第13話 山小屋からの下山開始
夢を見た。
いや、懐かしい記憶だった。色々なことを体験したがる妻に連れられて知り合いの薙刀道場に3ヶ月間通った時の記憶だ。最初は訝しげに見られた俺たち、いや、可憐で運動をやりそうに無かった主に妻の方に向けられていたが、妻がトレーニング開始前の手合わせで相手をつとめた師範代をのしていたのには驚いたものだった。それだけ強ければやらなくて良い気もしたが、俺もつきあわされて正式な練習に参加をしたのだった。
師範代が約束の期間が終わるころには本気でやってくれないかと妻を説得していたっけか……槍を振るっていたからこの夢をみているのだろうか……彼女に会いたい……日本に帰りたい……
「タクマ、朝だよー。あれ泣いてる?」
チサトさんが俺を揺り起こす。
……ああ、夢か。もっと夢の中にいたかった……
「おはよう、チサトさん」
「おはよう。んー、なんか嫌ね、やっぱ。チサトって呼んで」
「それじゃそっちも、タクマだ」
「わかった、タクマ朝ごはん食べたら出発だって」
チサトが軽快に山小屋下まで下りていく。そこにややだるい体引っ張ってついていく。まだ夜明け前だが空が明るくなり始めている。朝起きたら日が出ている日常を送っていたので珍しい光景だった。
『タクマ、体、大丈夫?』
「ちょっとだるいけど大丈夫…『大丈夫』」
アルミスが俺を気にかけてくれる。それから俺たちは朝飯、例のナンモドキを食べた後に移動を開始する。キャンプご飯が美味いのかアルミスが上手いのか分からないがとりあえずもの凄くうまかった。
『タクマ、シュウト、チサト、あぶなくなる、これおく、逃げる』
背負子を指差して危なくなったら置いていけと言う指示を受ける。
俺たちはうなずくが、この時点でそう言ってくるってことはここが危険地帯と言っているのと同じなんだよな……シュウトくんとチサトの顔にもチョット緊張が走る。
『魔力 歩く 使う ダメ』
「え? なんでだろ?」
『魔獣 気づく 魔力』
「ああ、なるほど……察知されるのか」
「強力だけど相手にバレちゃうんですねぇ」
それから6人で川沿いに山を下っていく。所々開けた空間があり、日本の山じゃないことを実感する。日本の山の中はどこも雑木林で開けた空間なんてほぼ無いものね……
背負子が急増で作られたものらしく、縄のくいこみがチョット痛くなって来たころに先導していたアルミスが立ち止まり、身を伏せろのジェスチャーをする。俺たちが慌てて腰をかがめる。アルミスが背負子を外してしばらく別行動をする。斥候的なことをやっているのだろうか?
チサトが不安そうな顔をしているのに気がついたセクティナがチサトの肩をたたいて微笑む。しばらくするとアルミスが戻ってくる。
『大丈夫、周りにいる感じではなかった。一昨日くらいにキャンプしてたやつがいたみたいね』
『この辺は狩り禁止のお触れまだ出ているわよね?』
『おそらくアチラ側の斥候グループであろう。報告が2~3件あがっていたぞ』
「しゃべっていいのかしら、大丈夫そうね」
「え、そこまで話分かるの?」
「雰囲気よ、ほら、切羽詰まった表情してないじゃない?」
「チサトは他の種族でも表情が分かるのか……」
「千里すげぇな」
「だって同じじゃない、人間と。変わったことなんてないよ」
「僕にはまだわからないや……」
「俺もだ……」
アルミスとセクティナが楽しいのと笑うのはよく分かるが、微妙な表情はわからない気がする。コミュ力が高いと微妙な雰囲気も察知出来るのかな……
『みんな まわり あぶない 注意する』
『わかった』
「それくらいならわかる。」
『了解した」
それからはアルミスが一人だけ先行して俺たちは危険が減った状態でついていく感じになった。妙な緊迫感の中で歩く山道は正直チョットしんどかった。
2~3時間も歩くと、山道が終わり開けた草原に出た。馬車道? 道幅5Mくらいのそれなりに整備された土の道がつながっており、丘を越えて向こうまで続いているのが見えた。所々に畑の様な整備された何かが見える。
『町、近い?』
『近い。夕日。町。着く』
チサトが俺達を見て微笑みながら話す。
「もうチョットみたいだね!」
「ああ、がんばろう」
「しんどいから丁度よかった、でも夕日っていってなかった?」
「……真昼ですね、今」
「ええぇ~同じくらい歩くのかぁ……」
まだ太陽は真上に位置し、丁度お昼って感じになっていた。近いの感覚がおそらく俺たちと大分違うのだろう。それにしてもここは景色が良い。草原があり、岩肌も石灰岩の崖もなんかかっこいい感じに切り立ったりしていて異国情緒がすごかった。空に浮いている星の残骸とか……言葉を覚えたら色々聞きたいことがたくさんあるなぁ……
それから数時間歩いた後、小高いを登りきった所で2~3km先に石と木の城壁に囲まれた町が見えた。あそこが目的地かな?
