第31話
2014年12月
中学に入学してから早8ヶ月、初めは環境の変化などに戸惑ったが慣れたらなんてことのない日常だ。
と言っても僕は今、これまで経験したことないくらいの走り込みをしている。
なぜなら今は12月つまり冬季練習の時期だからだ。
野球は夏のスポーツだ。
寒い冬の季節にボールを投げたりしたら怪我をしてしまう。だから基本的にこの時期は走り込みや筋トレなどの基礎トレーニングをして冬が越すのを待つのである。
ポール間ダッシュ20本を終えて、まだ息が整ってないが今からベースランニング10本だ。
正直気が遠くなる。
少年野球の練習とは比べ物にならないな。
僕は体に鞭打って走るのであった。
〜〜〜〜
練習が終わり、部室で着替えて下校しようとしていた。
すると同級生数人に声をかけられて途中まで一緒に帰ることになった。
「ハァ、めっちゃ疲れたぁ。」
下校中、同級生の1人がため息混じりにそう言った。
「まったく監督の野郎!走らせすぎたろ!途中ぶっ倒れるところだったぜ。」
「ああ!本当だよ。先輩たちですらヘロヘロになってたぞ。」
同級生の数人は今日の練習の愚痴を言っている。
まぁ、たしかにこの冬季練習がここまでしんどいとは僕も思っていなかった。
それでも野手組の僕たちはまだマシな方だ。
投手組は野手組以上に走り込みのメニューが多い。
おそらく監督はこの冬とことん部員を追い込んでチームの実力を底上げするつもりなのだろう。
「てかこんなに練習しんどいのも引退した3年生の代が夏に全国大会に行ったせいだろ!」
同級生の1人がそんなことを言うともう1人の同級生もその意見を肯定した。
「たしかにそれはあるな」
「いい迷惑だよ。3年生の代がたまたま強かっただけだろ。2年生はそれほど強くないし、何より1年の俺らは夏大なんて関係なかったし。」
「そうだな。ここにいる夏川以外はみんなベンチ外だったもんな」
そう言って、同級生は一斉に僕の方を向いた。
「いやぁ、夏の時に偶然調子が良かっただけだよ。」
「何が偶然だよ。1年の夏の大会からいきなり4番サードで試合に出てたじゃねぇかよ。」
「たしかにそうだけど…」
同級生からのこの手の話題をふられたとき僕はいつもなんて言えばいいのかわからなくなってしまう。
野球部は基本的に3年生メインでレギュラーを作る。稀にセンスの良い2年生がベンチ入りすることがあってもレギュラーにはならない。
それが今年は1年生の僕がレギュラーに選ばれて打線の主軸の4番を任された。
これはうちの野球部からしたら前代未聞だったようだ。
「監督の野郎絶対来年の夏も全国大会に出場するつもりでいるだろ。」
「そうだな。だからこの冬めっちゃ練習させるつもりだな。」
彼らの会話を黙って聞きながら帰っていると今度はまた違う話になった。
「てか今思い出したけどもう少しで期末テストじゃね?」
唐突に同級生の1人が別の話題を出す。
それを聞いた他の同級生たちは手を顔に当て天を仰いだ。
「そうだった。練習がきつすぎてすっかり忘れてたよ。」
「俺英語やばいよ。補習なるかも」
「俺は数学が分からん」
各々から違う意見が飛び交う。
ここにいる同級生は勉強が苦手のようだ。
部活が一緒なだけでクラスは違うから知らなかった。
「夏川は今回のテストどうなんだ?」
同級生のうちの1人が僕に聞いてくる。
「うーん、普通かな。良くも悪くもないって感じかな。」
「なんだよ!それ」
僕は正直に答えがどうやら納得のいってない表情をしている。
「普通とか言ってるけど今回も当たり前のように1位取るんだろ。」
「いや、それは分かんないよ。他の人達も勉強頑張っているし正直ずっと1位を取れる自信はないよ」
「本当かよー?俺たちのクラスの担任、1組の夏川から1回くらいは1位の座を奪い取れって
いつもテストの時に言ってるぞ。」
「ははは…、そうなんだ」
僕は苦笑いしながら返事をした。
そんな感じで他愛もない会話をしながら帰り、別れ道に到着したので同級生の彼らと別れて僕は1人で帰った。
〜〜〜〜
家に到着してご飯を食べて、風呂に入り、僕は自室のベットで横になってボッーとしていた。
僕にとって今のところ中学生活は悪いものではない。
部活動の野球は楽しいし、1年生ながら試合にも出させてもらって結果を出している。
勉強もそれほど根を詰めてしているわけではないが今のところはずっと学年1位だ。
こんなこと他の人に言ったら嫌味だと思われてしまうかもしれない。
だけどなんだろう…。
うまく言葉で言い表すことは出来ないけど最近みんな僕のことをどこか線を引いたような感じで接しられている気がする。
勉強も運動も常にトップなのは昔からだ。
今に始まったことではない。
それでも小学校の頃はみんな普通に接してくれた。中学になってみんな段々変わり始めている。
やたら見栄をはるようになった人、女子にモテるためにオシャレに気をつけるようになった人、異性に付き合うようになった人、他にもいろいろある。
僕はこの変化に対応できてないのかもしれない。
それに小学校の頃までは個人の能力について比較されることなんてまず無かった。
テストなどはあったが簡単なものでみんな基本満点を取るのが当たり前だった。
それが中学生になって一気に変わった。
明確な順位が出る。そして勉強が得意な子、苦手な子はっきり区別されるようになる。
今日の下校中の時も同級生の様子から察するとあれは嫉妬のようなものだ。
正直に言えば、あまり良いものではない。
だけど仕方のないことだ。高校に行けば受験を経て、自分と同じ学力の人達と一緒になるから今よりは良くなるかもしれない。
そんなことを考えながら僕はカレンダーを見た。
「来週の日曜日たしかオフだったかな」
よし!
僕はスマホで香恋に電話かけた。
するとすぐに香恋は電話に出た。
「何かしら?こんな時間に」
「今時間大丈夫かな?」
「ええ、少しだけなら大丈夫よ」
香恋はぶっきらぼうにそう答える。
一般の人からしたら香恋が怒っているように聞こえるかもしれないがこれが香恋の平常運転だ。
「来週の日曜日練習ないからさ久しぶりにどこかに遊びに行かない?」
「嫌よ」
「え!?どうして?」
久しぶりに香恋とどこかに遊びに行きたいなと思って言ってみたらあっさり断られてしまった。
「前にも言ったはずよ。私たちが2人でいるとクラスの人たちから誤解をされるのよ。」
「そんなの気にしなければいいよ」
僕がそう言うと電話の向こうから呆れたような声が聞こえた。
「それにもう少しで期末テストよ。今のうちから準備しておいた方がいいはずよ」
「1日くらい大丈夫だよ」
「随分と余裕そうね。さすが入学してからずっと1位の座を死守しているだけはあるわね。」
「いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃないよ」
というか別に死守というほどではないけど。
「けど聡太も部活で忙しそうだし、たまにはいいかもしれないわね。」
香恋はそう言って話を続ける。
「来週の日曜日だったわね?予定を空けとくわ。」
「本当?いいの?」
「ええ、どこに行くかは聡太に任せるわ。」
「分かったよ!」
「用が済んだなら電話をきらせてもらうわよ」
「うん!ありがとう!おやすみ!」
「ええ」
僕はそう言って、電話を切った。
来週の日曜日は久しぶりに香恋と遊べるにことになった。
僕はどこに行くかを決めるためスマホでおすすめの場所を調べるのであった。
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