれた。
「ただ、今年の夏までが絶対条件だ。いかなる結果でもそこで野球をやめてもらうからな。」
「はい!ありがとうございます。」
僕はそのあと部屋に戻り、今後のことを考えた。
泣いても笑っても今年の夏が僕の最後だ。
絶対に悔いだけは残したくない。
絶対に…。
病気のことや香恋のことに野球のこと今日は濃い一日だった。
だけど僕には時間がない。
明日からの1日、1日を大事にしていかないといけない。
そうでなければ今の体調では今までのような結果を出すのは困難だ。
僕は部屋で1人そう思うのであった。
〜〜〜〜
翌朝
目を覚ますと激しい倦怠感に襲われる。
ベットから起き上がることすらままならない。しかしそんな状態の体に僕は鞭を打って起き上がる。
すると途端に頭痛とめまいにより、僕はひざまづいてしまった。
「ハァ、ハァ…」
僕は机に置いている錠剤を手に取り、水で流し込んだ。
しばらくして状態はましになったので部屋から出て下の階に降りた。
「おはよう。聡太。体調は大丈夫?」
母は心配そうに僕に質問した。
「まだ少ししんどいけどこれぐらいなら問題ないよ。学校に行ってくるよ。」
「そう。頑張ってね」
起きてからしばらくじっとしていて時間をロスしてしまったので僕はすぐに学校に向かった。
なんとか遅刻せずに学校に着いた。
教室に入るとクラスのみんなが僕の方に来た。みんな僕の体調について心配してくれていたようだ。
僕はみんなに病気のことは伏せた。
あまり心配をかけたくなかったのもあるがクラスのみんなにそういう目で見られたくなかった。
自分の席に座ると偶然にも香恋と目があったが昨日のこともあって気まずかったので僕はすぐに目を逸らした。
病気になったなんて関係ない。
僕はこんな状態でも勉強も野球も結果を残しみせる。そしたら父さんも香恋もまた僕を認めてくれるはずだ。
この時の僕はそれができると本気で思っていた。
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