第22話
「中学2年生になったばっかりだった頃から、聡太はある病気を患ってしまったの。」
秋元さんは夏川君のことを説明し始めた。
「病気って…、もしかしてそのせいで夏川君は学校に今も来れてないんですか?」
「ええ、だけど中学の時に比べたら多少はマシになったみたいだわ。」
私はなんて返せばいいのか分からなかった。学校に行きたくない理由は多岐に渡ると私は思っている。
誰だって一度や二度は学校に行きたくないと思ったことはあるはずだ。
だけど実際に学校に行かなくなる人には相応の理由があると思う。
今の話を聞いている限り、夏川君は何かしらの病気を患っていることになる。
それは非常にセンシティブなことである。
部外者の私には何も口出しをすることはできない。
「そんな深刻そうな顔をしないで。」
秋元さんは私を安心させるためにそう優しく言ってくれた。
「病気と言っても命に関わるようなやつとは違うの。…だけど、それが余計タチの悪いことなのよね。」
「どういうことですか?」
理解できなかった私に秋元さんは分かりやすく解説してくれた。
「その病気は、日常生活を送るのを困難にしてしまうの。つまり、直接目に見えるほどの変化があるわけではないけど身体の中で異常をきたし、立ちくらみや目まいそして動悸を起こしてしまうの。」
「すいません。まだ理解することができないです。つまりそれはなんの病気なんですか?」
私は思わず聞いてしまった。
「ごめんなさい、私もその病気の詳しいことは分からないの。だけど聡太は自律神経の病気って言っていたわ。」
秋元さんはそう言った。
私はその病気のことがなんのことなのか分からないです。
でもそれで今夏川君と秋元さんが辛い思いをしているということはわかります。
私は続けて秋元さんの話を聞いた。
「その病気になってから、聡太は学校に遅刻したり、欠席することが多くなったわ。
それでも私はずっと聡太の近くにいたわ。
…だけどクラスメイトの中にはそんな聡太のことを良く思わない人もいたわ。サボり、不登校そんな陰口をみんな言い始めるようになったわ。そんな中でも、頑張って学校に来たりしていたけど限界が来たみたいで3年生になってから完全に学校に来なくなってしまったの。」
「そうだったのですね…。」
秋元さんが、夏川君の家にプリント類を届けに行っていることは知っていました。
正直あの秋元さんがどうしてそこまでしているのかは分かりませんでしたが、彼女なりに思うところがあったのかもしれません。
「わた…しは、本当に…自分が情けないわ…。」
秋元さんは、途切れながらそう言った。
「聡太は、私が本当に辛かった時に手を差し伸べてくれた。…なのに私は何もできない!
あの時に…、私が聡太の助けにならないといけなかった!だけど私はそれができなかった。…苦しい思いをしていた聡太になんて言えばいいか分からなかった!」
気づけば、秋元さんは泣きながら自分の思いを赤裸々に話していた。
その姿は、普段の秋元さんからは想像できないものであった。
いつも理路整然と話し、凛とした佇まいをしている秋元さんしか見てなかったから分からなかった。
ああ、秋元さんも私と同じなんだな
私はそう思ってしまった。本来なら私如きがこんなこと思っていたら秋元さんに失礼ですが今の彼女を見てそう思った。
「ううっううっ……」
私は、泣いている秋元さんの隣に座った。
そしてそっと肩を寄せた。
「秋元さん、こんなに辛かったことを私に話してくれてありがとうございます。」
秋元さんは黙りながら、こちらを見る。
「私も少しだけ自分のことを話してもいいですか?」
秋元さんは、小さく頷いた。
「私には5つ歳の離れた兄さんと3つ離れた弟がいます。3人兄妹の中で真ん中ですから秋元さんと同じですね。」
私がそう言うと、秋元さんは小さな声で「そうね」と言った。
