第187話 隠れ里 前
§ § § 狐人族 アスティリ視点
俺は夢を見ていた。本当に夢なのだろうか……俺にない過去の記憶なのだろうか……今の俺にはよくわからなかった。
夢の中の俺は激しく怒り狂っていた……
夢の中の俺は何を怒っているのはわからなかったが……怒り狂い、目の前の人を雷で撃ち払い、見知らぬ街、里全体を焼き払っていた……何が彼……いや、俺なのだろうか……なぜここまで怒り狂っているのだろうか……眼の前の女性の周りを破壊し尽くし、圧倒的暴力に怯えてる女性の腕を切り飛ばし……いたぶるように殺すなど……何という残酷なことを……見ていても心が荒んでくる……なぜそこまで残忍な事が出来るのだろうか……
それからも夢が続いた……
見たこともない大地、見たこともない数の様々な種族で構成された軍勢。
激しい怒りの感情、憎しみが夢越しに伝わってきた……なんという現実的な感覚を呼び覚まさせる夢なのだろうか……まるで人族全てを憎んでいるかのような、激しい怒りに任せ、凄まじい魔力、雷を撃ち放ち、敵対する軍勢を焼き払っていく……これは未来の俺の姿なのだろうか……たまに夢の視点から見える失われた左手も何故か禍々しく、異形の形で存在していた……一体何が起こっているのだろうか?
夢の中の俺はすべてのものに対して怒り狂っていた……今の俺では理解できない……
【あなた! あなた! 起きてください! 大丈夫ですか?!】
俺は体を揺さぶられ目を覚まさせられた……ひどい悪夢からやっと抜け出せた……俺が周囲を見回すと……目の前には美しい狐人族が心配そうに俺の目を覗き込んでいた。
【良かった……大丈夫ですか? アスティリ様……あ、えっと、あなた……】
【大丈夫だ……ありがとうラクスィ……いい加減【様】付けはやめてくれ……】
【ごめんなさい……つい……】
俺は愛する妻を右手で抱きしめる。抱きしめると同時に自分の左手を確認する。先程の夢では存在した禍々しい左腕は……今は無いようで安堵する。
と、近くで赤子の泣く声が聞こえる。
【あ、あの子も大丈夫かしら……【未来の夢】を見ているのかしら……ちょっと見てきますね】
ラクスィは俺から離れ、娘のセレネの元へと駆けつける。まだ生まれて6ヶ月の可愛い娘だ。妻に抱き上げられあやされる姿を見て、先程の光景との差に頭がついていかなかった。
それからはいつもどおりに、左手に義手をはめ、農作業の準備をしてから妻に見送られながら家を出る。いつもの広場に集まると、この里の住人たちがなにやら深刻な顔をして話し込んでいる感じだった。この里にはいろいろな種族が集まっており、犬人族、猫人族、蜥蜴人族、蛇人族……などなど遠目で見ても誰が誰だかすぐに分かるくらいの差があった。
【おお、アスティリ、そっちはどうだった?】
【あんたも【未来の夢】を見たのか?】
この里では5ヶ月ほど前にも、里全体のものが一斉に【未来の夢】を見て恐怖のどん底へと突き落とされたのだった。それからは里の防衛をするために柵を強化し、塹壕を堀り、武具、弓矢を新たに作り、魔法が使えるものは魔法の訓練に勤しんだものだ。
【ああ、見た、また例の怒り狂いながら軍勢を蹴散らしていく夢……だな】
【そうか……】
【それで……記憶はもどったのですかい?】
この街の蜥蜴人族の戦士長が俺に話しかけてくる。
【すまない……全くだ……俺が知らない魔法を使っていた……あれだけ強い魔法を使えるならば……思い出せると良かったんだが……】
【ああ、いや、思い出せないほうが良い気がします。アハハ】
【んだなぁ、俺も怒り狂ったアスティリの夢見たけど、今のほうが良いわな】
この里の大体の人は俺が記憶を失っているのを知っている……殆どの人が無くしたままの方が良いとの認識で誰も記憶を取り戻さないことを咎めてこなかった。俺も今が幸せだったので、ことさら急いで記憶を取り戻そうとは思っていなかった。
【それで、君たちは何か……あたらしい【未来の夢】を見たのか?】
【いや、前に見た【未来の夢】と同じだな】
【ああ、そうだな……なぜか里の防備がそのままだったな……】
