第197話 ロヴァリア神殿探索

 飛行機の上でソウタが街を見ながら確認をする。けたたましいエンジン音の波長と違う音階の笛の音が街の方から聞こえてくる。


『あの笛はなんの合図だい?』

『……撤退の合図です。リーダー陣に集合場所が伝えられていますので私にはわかりません!』


『分かった、それじゃ、僕らはもう少しぐるぐる旋回するか……アルヴール、魔力量は大丈夫?』

『……一応大丈夫ですが、あと一刻出来ればいいくらいですね……シュウト様はホント化け物レベルですね……』


 ソウタが飛行機を操作し、地面を見やすいように急旋回を始める。


『ああ、彼はおそらく聖女の騎士だろうからね。なんでも昔から聖女を守る強いテンセイシャが出てきたらしいし……あ、森に入られたか……アルヴール、魔力視で見えるかい?』

『……ちょっと無理ですね……バスィーラあなたは見えないですか?』

『……ゆ、揺らさないで……無理無理……もう無理……降ろしてぇ……ヒック……ヒック……』


『……戻ろうか』

『そうですね……』


 余裕の無いバスィーラと、隠れてしまってこれ以上追跡不可能になったソリエノ教達を見て、飛行機は本隊の方へと移動を開始する。



 §   §   §


 俺たちはあれからロヴァリア城塞都市から出てくる妖魔を小一時間くらい魔法で蹴散らし続けていた。


『凄いわね、アスティリとシュウト……』

『本当だね、魔力量ってここまで差があるんだねぇ……』


 魔力に余裕がある人間のみが参加して遠距離で爆裂魔法を撃ち続けていたのだが、アスティリとシュウトくんに関してはまだまだ問題が無い様子だった。たまに打ち漏らしが出てもこの部隊の猛者の前では一撃で黒い煙に返されていく感じだった。


『シュウト、やるな……まだまだ魔力を感じるな……君は一体どうなっているんだ?』

『アスティリもすごいじゃないですか。僕より魔力込められるし……うーん、鍛錬次第なのかなぁ……今度コツを教えてください』

『……もちろんだ。強い仲間が増えるに越したことはないからな』



 彼らが攻撃をして妖魔を減らしている間にも、ミィナス達が目に魔力を強く込めながらロヴァリア城塞都市を見続けている。


『まだ中には妖魔の気配は残っているみたいですが、何故動かないんでしょうか?』

『妖魔は知性の差がかなりあるわ。恐らく家の構造に気が付かずに壁に引っかかってたりするんじゃないかしらね』


 ヴィナルカの返答に俺は疑問を持ち思わず質問をする。


『妖魔って……知性、個性があるのか?』

『ええ、あるわよ。同じ個体に見えても、動きがたまに凄いのいるでしょ? 逆に簡単に倒せちゃうのもいるし、なんでかはよくわからないわ』


 俺はふと、妖魔にも魂があるのか……とか色々考えてしまうが、問答無用で襲ってくる相手だ。慈悲の心は無い方が良いだろう……



 暫くすると、飛行機の偵察部隊がこちらの方へと戻ってくる。着陸後に巫女のバスイーラがふらふらとしながらアルヴールに肩を借りながらこちらの方へと向かってくる。心配そうにしていた巫女のラシータが彼女の方に駆けつける。


『おかえりなさい、みなさん。バスィーラ、良くやってくれたわ。どうしたの?』

『き、気持ち悪い……』

『あら……大変ね……ちょっと待っててね』


 ラシータの癒やしの力がバスイーラを包み込む間に、ソウタとアルヴールが情報の報告をしてくれる。


『なるほど……街中で「ゲリラ戦」をするかと思ったけど……』

『タクマ、「ゲリラセン」とはなんだ?』


 その場に集っていた魔術師のホムが質問をしてくる。


『ああ、僕らの世界の戦術で、町中に潜んで個別に攻撃して逃げる……罠を仕掛けるなどをして少しずつ攻撃してくる作戦かな。まともに戦わないで相手の力を減らして行く感じかなぁ』

『それは……騎士としては恥ずべき行為ですね……ああ、でも、何でもありの殺し合いではそうなるのか……』


 真面目な顔をした聖騎士アルティアが発言をした後、思い悩みながら唸っている。周りを見ると騎士達が微妙な表情をしていた。探索者達は当たり前だろ? という感じで、その一方魔術師達は興味津々な感じだった。こちらの世界でも全く違う文化と常識がある事に気が付かされた。


