第93話

 感情がいろいろ混ざってよくわからない感覚になるけれど、大丈夫。バーナードには悪いけれど、わたしの事情を知っている人に話せるのは、心の整理に繋がるから。


「……妹がいるから、慰めるの慣れてる?」

「それもあるけど……、まぁ、最初に悪いことしたな、とは思っていたから」

「……敵意あったもんね」


 ダラム王国から瘴気の森に飛ばされたあと、バーナードと初めて会った時を思い出して小さく笑う。不審者を見る感じだったもんね。


「王族と同じ色の髪と瞳を持つ女なんて、怪しく見えて当然だろ……」

「ノースモア公爵邸でそこら辺突っ込まれなかったけどなぁ」

「ディーンが連れて行ったからだろうな」


 ……確かに、それはあるかも。ディーンの事情を知っている人たちの中で、どうしてノースモア公爵家の人たちは彼を育てることを決めたのだろう。……謎ばかりが増えていくわね。……ディーンがここで魔物討伐隊に就いていたのも、それが関係していたりするのかな。


「……ディーンって、どういう環境で育ったの?」

「どういう……って、そうだな、ノースモア公爵たちがこの帝都に来るまでは、事情を知らない人たちに育てられていたはずだけど……」

「……そうなんだ? ノースモア公爵家の人たち、わざわざこっちに引っ越してきたの?」

「元々、長男が継ぐこと決定していたからな。隠居生活するってこっちに来たらしい」


 ……じゃあその長男は現在ひとりで領地を治めているってこと?


「ディーンとその人は面識あるの?」

「ある。興味深そうにディーンを見ていた」

「……ディーンがルーカス兄さまの兄の子だっていう噂は、どこから……?」

「ルーカス陛下が流した」


 ……ディーンが作られた人間だということを隠すための噂だったのかな。……だとしても、すごい噂だ。


「ルーカス兄さまに兄は居なかったと思うけど……」

「いろいろもみ消すのが得意なんだろうな」

「……王族の闇に触れている気分だわ」


 眉間に皺を刻んでそう呟くと、「俺も」とバーナードが肩をすくめる。わたしたちはゆっくりとため息を吐いた。……そうだよねぇ……。暴かなくても良いことを気にしているような気がする。

 好奇心って怖いな……。


「……そういえば、元老院が仲間割れし始めたらしいぞ」

「――仲間割れ?」


 もしかして、わたしが瘴気を浄化したのが原因だったりするのだろうか……。

 ……あの時、わたしの浄化を拒んだのは……。


「……元老院のひとりは、大聖女ステラの弟だ」

「ステラって弟いたの!?」

「ああ。神殿で司祭していたらしい」

「司祭……。今も?」

「さぁ……?」


 ……ステラの弟がいたとは……。しかも司祭とは……。

 恐らく、ではあるけれど、ステラの父は大司教か枢機卿だったのだろう。大聖女ステラの威光でそうなった可能性もある。……ああ、枢機卿は司祭でもなれるか……。……あれ、でもこの国ではどうなんだろう。ダラム王国の神殿しか知らないや。他の国の聖職者と話す機会なんてなかったし……。


「……神殿と王族って今、どのくらいの力の差がある?」

「大聖女ステラが亡くなって、神殿のほうが押され始めている感じだな」


 ……やっぱり神殿に行かなくて正解だったかもしれない。王家の血を引くわたしが行けば、バランスが崩れる。


「……そう。……あ、でも一度神殿には足を運ぶつもり」

「お前行きたいところどんどん増やしてないか?」

「付き合ってね、護衛さん」


 にっこり笑ってそういうと、バーナードが「そんくらい軽口叩けるなら平気そうだな」と呆れたようにいわれた。……そうね、思ったよりもわたし、立ち直りが早かった。……まぁ、バーナードと話して、ちょっと心に余裕が出たのかもしれない。


「……バーナードがいてくれて良かった」

「……なんだよ、急に」

「だって、ひとりで悩んで抱え込むなんて、したくないもん。……バーナードも、少しは楽になった?」


 ディーンのことを言外に伝えると、彼は一瞬目を大きく見開いて、それからくしゃりと自分の髪を握ってふっと笑った。


「まぁ、確かに楽にはなったかもしれないな。ルーカス陛下にはおいそれと話し掛けられないし、秘密を抱えたままってのは、結構きつい」

「……だよねー……」


 共通の友人、ディーンの秘密。……きっとバーナードは、ずっとディーンの傍に居たのだろう。長い間一緒にいることで、友情が芽生えたのかもしれない。……そして、それと同時にディーンに真実を話せないという負い目も感じていたのかもしれない。


「しっかし、バーナードの一族って一体……」

「俺に聞くな、良く知らない」

「……一族なのに?」

「逆に尋ねるが、お前は王家のことがわかるか?」


 わかりません。……確かに、わからないな……。西のほうから来たというバーナードの一族を迎えいれた理由もわからないし……。……その技術を欲していた……としかわたしには想像出来ないや。

 緩やかに首を左右に振るわたしを見て、「ほらな?」と言い聞かせるように肩をすくめる。世の中わからないことだらけだ。

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