【確かに……塹壕も無ければ、武器も無かったな、クワで戦うのは無理があるよな……やっぱり】
【【未来の夢】じゃないんじゃないのかな……】
【でも夢の神様のお告げなんだろ? これ?】
その後も【未来の夢】談義は続くが、長く話をしすぎたのを見かねた里長の【日が落ちる前に作業をしようか】の発言で不安になりながらも皆が渋々と作業を開始しにその場を散っていく。
俺はやっと体に馴染んできた魔力の身体強化を使い、農作業を始める。特性の左手の義手も使い慣れて健常者と同じくらいの働きが出来るようになっていた。魔力というのはすごいモノだ……【未来の夢】の俺は恐ろしいほどに魔力を使いこなしていた……あれだけの力が使えればこの里のみんなの心配も払拭されるのだが……
午前中の農作業を終え、昼休憩のために里の広場に戻っていくと人だかりが出来ていた。狩人達を中心に里長達が集まっているようだった。
俺は取り敢えず、話には参加していなかったが、後ろで話の内容を聞いていそうなやつに話を振ってみる。
【この騒ぎは何だ? かなり皆、慌ててているようだが……】
【狩人達が【異界の門】を発見したらしい。しかもかなりの数……それでどうするか話し合ってるみたいだな】
俺も気になって話を聞いていると、報告を受けた里長と戦士長がこれからの事、おそらく街の近くに【大きな異界の門】が出現する事を前提に軍備を固め準備をすると、話が終わると各々が不安な表情を隠せないまま一旦自宅へと戻っていく。俺も一緒に戻ろうとすると里長が俺の肩を掴み、俺はその場に留まらせられる。
【アスティリ……どうだ? 思いだしたこと……無いだろうか?】
【【未来の夢】とやらは見たが、残念ながら……腕の怪我など……以前のことは全く思い出せない】
【そうか……思い出したらすぐに知らせてくれ……】
【わかった】
普段は温和な里長の切羽詰まった表情を見て俺はこの先にとんでもない事が起きるのだけは実感させられていた。
§ § §
『流星の狩人』とアスティリ救出部隊は、『悪夢』さわぎからしばらく混乱の渦中にいた。目覚めたものが口々に『悪夢』の内容を話し、不安になりお互いに相談しあっていた。チサトが言うには、もう『悪夢』が見えないように俺たちを時の神の加護で覆った……らしいが、どうなるかはわからない。
俺たちは混乱が収まるまで1刻以上はその場にとどまっていた。混乱がやっと収まり、さぁ進軍を開始しよう、あと少しで隠れ里……という場所で修理の終わった飛行機でかけつけたシュウトくんから昨日の夜の事情を聞いていた。彼らは俺達に間に合わせるために、夜を通して修理作業をして夜明け前に出発をして追いついてくれたのだが……徹夜で作業をしていたから偶然に空の変化に気がついたらしい。
『なるほど……俺たちの寝ている間にそんな事が……』
『はい、おそらく深夜でしょうが、空全体が赤い光の「オーロラ」みたいのに包まれて、そこから赤い粒子が散らばっていった感じですね』
『ああ、俺も驚いたよ。まさか空が赤く光るなんて。さすが夢の神の力だねって。その後、俺は眠っちゃったんだけど……いつ寝たかも覚えてないくらいだったなぁ……』
シュウトくんと一緒にこの場に赴いてくれたソウタも同意している。俺たちはほとんどが見張りも含め強烈な眠気で眠ってしまっていたわけだが……時の女神の加護が強いものは眠らずにすんだようだな……夢の神の巫女達は、起こされなかったのでそのまま普通に寝ていたらしいし……要するにこの部隊の野営は見張りの一人もいない状態で一晩を明かしたことになる。なんという危険な状態だったんだろうか?
『たしか半年、いや五ヶ月くらい前の深夜にも、空に夢の神の赤い光が現れたそうです。これは見張りをしていた衛兵や街のもの達にも目撃差されているので確かかと、あれが夢の神の力かと』
女騎士のレジェリンスがその場にいたものに情報をもたらしてくれる。5ヶ月前と言うと……丁度俺が一度だけ悪夢を見たあたりか……今思うと懐かしいが、やはりあれが『悪夢』、やり直し前の世界の話だったのだろうか?
