第125話 レグロスの悪夢
▶ ▶ ▶ レグロス視点
俺は小さい時からよく夢を見た……
俺は周りと比べると、生まれつき魔力がとんでもなく多かったため、よく未来のものと思われる夢を見ていた。夢の神様はなんでも魔力や神聖力の強い人間に色々と未来を見せて人間たちを導くということだ。
俺には幼馴染の可愛い女の子がいた。親同士の親交が厚く、小さい頃はしょっちゅう一緒に遊んでいた。貴族らしからぬ振る舞いと気さくな感じでよく笑う子だった。彼女は社交界に出てくるような女性とは一線を画する感じだった。
こんな子と結婚できれば幸せなんだろうなとは子供ながらに思ったが、残念ながら俺たちは貴族だった。おそらく親同士が決めた相手と結婚し……おそらくこの思いは果たせないだろう。
この時期に俺は皆が言う『悪夢』を初めてみた。この頃に『悪夢』を見たものは周りにはおらず、親に話を聞いてみたが『悪夢』を見る時はその国にいるものが一斉に見ることが多いのでただの悪夢かもしれないね……と言われたが、あまりに現実的すぎる夢だったので俺はそうとは思えず、それから生き方を変えた。
俺は得意としていた魔術を捨てた。
俺はあまり好きではなかったが剣と槍の鍛錬を積んだ。
大好きな子までの道を塞ぐ妖魔を切り払うために。
俺はあまり好きではなかったが語学の勉強をした。
敵対していた種族の話がわかるように。
俺はあまり好きでは無かったが騎士団に入るために勉強を始めた。
一人の力だけでは無理だと悟ったので、軍勢を率いてあの子の最期の場所、ダムに到達出来るようになるために。
俺は日々研鑽に励み能力と地位を上げていった。
が、いくら努力しても何度も繰り返し見る悪夢の内容は変わらなかった。一人で諦めの心境に入っていたが、ある日を境に悪夢の種類が増えたのだった。
明らかにテンセイシャの彼女たちの出現前後から夢が分岐していた。ダムに到達する時間に大幅にずれが生じ、それまでの過程が大幅に変わった。
ただ……分岐する悪夢の先には……どの悪夢の先にもアルティアの姿は無かった……俺はダムに向かう作戦の直前と、ダム崩壊後の洪水の後の悲惨な光景しか覚えていなかったのだ。
悪夢は人が死ぬ間際や強烈に心に残る何かがあると見るらしいが……俺にとってダムの作戦は取るに足らない存在なのだろうか? ここまでのディソスラパ郡での懸命な聞き込み作業をまとめると、どう考えてもアルティアがあそこで命を落としている。
俺は彼女のために剣をとった。何故彼女が死ぬ間際に立ち会えなかったのだろうか?
『ねぇ、レグ……顔怖いよ?』
『はっ??? あ、ティア……すまん、考え事を……』
俺……私の前にはニヤニヤといたずらごころ満載のアルティアの顔がかなり近い位置にあった。その周りにいるジェネラウール達は若干呆然とした感じでこちらを見ていた。私は何か……
『あら? レグ? 不敬よ?』
『あ……』
少年時代まで頭が戻っていたので思わず愛称を口に出していた……
『あれ? あなた達……あ、学園の級友だったっけ?』
『……学園では特別に仲が良い様子には見えなかったが……』
女騎士のレジェリンスと元婚約者で同級生のディグディスが驚いた表情をしながらアルティアに話しかける……そういえば悟られないようにしてたんだっけか……駄目だな。予測できない状況に俺も余裕がないのだろう……
『そうね。レグロスが気を使ってくれたのよね。婚約者様に気を使って』
『あ? え? 気がついてたの? あ、おられたのですか?』
アルティアは勝ち誇った表情をしていた。正直ムカつくが……ディグディスも戸惑っているじゃないか……大体婚約者がいるのに普通に話しかけてくるティアが悪いんだ……
『さて。金一封を貰いに来たついでに……話をしてもらいましょうか? あなた達何を考えているの?』
アルティアもさすがに疑問に思い始めたか、彼女らしく真っ直ぐな質問だ……若干観念した感じの表情をしたジェネラウールが間をおいて答える。
『待っておる。状況が動くのをな』
『そう、でも、悪夢と違って、時期も状況も何もかも違うわ? 何を待つというの? 叔父さん達はあの時、この場所にいなかったでしょ?』
『ああ、確かに……いなかった。が、その後の惨状は夢に見る……』
『私も見たのよ……ひどい有様だったわ……』
レジェリンスがとても悲しそうな厳しそうな表情になる。彼女からは……アルティアを、彼女だけでなく街全体で……たくさんの人を埋葬した悪夢を見た……と聞いている。