 それに気がついたクルレラが俺に話しかけてくる。


『なぁ、なぁ、タクマ、相手もテンセイシャなんだろ? だとすると大量に投降とか、すごい魔法使ってこなないとなると、市街戦だったんだから、罠だらけなんじゃねーのか?』

『そうだね……確かに……アルヴール、ダルラール、レスタジンの標準的な罠の作り方を全員に教えておいてくれるかい?』

『わかりました!』

 

 それからはレスタジン流の罠や、爆発石の解説などを行ってくれる。解説の間にも投降をしてくれたソリエノ教からも情報の聞き取りを行い、大体の目的などが分かってくる。目的がほとんど仲間、ヴァノマーパルの探索者組合と合致をしていた。神核の破壊と探索者の金庫狙いだったようだ。それを聞いていたセクティナが探索に加わってくれていた騎士のカンピティにお礼を言う。


『カンピティ、本当にありがとう、貴方がいなかったら良い情報がえられなかったわ』

『あ、いえ、チサト様の言う通りにしただけです。私めよりチサト様を褒め称えて下さい』


 話を聞いていたブリスィラ先生が若干青ざめた表情で言う。


『……神核の方は大丈夫なのかしら……破壊されてしまっているかもしれないのね……』

『確かめに行きましょう。もしかしたらまだ破壊されていないかもしれません』

『何故そう思うの?』

『街に残っている意味がありませんからね、恐らく作業中だったかと、もしかしたら探索者の金庫が破れなかったのかもしれませんけど』

『そうね、ソリエノ教も撤退したみたいだし、部隊を整えたらまた進軍しましょう』



 §   §   §


 俺たちはロヴァリアの街に入り、神殿方面へと向かう。草木が乱雑に生え、三十年前の戦いの跡がそのままで、いたるところが破壊された町並みが広がっていた。クルレラを筆頭とした魔人族達が魔力視でスキャンしながら移動をし、ところどころに仕掛けられた爆発石を取り除きながらの進軍となっていた。恐らく市街戦になっていたら爆発石を狙って魔法を撃って誘爆させ、建物を崩して攻撃してきたんだろうと思わせるくらい大量に仕込まれていた。取り除く作業中にも妖魔が散発的に襲ってくるので歩みがかなり遅くなっていた。


『やっと神殿ね……』

『本当に……爆発石面倒でしたね……』

『俺思う。誰も死んでいない。それが重要』


 神殿にいざ入ろうとすると、クルレラ達魔人族から警告と非難の声が上がる。


『ちょっと、待った、止まれ! ヤバいぞ!』

『待て! ものすごい量の爆発石が仕込まれているぞ!』

『やつら神殿ごと埋めるつもりだったのか! なんて罰あたりな!』



 ブリスィラ先生も異変に気がついていたのか部隊は直ぐ様一旦停止、周囲を警戒しつつ神殿の爆発石を取り除いていくことになった。俺は思わずチサトに質問をする。


『なぁ、前回の『悪夢』では一体どれだけの被害が出たんだ? こんな事やられていたら妖魔と……『災厄』どころではなかっただろ?』

『……ここまででは無かった……相手も『悪夢』を見るのだから先回りしたんじゃないかな……もういろいろな順番がぐちゃぐちゃだったから。でも……確か……あの時は突然爆発が起きて建物が崩れてくるのを何度も見たから……よく考えるとソリエノ教が暗躍していたのね……』


 思った以上に爆発石の取り除き作業と、近辺の妖魔の駆除に時間がかかり、翌日の昼頃にやっと神殿の中の方へと入れる状態になった。周囲を警戒している探索者もベテランばかりだったのでソリエノ教の人間などの接近は無いと確信するくらいだった。


『さて、それでは、チサト、みなさん行きましょう』


 アルティア達神職の人を先頭にして、主だった人間で神殿の神核の方へと向かう。途中で礼拝の儀式らしきことをしながら地下へと進む階段を進んでいくと、段々と壁の石が薄っすらと青く光り始め別世界に来てきる気分になった。壁の石もところどころに焼け焦げた様な跡などが広がっているが壊れている様子などは微塵も見られなかった。体育館くらいの大きさの神核の間らしき場所に到達すると、彼らが何をやっていたのかが直ぐにわかった。


『良かった……壊れていない……』

『と言うより壊せなかったのが正解の様だな。やはり伝記にあった通り、壊れずの力が働いているのかもしれないな。フム……壁も壊れずの力が働いているのか……凄まじい爆発痕もあるな……どれだけ固いのだろうか……』


 魔術師のホムがものすごい速度で神核の周りを調査し始める。他の魔術師も同様に部屋などを調べ始める。地下に潜ってから壁の質感が磨かれた光る石の様になっていて別世界の様になっていた。


『うーん、ウチ、ちょっと試してみるね』

『あ、待てキョウ……』


『でやっ!!』


 ゴーーーーーーーーーーーーン!!!