『ふむ、ワシ等の国でも同じじゃったのぉ……もう5ヶ月も前になるのか……衛兵はおろか、街の周囲を確認しに行った者たちが魔獣達も寝ているのを見て驚いていたようじゃったが……』
グニルーグの国、ドヴェルグ王国に初めて到着した後も『悪夢』がらみでチサトへの扱いがおかしかったものな……
『千里は色々知っているんだろ? 世界をやり直している記憶があるんだったら……見ていると思うんだけど?』
シュウトくんの質問にチサトが一瞬考えた後に答える。
『ごめん、その時は寝てたから知らないの。朝起きたら赤い光が皆にまとわりついているから、時の女神の力を使って浄化しただけなの……私もあまり詳しくは知らないの……』
『……そうか……ラシータ達は……夢の神の巫女としてはなにか知らないのかい?』
突然話を振られたラシータが若干慌てた感じで周りをキョロキョロしながら答える。
『え、えっとですね。夢の神の教え……いや、ソリエノ教では、数百年も昔に空が赤い光に包まれとても心地よい夢を見た……と言う伝説があります』
『ああ、魔人族でもその時に夢の神の力で理想郷の夢を見たらしいぜ、あ、らしいわ。だから夢の神の力が降り注いだのは確かだな。『理想の夢』と『悪い夢』の二つを見せられる感じみてぇだな』
ラシータの隣りにいた魔人族の巫女クルレラが補足をしてくれる。毎回『理想の夢』を見せてくれたほうがありがたいんじゃないかな……あ、そうでもないか、そこから現実を見ない理想主義社会とかも産まれそうだし……どちらが良いかわからないな。
『どちらにしろ、夢の神の力が今使われたって事は、夢の神が何かを仕掛けてくるんだろうね……』
『……アスティリ……父達が心配です。おそらく彼らも『悪夢』を見ているののでしょうから』
心配そうな表情をしているミィナスに一同が同意をし、各々が浮遊馬車から離れて移動するための準備を開始する。混乱が大きく大分時間を取られてしまっていたようで、すでに日が昇りかなりの時間をロスしてしまったようだ。
俺は支度を終え、集合場所に行くと、準備をし終わったミィナスがいたので話しかけてみる。
『ミィナスはこの辺に詳しいのか?』
『いえ、ここは大分……と言うより見たこともない場所ですね』
今回の隠れ里までの案内役の狐人族のガイラが詳しく説明をしてくれる。
『ミィナスは知らなくて当たり前だな。ミィナスの育った里はここから探索者の足でも6日以上離れた帝国の領土に近い場所になる。要するに、かなり遠い場所になるからな』
『……ガイラはそんな事まで知っているのですね?』
『ああ、前も言ったけど、お前さんを探しに方方を探し回ったからな。その時に立ち寄った感じだ』
『そうですか……ありがとうございます。……わたしは行きたくも無い場所ですね……』
『……まぁ、そうだろうな……今が良さそうだからいいんじゃないのか?』
『……そうですね』
なんとなくしんみりとした感じになってしまっているが、聖騎士団の調査担当が慌てて集合場所にやってきてアルティアに大声で報告をする。
『大変です!『穴』の反応が前方に複数あります!』
『なんですって? 数は? レグ、地図を!』
『わかりました! 少々お待ちを!』
レグロスが樽の上に地図を広げ、そこに測量をして大体の位置に『穴』の位置を印していく……だいぶ歪な形になっているな……これもレスタジンのソリエノ教が絡んでいる案件なのだろうか?
『これは……面倒な位置取りですね……』
『師匠、僕とソウタで飛行機に乗って場所を発煙灯で知らせますよ。おそらくこの深い森の上、岩山が多いと場所がわかりにくいかと』
『そうですね……アルティア、タクマ、良いでしょうか?』
『もちろんよ! 早く探して魔王の出現を止めないとね!』
『ああ、それで行こう』
その場に集ったものは、浮遊馬車からの出発準備と共に、チーム分けをしていく。潤沢な人数はいないが少数精鋭。おそらくこの数の『穴』ならば余裕で対処ができるだろう。
『ではいってきますね!』
『修斗! 気をつけてね! ダメそうだったらここに戻ってくるんだよ!』
『わかってるって! では!』
エンジンを掛けた複葉機がシュウトくんの魔法の援護を受けて一気に飛び立っていく。彼らを見送るとすぐに浄化部隊を分けて各々の担当場所へと移動を開始する。
俺は『流星の狩人』と案内役の狐人族のガイラを伴って隠れ里へと直行をする。アスティリ、彼が『穴』に巻き込まれていないのを祈るだけだな……
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