「兄が優秀かどうかは知らないですが、私の前ではいつも静かな人でした。すごく寡黙な性格で私が話しかけない限り全く一言も話さないんですよ!」
私は兄が無口な人ということをつい強調して言ってしまった。
「…ですがそんな兄ですが小さい頃は一緒に遊んでもらったり構ってもらったりして欲しかったんです。いろいろと試行錯誤して兄に構ってもらえるようにしたのですがあんまり意味はありませんでした。…正直に言うと寂しかったです…。」
私は昔のことを懐かしみながら秋元さんに話す。
「その時の私とさっきの香奈美ちゃんが重なってしまったんですよね。だから…ですかね。普段の私なら絶対にあんなふうになりませんから。」
私は、照れ隠しのために少しはにかんだように言った。
「そうだったのね…。私は、自分のことに精一杯になりすぎて香奈美の気持ちに気づかなかったのね…。」
秋元さんは俯きながら言う。
その姿からは自分への不甲斐なさが滲み出ている。
「でも秋元さんは香奈美ちゃんのことが嫌いじゃない。むしろ大好きだってことは私にも分かります!」
「えっ!?」
私がそう言うと、秋元さんは予想してない言葉だったのか、普段なら絶対しない動揺した声を出した。
「あなた!急に何を言うの!ど、どうしてそうなるの!?」
秋元さんは、顔を真っ赤にしながらそう言ってくる。
その様子は女性の私から見ても可愛いらしかったです。普段とのギャップがまたいいですね!
「私たちが家にきた時に香奈美ちゃんが秋元さんに抱きついて出迎えてくれたじゃないですか?」
「ええ、確かそうだったわね。」
「その時の秋元さん、一瞬だけでしたが、すごく嬉しそうな顔をしていたんですよ!私や春木君と話してる時には絶対にあんな顔はしません!口では、香奈美ちゃんにきつく言ってましたが全身から溢れ出てますよ!本当は香奈美ちゃんのことが好きだってオーラが!!」
私は、熱く語ってしまった。
これぞ、コミュ症の人が語りたい時だけ異様に熱く語ってしまうやつですね。
「あなた…、何を言っているの?」
秋元さんは少し引き気味にそう言ってくる。
予想通り少し引かれてしまいました。
「だけど…今は懐いてくれる香奈美ちゃんもそのうち大きくなっていったらだんだんお姉ちゃんへの関心なんて無くなっていくと思いますよ。」
私がそう言うと、秋元さんはさっきよりも焦った様子で私に問いかけた。
「なんで分かるの?」
「すいません…。今私が言ったことが全部香奈美ちゃんに当てはまるかは分かりませんが弟や妹は小さい頃はあんなに構ってきたがるのに少し大きくなったら今度は全く相手にしてくれなくなりますよ!」
私は力強く言った。
だって私の弟がそうだもん。今年から中学生になって全く相手にしてくれなくなりました。昔はあんなに私に懐いていたのに…。
「そう…なのね。」
秋元さんはひどく寂しそうに言った。
どうやら私が思ってたより香奈美ちゃんのことが好きみたいです。
すごく意外です。クラスのクールビューティーが実は妹大好きのシスコンさんだったとは。
「だから、今のうちにだけだと思ってたまには香奈美ちゃんと一緒に遊んであげたり構ってあげたりしてください。」
「そうね…。」
秋元さんは静かにそう答えたがしっかり今までのことをしっかり反省している感じである。
「私は本当にダメね…。香奈美のこともそうだけど、結局聡太のことも理解することができなかった。いつも大事な時にその一歩を踏み出すことができない…。」
私には、秋元さんと夏川君のことは分かりません。だけど、秋元さんは実は不器用でそして目の前にあることに一生懸命だと言うことは分かります。
私はそっと秋元さんの頭に手を伸ばし、私の肩にもたれさせた。
秋元さんはなんの抵抗もなくそれを受け入れる。