『ねぇ? この中に天啓を受けた人はいないの?』
『えっ?』
『天啓……神からのお告げか? 巫女でもあるまいし……』
『……聖騎士であるアルティアは……受けたのか?』
その場にいた騎士達がアルティアの質問に動揺をする。突然すぎる内容だったし……悪夢の成り行きを隠しているから当たり前か……
『ふぅん……じゃぁやっぱりまだだったのか……』
『アルティア……そなたどのような悪夢をみたのだ?』
ジェネラウールが質問をする。どうやら俺に話していないことがあった様だ。
『あなた達も隠し事をしているから話さないわ。まだ今じゃないってのが分かったから良いわ。時が来たら話しをするわ』
そう言い残すと金一封が入った小袋を持ってアルティアが天幕から出ていってしまう。その場に残されたものはお互いの表情を見合ってしまう。
『レグロスよ……どういうことだ?』
『はい……すみません……どうやら私にも隠し事をしているようです……』
『そうか……あ、後ほどアルティアとの関係をしっかりと説明をしてもらう。良いな?』
『え……? あ、はい? ただの幼馴染ですが……』
『フム……そうか。まぁ、ことが終わってからしっかりと話そう』
何を言っているかよく分からなかったが俺はとりあえず天幕を出てアルティアを追う。
△ △ △ 聖騎士アルティア視点
私は覚えている。
神からの天啓を受けたことを。
覚えていると言っても天啓を受けたのは 二月ほど前にみた『悪夢』の中でのあの一度きりだ。
私が『悪夢』の中で選択したことははたして正解だったのだろうか? 今の状況とあまりにかけ離れていているので判断がつかない。
叔父さんたちもおそらくダムの決壊を防ぐため……おそらくレスタジンの工作員が暗躍して『穴』を発生させていることを掴んでいるのだろう。国境で控えていて一気に『穴』の殲滅をする事が目標に見える。私が交渉してダムの近くに陣取るのが正解なのだろうか? かといってディソスラパ郡の氏族達の交渉も面倒なくらい多種多様な種族がいる……ここに集まった氏族だけでも説得をして陣を構える位置を変えるか……
どちらにしろ『穴』から出てくるあの巨大妖魔は神の力を行使でききる私にしか倒せないだろう……神の力を行使出来るチサトたちも『穴』の駆除をしながらこちらに近づいているとの事だったが、砦での戦闘を見るに『穴』の妖魔を殲滅する様な攻撃手段は持っていなかったし……やはり私が行くしか無い。
『ティア……面倒なことになった』
レグロスが私の横に駆け寄ってくる。表情がなんかおかしい。先ほど茶化したからか? まぁ、どちらでも良い……
『ティア? 顔が怖いぞ?』
『え? ああ、ごめん。考え事』
『ジェネラウール様から……関係性を……その説明するようにと……』
『ん? ああ、そう』
『……何かどうでもいい感じだね……』
『そうね、目の前の大事を片付けてからかな……』
レグロスが困った様な表情をする。いつもは割と無表情なので思わずからかいたくなるような可愛い表情だ。
『ねぇ……レグは……ダムの崩壊後の悪夢も見るのよね?』
『……そうだな……見るな……』
『あなたは……その後……その……幸せだったのかな?』
『……それからは戦いの日々だったから……幸せだったとは思えないな』
『そう……ねぇ? レグ……』
『どうした? そんな複雑な表情をして……』
今、私はどういう表情なんだろうか……色々な感情が混ざり込んでどうなっているか分からなかった。
『この戦いが終わったら……』
『え?』
『この戦いが終わったら……二人で……』
『……』
『いや、やっぱりいいや』
『あ……』
私は恥ずかしくなって思わず駆け出してしまう。
ああ、勘の良いレグロスのことだ……言いたいことは伝わってしまっただろうか……
私はまだ……今回は天啓を受けていないが……また同じ天啓を受けてしまったら……私は同じ選択をするだろう。
なぜ悪夢の中で時の女神様は私に天啓を……
あの戦いの前に『レグロスを必ず守りなさい。休ませなさい』と告げられたのだろう……彼は私を守る騎士じゃなかったのだろうか? 時の女神様の言うことだから未来は見えているのだろうけど……
私は騎士を守るのではなくて……騎士に守られる姫になりたかった。
△ △ △
『え? ダムの決壊?』
俺は思わず聞き返す。ダムがあるのかこの世界?? 文明の進歩がちぐはぐな印象だったが……もしかして電気もあるのか?
