第8話 宴の準備
『君たちだね? 救難信号を上げたのは? 怪我もないように見えるけど……』
『ねぇねぇ、このイノシシ解体しちゃっていい? 今日の晩御飯だよ!』
『アル……一応、仕事なんだからちゃんとやってよ』
『ええ~でも大丈夫そうじゃない?』
『……そうだね、切羽詰まった感が全然無いな。遭難者が偶然信号上げただけかもね』
犬人の女性? と杖を持った男性が山小屋にいる俺たちに話しかけている様だった。正直……何を言っているのかさっぱりわからない。困るレベルで分からない。
だが問答無用に殺そうとかそういった敵意を感じられない。犬人も適当な葉っぱを採って剣についた血を拭き取っていた。猫人に関してはこちらに興味が全く無いようで殺したイノシシの方でなんか色々やり始めていた。
俺がどうやって意思疎通をしようかと迷っていると、チサトさんが普通に日本語で話しかけていた。
「あの、助けてくれてありがとうございます! 言葉わかります? あたしたちあなた達の言葉わからないの」
「……お、おお、千里すげぇ……」
ほんとすごいな……この状況で臆さないとは……
『あーなんか言葉通じないっぽいよ? どうしよっか?』
『どうするって言ってもなぁ、なんか見たこともない格好だし、一応町までつれてくか?』
『ちょっと!これ吊るすの手伝ってよ!』
『アル……ほんとあなたはマイペースね』
弓矢を放ったであろう猫の顔をした人が滑車の様なものを木にくくりつけ、イノシシの足に鉄製の器具をつけてロープを結びつける。そしてちょっと迷った顔になったように見える……
『大きすぎるわね……わたしと3人じゃ持ち上がらないわよ』
『うむ……彼らにも手伝ってもらおう』
『あたいもそれが良いと思う!』
猫人が俺たちにおいでおいでの仕草をした後に、ロープで引っ張る仕草をする。手伝えってことか? そんなことを考えていると、チサトさんが縄梯子を降ろしてさっさと降りていってしまう。俺はシュウトくんと思わず目を合わせてしまう。行動が早い人だな……
「あれは一体何をするつもりなんですか?」
「あのイノシシをさばくためだろうね」
「え? さばく? って……解体する?」
「俺も前に鳥だけどちょっとだけやったことあるからなぁ……これからは普通にやることになりそうだな」
「まじっすか……」
「しっかりやり方を見ておこう」
「耐えられるかな……僕……」
そんな会話をしながら俺たちもチサトさんに続いて山小屋を降りる。チサトさんはもう既にロープを持って待っている。
『せーの!』
『もうちょい頑張れ!』
「うわ、全然持ち上がらない……」
「運動会ぶりね!」
「グッ、ここまで重いのか」
『あなたち思ったより力がないわね……しょうがないわね……はぁっ!』
よくわからないが、かけ声がかかったので俺たち三人と狩人三人が本気を出して巨大イノシシを釣り上げる。綱引きレベルだな……イノシシを吊り上げ、猫人が最後のロープを木に縛り付ける。ん? キャンプでやった結び方となんか違うかな? 後で教えてもらわなければ……
吊り上げた後は首から血がさらに流れ出し、血を出し切った後に猫人が器用に大きめのナイフ? ナタ? を使用して腹の方の皮を剥いでいく。
「う……ちょっと……駄目かも……うげっ」
「す、すごいわ! こうやって解体していくのね!」
「手際いいなぁ……ああ、ああやって境目にナイフ入れていくのか」
『何だ、あんたら、珍しいのかい? 都会育ちなのかねぇ?』
『まるで初めて見る感じだな。王都出身の貴族? ここに居る訳ないよな? でも格好は貴族っぽいし……謎な存在だな』
『ホム、見てるだけじゃなくて穴!』
『ああ、すまない忘れてた』
杖を持った人間? の男が何やら険しい顔をして念じていると、突然イノシシを吊るしてある真下に直径1メートルくらいの穴が開く。
『ホム、ありがとー』
「うぉ! なんか突然地面に穴が空いた!」
「え、何? 今の、なんか変なものが見えた!」
「……魔法……っぽいな」
『ん? こんな初級魔法に驚いている? どこ出身だろ?』
『魔法のない世界……そんなのあるの?』
『……もしかしたら……まさか……そんなことが……街に戻ってからちょっと調べたいことが出来た』
お互いがなにかの会話をしていると、猫人がイノシシの腹に綺麗にナイフを入れ内臓を一気に取り出す。あ、しまった、忠告し忘れた……
「……う、うぉええええええ」
「え、えっ! きゃぁ!」
解体をまともに見たシュウトくんが先程まで食べていた果物を吐き戻してしまう。チサトさんがなんか知らないけど俺に抱きついてくる。さすがに気持ち悪かったのか?