『町、入る』
「ほんともうすぐだね! やった!」
「僕、そろそろ足やばいっす、痛い……」
「俺もだ、鍛えてたつもりだけど、全然ダメだなこれは……」
『あ、騎士団の見回りかな? こっち来るみたい』
『ああ、救難信号が上がったから念の為か? それともレスタジン王国の斥候絡みか?』
『あれ? ダンチョーじゃない?』
『護衛人数が少ないな、この時勢に大丈夫なのか?』
犬人のセクティナが3人の馬に乗った騎士達に手を振って挨拶をする。かなり大柄な人たちだ。馬もかなりの大きさで足が太かった、軍馬なのだろうか?
『おお、風の双剣じゃないか! 特に問題ないか?』
『はい、救難信号を上げていた遭難者を保護しました』
『ほう……報告に上がっていたアレか、珍しい格好をしているな。言葉は喋れるのか?』
『いえ、まったく異国のものの様です』
『……それで救難信号を上げる……変わったこともあるものだ』
「人間だねぇ、もっと色々な獣人が見られると思ったのに」
「西洋の鎧だ、すごいなぁ……本物だ……なんか使い込まれてる?」
「白人? アラブ人? トルコ系? 判断に迷うな……」
「日本人顔じゃないですね。」
「ダンディなオジサマたちね!」
「……え? チサトはおじさん好きだったの?」
「好きよ!」
「……そ、そうか……」
団長をちらっと見た後、見るからにシュウトくんの元気が無くなっていく。なんと言ったら良いかわからないからスルーだな……
『ふむ、確かに聞いたことのない言語で話をしているな』
『団長、誘導地点までの時間がギリギリなので行きましょう』
『そうだな……む?』
セクティナがものすごい勢いで剣を振るい、突然と団長に向かって放たれた何本もの矢を舞う様に払い落とす。
『敵襲! 団長を囲う様に円陣!』
セクティナが怒声をあげるとホムとアルミスが団長を中心に位置取りを換える矢が更に団長めがけて降ってくるのをアルミスとセクティナ、騎士団が次々と払い落とす。完全に団長狙いだ……俺たちは完全に置いてきぼりにされた。
『こんなところにまで待ち伏せとは……』
『タクマ、シュウト、チサト、ワタシの後ろに!』
『わかった』
『魔力を使いなさい! 矢くらいなら弾けるわ!』
『魔力、使う、体!』
『荷物、置く!』
俺たち三人は目を合わせて頷き合うと、背負子を降ろして3人の後ろに慌てて回り込んだ。
「ど、どうしよう、あたしたち死んじゃうのかな?」
「ち、千里は俺が守るよ!」
「あ、ありがとう! 修斗も死んじゃダメよ!」
「ふたりとも、集中して、槍でひたすら相手との距離をとって、そうすれば死ににくいはずだ! セクティナ達を信じよう」
「わかりました」
「やるしかないな」
俺は魔力を体にまとわせて、片手に持っていた槍を両手に持つと緊張で軽く手が震えはじめていた。
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