『ええ、正式名称は忘れたけど、古代の止水壁……ダム……水を貯める巨大な、とても巨大な壁の事よ。古の時代に作られたものとか言い伝えられているわ』
巨人族のフェリーニャが俺の質問に答えてくれる。何でも彼女の地元……と言うより、巨人族はダム周りを守るために神に造られた……と考えているらしい。
『俺、獣人たちと話をした。みんな悪夢を2ヶ月前からみ始めた。ドヴェルグ王が、グニルーグが言っていた事、本当みたい』
エルドがフェリーニャの話に補足をしてくれる。グニルーグが興味深そうに話の続きを促す。
『そうなのか……ワシは『獣人共通語』が話せんからな……どうなっておるのじゃ?』
『ええ、大体こんな感じみたいです』
ミィナスが何枚かの紙に書かれたものを机の上に並べる。俺もこの世界の言葉が……共通語ならば結構読めるんだよね……
『……あれ、なんかもう順番がめちゃくちゃじゃないですか? これ?』
『そうじゃのぉ……これ参考になるのかのぉ……』
『そうだな……これは……私の記憶ともだいぶ違うな……どう考えれば良いものか……』
ミィナスが情報を紙に羅列し、順番に建ててくれているのだが……一同はそれを見て混乱するだけだった。
『えっと……エフルダム王国と巨人族たちの戦争……帝国軍との戦争……そして数年後に『穴』によってダムが破壊……また帝国軍との戦争。氏族間での戦争……その後、共和国軍との戦争?』
『戦争だらけですね……』
『ドヴェルグ族のと似ているが……彼らは帝国とも一戦、二戦交えるのか……先日も小競り合いをしとったはずだし……』
書かれていたものを読んでいた一同が思い悩む……情報が多いな……切り出して考えたほうが良さそうだ。
ミィナスが重くなった場の空気を読んで現在の情報を話してくれる。
『はい、悪夢の内容をまとめるとそうでしたが、今回、エフルダム王国が国境に陣を取っているとの話でしたので、各部族から戦士が出向していたので……戦力が足りず、今回の『穴』の浄化に苦労していたみたいです』
『猫人族に関しては商売のために出払いすぎて何ともならなかったらしいわね……』
『猫人族らしいね』
地元人のエルドとフェリーニャが何やら納得をしているが……猫人族ってどんな扱いなの? 商人なの?
『それで猫人族の狩人達の話だと、やはりレスタジンらしき仮面つき茶外套のものが何やらしているところを多数目撃しているとのことです』
ミィナスの情報報告に対してレスタジン人のアルヴールが指針を提示してくれる。
『……こちらの作戦の話は私は聞いていないわ。でも説得はしてみたいと思う。司祭達が同行していなければ……簡単に寝返ってくれると思うわ』
レスタジン……忠誠心がなく呪いの強制で動いているから籠絡は簡単か。司祭は裏切らない可能性が高い……と……まぁ、こちらは助けられれば助けるスタンスかな? それで、なんでダムの破壊に話がつながるんだろうか?
『そうなると……レスタジンの工作員達がダム付近に『大穴』を出現させ……妖魔に破壊させると言う事か?』
ヴォルスが地図を見ながら発言をする。確かに……そうなるとレスタジンの者たちを止めないと……ドヴェルグ王国みたいになっちゃうのか……
『ダムの施設の中に……ドヴェルグ王国の禁忌にあった核があればそうなりますが、ダムの前を戦場にすることによって破壊させる……なども考えられますね』
ヴォルスの問いかけにシュウトくんが答える。確かに、この魔法がある世界で巨大妖魔を倒す時は……爆裂魔法が飛び交い、地面をえぐる様な高威力の力が飛び交う事になるからな……
『どちらにしろ……俺たちに出来ることは『穴』の迅速な浄化だな……部隊を分けて一気にやろう』
そこにいた一同が同意し翌日のための作戦を練り始める。明日も慌ただしい一日になりそうだ……
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