『おいおい、どう言う反応だよ。内臓なんて見たことないって反応だな?』
『うーん、都会育ちは肉の解体なんて見る機会が無いとか……この前貴族の坊っちゃんが言っていた気がするわ』
『あれ? そこのオニーサンどうしたの?』
猫人は俺たちを気にしながら内臓をうまいこと土の穴の中に全部入れる。あれやらないとたしか獣が寄ってきてどうたらって話を聞いた記憶がある。内臓は食べないのか……
「僕、グロ耐性ないんですよ……」
シュウトくんが涙目になりながら俺に訴えかける。そして俺に抱きついたままのチサトさんをジトッとした目で見る。視線に気がついたチサトさんがさっと俺から離れる。
「びっくりしちゃった。まさかお腹を切るとは」
「ふたりとも済まない、警告しておけばよかった。これからは獣をさばくのが当たり前になりそうだから……慣れてくれ」
「はぁい」
「……う……ガンバリマス」
猫人がさらに上手にイノシシを分解していく。ほんと捌くと言うより分解だな……犬人が解体した肉をいくつか持って俺に近づいてくる。
『これ、裏の湧き水で冷やしておいて……って言葉通じないんだっけ』
「? すまない、まったくわからない」
『ジェスチャーで伝えるしかないな』
杖を持った男が俺に肉を持つ、移動みたいなジェスチャーをしてくる。運べってことかな? どこに?
犬人が俺たち三人に肉を渡して、付いてこいと言わんばかりに移動を始める。解体したとは言えかなり重い。暫く歩くと湧き水を汲んでいた場所に着く。よく見たら石が水が貯まるように組まれていた。犬人はそこに肉を放り込んでいく。俺たちも真似して肉を冷水に浸す。全員が肉を入れ終わると網のようなものを犬人がかぶせる。
「お、重かったぁ」
「ああ、なるほど、腐らないように温度下げるやつか」
「冷蔵ですか?」
「そうだね、確か狩った後はすぐに水で冷やさないとすぐだめになるとか?」
「クーラーボックスとかないですもんね」
『肉を冷やす知識はあるみたいね……なんとも不思議な感じね」
『ふむ……仕事中すまないが、私は非常にワクワクしてきている。コレは未知との遭遇ではないか?』
『……あんた、何言ってるの?』
『見たまえ、彼の腕に巻いてある時計を』
『え、あれ、時計なの? ……あ、動いてる』
『完全にロストテクノロジーレベルの遺物をつけている。もしかしたら古代文明の生き残りかもしれん』
『……うーん。あんた、優秀だと思うけど、たまにおかしなこと言うからな……もうちょっと様子見ようよ』
『……わかった。言葉が通じるとなお良かったのだが……』
「何言ってるか全くわからないとなんか不安になりますね」
「時計を見てたっぽいよ」
「ああ、これあとでバッグの中入れておくか?」
「町行ったらバッグごと盗まれそうですね、今の驚きの反応を見ると」
そんなこんなで戻ると二体目、俺達が殺したやつを同じように吊るして捌く。こちらは今日食べる分を残してまた冷水に浸しに行く。
『それじゃあ、焼き肉パーティをしよう!』
「おー」
「え、なんか二人が通じ合ってるんだけど……」
『言ってることがわかるのかしら?』
犬人と目が合うがお互い頭にはてなマークが飛んでいる状態だった。ノリがあってるだけだろう。思わず二人で苦笑する。この辺はどの文化でも同じなんだな……犬人も笑うと可愛い感じがした。
それから山小屋の下に薪が収納されていてそれを即席かまどに入れて火をつける。火も猫人がなんか唱えて火をつけていた。もう、この世界に魔法があることが確定した。シュウトくんもチサトさんも興味津々でやり方を見ていた。一応経験者の俺も手伝いはしたが慣れている狩人たちはホント手早く色々やってくれる。
猫人がかなりの数の肉ぐしを作成する。色々な道具をリュックのようなものから取り出す。塩もあるみたいだな。本当に助かる。
『ほら、コレ君の』
「え?」
「なんかすごいきれいな石ね」
「魔法の石?」
『魔獣の魔石は倒した人の取り分というルールなのよ。と言っても通じないか……』
肉が焼ける前に猫人が良くわからない石? なんか綺麗なものをわたしてくる? 一応ジェスチャーで俺に? とやるとうなずいて答えてくれる。「はい」はうなずくか。良かったわかりやすくて。一応犬人がフォローを入れてくれるが言葉が分からない……
猫人が渡してくれた石は綺麗だった。夕日方向に透かして見ると本当に綺麗でなんか中で燃えているような感じだった。なんだろこれ? 町で路銀にしろってことなのかな? 俺はよくわからないけどショルダーバッグの方に入れておいた。
『あとこれ』
「ん? あ、ありがとう」
猫人が巨大イノシシの頭に突き刺さってた槍を俺にわたしてくれる。流石に血まみれで色々と血が固まって凄いことになっている。後で洗うか……
『良い槍ね……どこかで拾ったのかしら?』
『あのイノシシの突進で魔力も使わずに折れないとは、運が良いな』
それから俺たち三人は狩人達の手厚い肉のもてなしを受けた。信じられないくらい肉が美味しかった。
「なにこれ、めっちゃうまい!」
「おいひー、おいしいよぉ」
「……人生で一番美味いかも……」
『なんかもの凄く美味しそうにたべてて、あたいうれしーな』
『飢えてたわけじゃないよな? まぁ、この肉は確かにうまい』
『食べながら喋らないの、はしたない』
それから出会ったばかりの6人が腹がいっぱいになるまで肉パーティが続いた。
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