第39話
少し時刻は遡る。
決勝戦試合当日
僕はバスで球場に向かっていた。
この試合のために僕は事前に香恋に試合を観に来てもらうために連絡はした。
香恋も承諾してくれたし今日は観に来てくれるはずた。
僕は今日まで完璧な準備をしてきた。だがこんな時に限って今朝から予想外のことが起きている。
「うっ!」
バスに乗っていると急な酔いが襲ってくる。
すぐさま鞄から酔い止めをとり水で流し込む。
この病気になってから乗り物酔いをよくするようになった。
前まではどちらかといえば乗り物に乗るのは好きな方だったが今では酔い止め薬を常備しなければならない。
「…まだ気持ち悪いな」
僕はこれ以上酔わないように安静にした。
しばらくして目的地である球場に着いたので僕はバスから降りた。
正直に言うと今日の体調は最悪だ。
ちゃんと薬を飲んできたが試合開始が午前10時からなので移動時間も入れたらそれなりに早く起きて準備をしなければならなかった。
できるなら今すぐに横になりたかったが今日だけはそんなこと言ってはいられない。
決勝戦まで来れたんだ。
絶対に譲れない。
僕はそう自分を奮い立たせ野球部のみんなが待つ集合場所に向かった。
アップを終えた試合前、僕たちは選手用ロッカールームで最後のミーティングをした。
監督は相手チームの傾向や投手についてを解説した。
そして最後に僕たちにエールを送ってくれた。
「監督である俺が言うことではないが正直この代が全国を狙えるチームになるとは初めは思ってなかった。だが実際今このチームは決勝戦まで来た。絶対に勝つぞ!」
監督のその言葉には僕たちへの期待が込められていた。
そして監督自身も僕たちと一緒に戦っている。その気持ちがヒシヒシと伝わってきた。
監督の話が終わり僕は試合が始まるまで1人で精神を研ぎ澄ませていた。
コンディションは最悪だったがさっきの監督の言葉にもあったが絶対に勝って全国に行きたかった。
そうしているとキャプテンである先輩が僕に話しかけてきた。
「調子はどうだ?夏川」
「はい。いつも通りです。」
本当は体からだるくしんどかったが僕は嘘をついた。
「そうか。もうすぐで試合が始まるな。」
「はい。僕は…絶対にこの試合勝ちたいです」
僕がそう言うと、何やら先輩は少し笑顔を見せた。
「夏川。この際だから言うが、俺たちは初めお前のことをあまりよく思ってなかった。」
その言葉に僕は一瞬驚いてしまった。
「え?そうなんですか!?」
「ああ。1年で急にレギュラーになって先輩たちと全国大会に出場してしまうもんな。はっきり言って妬ましかった。」
まったく…気づかなかった。
もしかして僕って人の気持ちに関して鈍感なのか?
「だけど先輩たちが引退した後もお前は全力で野球に向き合っていたからな。そしてこの夏にかける想いは誰よりも強かった。その姿勢に俺たちは感化されていったんだ。」
先輩からの予想外の言葉に僕は少し戸惑っていたが先輩は話を続ける。
「今はお前と一緒でみんな勝ちたいと本気で思っている。そして監督も俺たちに期待をしている。ありがとな。夏川」
先輩はそう言って僕は感謝の言葉をかけてくれた。
最後に先輩はこう言った。
「勝とうぜ。夏川」
「はい!」
僕は力強く返事をした。
〜〜〜〜
両校選手がグラウンドに集まり、試合前ノックを開始する。
僕たち東中は先に試合前ノックを終わらせて相手チームのノックをベンチで見ていた。
相手選手は皆確実にボールを捕球した後素早く一塁に送球する。
その動きには一切の無駄な動作などない。
流石に決勝戦まで来ると相手選手のレベルも格段と上がるな。
だけど去年の全国大会にはこのチーム以上のチームがごまんといた。
本気で全国に行きたいならこれぐらいのチームに臆してはいられない。
相手チームのノックが終わりおおよそ5分で試合が開始するようだ。
僕はその時間トイレの手洗い場で顔を洗っていた。
「ふぅ、これで少しはマシになるだろ」
今日の気温は体感的にはだいぶ高く感じる。
おかげで体はだるく、少しだが目眩もする。
トイレに向かう途中平衡感覚もうまく掴めなかった。
正直、こんな状態なら普段は学校を欠席するだろう。
だけど今日だけはそんなわけにはいかない。
いろんな感情が入り乱れてる中僕は頭を整理する。余計な感情があったら試合にも影響を及ぼすからである。
そして先程の先輩の言葉を思い返す。
「先輩があんなことを言ってくれるなんて…」
僕は素直に嬉しかった。
監督も先輩たちもみんな僕に期待をしてくれている。
まだ13歳の僕がこんなことを考えることではないが今までの人生の中僕は期待されるのが当たり前だった。
そこまで努力しなくても人よりもできてしまったからだ。
父や母、いろんな大人の期待に応え続けてきた。そこに大した思い入れなんてなかった。
だけど今回は違う。
初めてみんなの期待に応えたい。そう本気で思っている。
こんな病気で辛い状況でも野球を続けることができた理由の一つだ。
それに今日は香恋も観に来てくれるんだ。
みっともない姿は見せられないな。
「よし!」
僕は1人、自分に喝を入れてベンチに向かうのであった。
ついに試合が始まり僕たちは自分の守備位置についた。
東中は後攻である。
エースの先輩が初回好投をしてくれたおかげで三者凡退で終わらすことができた。
東中の攻撃の番だ。
1番打者の先輩が二塁打を放ち、いきなり先制点のチャンスがきた。
2番打者の先輩が手堅くバントを決めてランナーを三塁に進めた。
3番打者の先輩は三振をしてしまった。
2アウトランナー三塁。
いい場面で4番の僕に回ってきた。
僕がバッターボックスに立った時見方ベンチからの応援が聞こえてくる。
相手投手がボールを放った。
僕は初球は様子見で見送ることにした。
投球練習をしてる時から思っていたがとりわけ高いレベルの投手ではない。
落ち着いてプレーをしたら十分に対応ができる。
相手投手が2球目を放る。
僕は力強くバットを振り、そのボールを打ち返した。
手応えは十分あったが三塁手ど真ん中のライナーだった。
「マジか…」
スリーアウトでチェンジになった。
せっかくのチャンスだったので初回で先制点を取りたかったが仕方ない。
切り替えていこう。
僕はベンチでヘルメットを脱ぎ、バットを置いてグローブを左手にはめて自分の守備位置のサードに向かうのであった。
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