第6話

「……本来ならメイド服は持参するものですが……。ディーン坊ちゃんが連れてきた人なら仕方ありません。まずは見習いとして、キッチンメイドとその他の仕事もしてもらいます」

「はい! がんばります!」

「元気な子ですね。それでは旦那さまと奥さまに挨拶しましょう。その声の大きさは、多少抑えてくださいね」


 わたしがこくりとうなずくと、よろしい、とメイド長が口にした。


「私はメイド長のスーザン。よろしくお願いしますね、アクア」

「はい、よろしくお願いします!」


 スーザンさんが部屋から出て行くので、わたしもついて行こうして、スーザンさんを呼び止める。脱いだ服はすべて鞄に詰め込んだけど、鞄を持って挨拶するわけにもいかないし……。そう思って尋ねると、そのままこの部屋に置いていいといわれたので、念のため鍵の魔法を掛けてからわたしはスーザンさんの後を追った。

 スーザンさんはスタスタと軽快に足を進める。わたしも彼女の後を追いかけながら、このお屋敷って一体何部屋あるんだろう、なんてことを考えながら歩いていた。スーザンさんの足が止まり、目的地についたみたい。彼女が扉をノックすると、男性の声が聞こえた。

 扉が開き、スーザンさんが「新人のメイドを連れてきました」と口にする。


「入って」


 おっとりとした女性の声が聞こえた。その人に促されて、スーザンさんの後に入室した。彼らの近くまで向かい、スーザンさんがすっとわたしの前に立ち、ちらりとこちらに視線を向けてから旦那さまと奥さまへと顔を向け、


「こちらが今日付でメイドとして雇うことになった者です。アクア、ご挨拶を」


 すっと、スーザンさんが横に避けたので、わたしは一歩踏み出して、旦那さまと奥さまを見た。わぁ、どっちも上品そうな人! 貴族中の貴族って感じだ。優雅さすら感じる……。貴族への挨拶か。神官長にびしばし鍛えられたから……なんとかなるかな? わたしはワンピースの裾を持ち、片手を胸に当てて右足を下げ、頭を軽く下げる。それから姿勢を元に戻し、微笑みを浮かべてから挨拶をした。


「お初にお目にかかります。メイドしてお世話になるアクアと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 そう言ってから再び頭を下げる。旦那さまと奥さまからの反応がない。頭を上げて良いのかどうか悩んでいると、「顔を上げなさい」と声を掛けられた。

 言われたとおりに顔を上げると、旦那さまと奥さまが微笑んでいた。うーん、なんて優雅な微笑みなのかしら……!


「初めまして、アクア。ようこそ、ノースモア公爵家へ」

「これからよろしくお願いしますね」


 優しい言葉と態度だった。……うん、この人たちはあまり瘴気に触れていないみたい。……それにしても、ちょっとびっくりしたわ。わたしみたいなどこの馬の骨かわからない人を迎え入れるのね……。……って、確かに大きなお屋敷だとは思ったけど! 公爵って言ったよね、今!


「アドルフから話は聞いた。ディーンが連れてきた子だろう?」

「あの子、困っている人を見つけると、ついつい拾ってきてしまうのよ。そして、幼馴染のバーナードに怒られるの」


 ディーン……。いや、それで職を得たわたしがツッコミを入れちゃいけない。でも……くすくすと笑う公爵夫人を見て、それ笑っていて大丈夫……? と思ったことは許して欲しい。犬猫と同じ扱いかな、わたし!


「……とはいえ、ディーン狙いで来た子はすべて居なくなってしまったのだが……」


 誰かが追い出したってことなのかな? まぁ、ディーンはイケメンだし公爵家の人間だし、拾われた人は恩義も感じるだろうし……好感度が高いと惚れちゃう人もいるだろうね。……いや、わたしは惚れていないけど。良い人だとは思うけどね。

 へぇ、と感心しながら聞いていたけど、怪訝そうな表情を浮かべられた。話に乗らないとダメだったかな。旦那さまはスーザンさんに視線を向けて、


「スーザン、アクアを頼む」

「かしこまりました、旦那さま。それでは、これで失礼します」


 わたしは慌てて頭を下げると、スーザンさんが「アクア、こちらへ」と声を掛けてくれた。彼女の後を追って部屋から出て行くと、スーザンさんが扉を閉めて、さっきの場所へと戻る。


「荷物を持ってきなさい。先程の挨拶は声を抑えて出来ていましたね。」

「はいっ、頑張りました!」

「……普段も声を抑えるようにしましょうね」


 メイド長の部屋に入って鞄を手にすると、すぐに部屋から出る。スーザンさんはまた歩き出した。どこに向かっているのかを聞いたら、「アクアの部屋です」と言われた。住み込みで働けるって本当にありがたい!


「基本的にメイドは二人部屋になります。あなたはジュリアという女性と同室です」

「わかりました!」


 相部屋か~。良い人と一緒の部屋だと嬉しいな! ……それにしても本当に広い。部屋はどうやら地下にあるらしい。……こんなに大きなお屋敷に、どれだけの人が雇われているんだろうと、ドキドキしながら階段を下りて行った。

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