 ものすごい音がしてキョウカの呪印刀が神核の細いフレーム部分を殴るがきれいに弾き返されてキョウカが呪印刀を取り落としてしまう。全く壊れる事無く、しかも凄い一撃だったのにずれるどころか振動しかしていないくらいだった……


『ぐ、くぅ……す、すんごいねぇ、割と力込めたんだけど……あ、チサト……治して……多分骨折れたかも……ウチが今まで殴ったもので一番硬いかも』

『……キョウカ……』


 ヴォルスが白い目でキョウカを見る脇で、チサトがしょうがないなぁ……と言った表情でキョウカの手を治していく。どんだけの力で殴ったんだろうか? 呪印刀の方も特に折れ曲がる事等もないようだ……




『千里、この神核の状態ってどう言う事なの?』

『……えっと……それは……』


 シュウトくんがチサトに質問をするとチサトは言い淀んでいる感じだったが、代わりにヴィナルカとミィナスが答える。


『手記には魔力を込めて爆発させた……とあったので恐らく魔力が抜けた後の状態なんでしょうね』

『ですね……神の力の反応が無いように見えますね。魔力の反応も無いです。石同然ですね。魔力を込めて爆発……奥様の話は……そう言う事だったんですね。色々と理解できました』


 ミィナスが悲しいような不思議な表情をしている感じに見えるが……なんでだろうか? チサトの方を見ると若干諦めた感じになっている。『悪夢』絡みでなにか起きたのだろうか? 色々と聞きたいものだが……話してくれればな……


 そんなチサトを見てか、シュウトくんが質問をする。


『千里、試しに勝利条件を教えてくれる? もしかしたら聞いている人が知っていたら話せると言う事もあるだろうし? どうだろう?』

『……いいわよ。まず災厄討伐時にXXをXXたXがXXい方が勝ち。次に、ヴィナルカの生存とタクマ叔父さんの生存かな……これはタクマ叔父さんの方は恐らくなんだけど……後は私のXXたXをXXX。討伐時にXXしていたXXがXのXXに帰れる。と言われていたけど、これはどうなのかしらね……記憶が全部ある私には意味が……ってあれ? 結構喋れた?』


『……』


 チサトの発言でその場が完全に固まってしまう。俺はともかく……ヴィナルカ? いろいろな人の視線がヴィナルカに突き刺さる。


『え? わたし? なんでかしら?』

『あ……これは私の予想なんだよね……だから勝利条件に入っていないのかも。タクマ叔父さんの方も禁則ワードに入っていないから違うのかもな……どう言う基準なんだろう?』


 質問をしたシュウトくんが額に手を当ててがっくりと項垂れてくる……


『質問した僕が馬鹿だったかも……余計分からなくなった……』



■ ■ ■



 緑豊かな神の神域で……


 二人の神は相変わらず下界を覗いていた。


『ねぇ……今のどういう事だい? おかしいじゃないか? タクマだけでなくヴィナルカ? 何を言っているんだ? チサトは?』

『さぁ? 彼女は未来でも見えるのかもしれないわね』


 ソリエノは画面を操作してなにやらやっているが……それを見た後もうなり始める。


『チサトの加護はやはり時の神の力のみだな……ものすごい力だが……違う色が見えない……どうなっているんだ??』


『ソリエノ……もう後が無いわ、そろそろ負けを認める時ではないかしら?』

『……やはりなんかあるね、君はそこまで勝ちにこだわらなかったはずだ。不安要素が何かしらあるか……それとも、これからなにか起きる事を知っているな?』

『……』


『まぁ、いいや、都合が悪くなるとすぐに黙るものね。それにしてもソリエノ教の奴ら……もっとがんばってくれないとなぁ……あれだけ助言してもこれか……はぁ』


『もう連絡をしないほうが良いと思うわ……あの子達もいたずらに傷を負うだけになるもの』

『……まぁ、彼らはもう最後だけ手伝ってもらえればいいか……はぁ、今回の君たちの駒はなんて優秀なんだ……敵も味方にするんじゃ敵うわけないよね、彼らの世界の「将棋」みたいだ。まぁ、良いさ……最後は盛大に楽しんでもらおう……』