「秋元さん、自分にストイックなのはいいことですが、時には自分のことを褒めてあげてもいいと思います。秋元さんがすごく努力しているのは分かります。そしてそれに伴ってちゃんと結果だってついてきていると思います。だから…そんなに自分を責めないでください。」
「そ、…そんな…こと…ない。」
秋元さんは途切れながら言う。
彼女は本当に自分に厳しい人だ。だからこそ不甲斐ない自分が許せないんだ。
そして私が思ってるより、夏川君への負い目があるようだ。だけどこればっかしは秋元さんや私が解決できるものではないと私は考えてます。なぜなら最後は夏川君自身の問題だからです。
「夏川君も秋元さんの1つ1つの行動の裏にある優しさを理解しているはずですよ。」
「…………」
秋元さんは何も言わずに黙り込んでいる。
その顔は誰にも言えずに今まで1人で考え続けてきた辛さや疲弊が表れている。
「今ここにいるのは私と秋元さんだけです。今だけは素直になっても大丈夫ですよ。泣いたって誰も馬鹿にしません。」
私がそう言うと、秋元さんは泣き始めた。
それは先程とは比べほどにならないものだった。その涙からは彼女のこれまでのいろんな気持ち全てが込められたものだった。
私は、秋元さんが泣き止むまでずっと胸を貸すのであった。
〜〜〜〜〜
それから10分ほど時間が過ぎた。
秋元さんは泣き止んで、私の隣に座っている。しかし、1つだけ予想してないことが起きている。何故か先程から秋元さんがよそよそしいのです!
あれ?何故ですか?私は何かミスをしてしまいましたか!?
心なしか秋元さん少しだけ距離を置かれている気がします!!
「さっきはみっともない姿を見せたわね。」
秋元さんはこちらの顔を見ずに違う方向を見て言う。
「い、いえ!問題ないですよ。それどころか秋元さんにあんな可愛いらしい一面があるとは思わなかったのですごく意外でした。」
私は思ったことをそのまま言った。
すると秋元さんは耳まで赤くなるほど赤面してしまった。
「あなた!今日のことは誰にも言わないでよ!」
「はい!私と秋元さんの秘密です。」
秋元さんは罰が悪そうな感じでこちらを見てくる。
「あなたがそういう人とは思ってなかったから油断していたわ。はじめはおとなしくて自分の意見を言えない人だと思っていたのに。」
「それを言ったら私だってあの秋元さんがあんなに私の胸であんなに……いえなんでもありません。」
それ以上言ったら許さないというまるで獅子のような視線を向けられてしまい、私は何もいうことができなかった。
「だけど…、ありがとう。おかげで気持ちが楽になったわ。」
「いえ、大したアドバイスはできませんでしたがそれなら良かったです。」
私がそう言うと、秋元さんは顔を真っ赤にしながら何か言いたげな様子だった。
「…これからも迷惑かけるもしれないけどよろしくね……澪。」
「はい!………ってあれ?」
これは私の聞き間違いですか?
今秋元さん私の名前を呼んでくれましたか?
「何よ」
「秋元さん、今私の名前を言いましたか?」
「ええ、あんな醜態まで見せたのだからあなたと私はもう他の人よりは親しい関係になったと思っていたけど…私の気のせいだったかしら?」
「そ、そんなことはないですよ!」
「そう、嫌じゃないかしら?」
「大丈夫です!むしろ嬉しいです!」
「ならあなたもこれからは私のことを香恋と呼んでくれないかしら?」
秋元さんからのこの提案は予想してませんでした。
ですがなんだか凄く嬉しいです。
「こちらこそ宜しくお願いします!香恋!」
私がそう言うと、香恋は少し照れくさそうにこっちを見て小さく頷いた。
ガチャ
玄関の方からドアが開いた音がした。
だれか帰ってきたみたいだ。
私と香恋はすぐに玄関の方に向かうのであった。
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