『……』


 時の女神はソリエノの見えない所で拳をぎゅっと強く握りしめていた。



■ ■ ■



 ブリスィラ先生の元に探索者の偵察部隊が帰ってくる。


『探索者組合跡がやはりあらされていました。テンセイシャ以外の書簡、個人用の金庫が……お宝もってかれちゃいましたね……』

『組合の厳重管理の金庫に関しては暴かれていませんでした! こちらで回収しましょうか?』

『お願いするわ。恐らくソリエノ教の者達はこれ以上はこないでしょうね』


『魔石管理庫に関しても無事の様です。こちらも量が多いので回収は……どういたしましょう?』

『妖魔に食べられると厄介との情報もあるから、浮遊馬車に乗せられるだけ乗せて帰りましょう』


 それからも方方から色々な報告があり、事態が収縮していく。今回はアルヴールのおかげでほとんど被害が無かった。まるでセールスの様な説得だったが、この世界の人には新鮮で心に響いたのだろうか?


 俺は一旦神殿を出てロヴァリアの廃墟となった街を見て『悪夢』を思い出せないか試してみるが……やはり階段前……ここで重装騎士に抱えられたチサトを見た……そうとしか思えなかった。

 広場の方へと歩いていくと、眼の前を風雷の騎士ウェンティと城壁の騎士カンピティが深刻そうな顔をしながら何かを話し合っている。彼らの姿も……『悪夢』でみたような気もするが……


『あ、タクマ殿……』


 二人は俺に気がつくと話すのをやめてこちらの方に向き直る。カンピティが俺の表情を見てかすぐに質問をしてくる。


『いかがされました。なにか新しい発見はあったでしょうか?』

『いや、ここ……『悪夢』の場所だよな……って思って』

『殆ど『悪夢』を見ていないと聞いておりましたが……この辺りのものは見ているのですね』

『うん……悲しい思いだけは伝わってきたよ、チサトに加護をかけられてもう見れないみたいだけどね』


 カンピティが若干悲しげな表情をしながら説明をしてくれる。


『ここが最後の場所なのは確かですね……チサト様はどうも一人でなんとかしようと考え過ぎる気性の様で……最後の神核爆発も、我らの誰かに任せれば……恐らく……いや、あの時は戦闘で相当魔力を消費していたか……そうなると魔力量が足りないか……』


 神の力、黄金色の魔力を注ぐならまだしも、普通の魔力なら違う人でも出来たんじゃないだろうか? 俺はそう思ったので提案をしてみた。


『なぁ、魔力をある程度込めておけば……ギリギリまで魔力を入れて、最後に足せば誰でも爆発させる……とかは出来ないのかな?』

『それは実験する価値がありそうですね……あ、今はですね、ロヴァリアの街をこの目で見れたので、戦いのあった場所をそれぞれ覚えている範囲で調査をしているところです。丁度ここ……この広場ですね。『災厄の妖魔』との戦いになった場所は』

『そうね……劣勢を一気に跳ね返した場所になるわね。チサト様のお陰で……』


 先程から若干暗い表情をしている訳が分かった。周りを見ると、完全勝利なのに楽しそうな表情をしている騎士は皆無だった。



 

 それからこの場所を再びソリエノ教や妖魔達に侵入されないために見張りと最低限の兵力を残して一旦ヴァノマーパルに帰ることになった。


 俺はミィナスと一緒に浮遊馬車の上で遠ざかっていくロヴァリアの街を見ていた。


『さて……これで後は『災厄』をどう乗り切るか考えるだけになったね』

『そうですね……あれが最期の地なのですね……わたしは『災厄の妖魔』を見ていないからわかりませんが……どんな戦いになるのでしょうか?』

『そうだね……取り敢えずヴァノマーパルに帰って、頭の良い人達交えて色々考えようか、あと二月はあるんだからね……』

『そうですねあと二月……しか無いんですね……』


 俺は悲しそうな表情をしながらロヴァリアを見るミィナスを見て若干驚いてしまった。彼女にとって『災厄』はストレスになってしまったのだろうか……小さい時から戦いの場に連れてこられ……帰ったら仲間と相談をしなければな……

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