第85話
つきん、つきん、と針に刺されたような痛みが頭に走る。わたしの表情が痛みで歪んだのを見て、ルーカス陛下とバーナードは、わたしが目覚めたばかりだということに気付き、休むようにと声を掛けた。
「待って、バーナード。少し話がしたいの」
ちらりとルーカス陛下に視線を向けると、彼は小さくうなずき椅子から立ち上った。
「防音の魔法は、バーナードが部屋を出るのと同時に解除するようにしよう」
「ありがとうございます、ルーカス兄さま」
わたしがルーカス陛下にそう声を掛けると、彼はふっと目元を細めて微笑み、小さくうなずいてから部屋から出て行った。
ルーカス陛下が扉を閉めるのを見てから、バーナードに椅子を勧める。バーナードは少し戸惑ったように見えたけど、諦めたのか素直に座った。
「俺に話って?」
「ディーンの記憶と、わたしの記憶がどのくらいの差があるのか知りたい」
「体調は平気か?」
「このくらいなら平気よ」
明日か明後日にはベッドから起き上がれるだろうし、そうなるとディーンはきっと心配してきてくれる。だって彼は優しい人だから。
「わたし、バーナードに会った記憶ないわ」
「だろうな、シャーリーさまの娘ってことしか知らなかったし、その頃俺はディーンに付きっ切りだった」
「……ディーンの記憶ってどうなっているの……?」
「それはよくわからない。祖父からはごく一部の記憶しか移していない……とは聞いたけど」
……なんでその記憶にわたしがいるんだろう? 伯父さまに会ったのって、数回しかなかったはずだ。
「……あのさ、憶測で聞くのもどうかと思ったんだけど、バーナードと陛下の記憶も混ざっている、とかはないよね?」
「それはない、と思う」
きっぱりと言い切れなかったのは、バーナードもディーンの記憶について詳しくは知らないから、か。
「多分、自分で自分の記憶を作り上げた、と考えたほうが良いと思う。前王陛下の記憶を、自分に都合よく作り替えた」
「……そんなこと、可能なの?」
「俺に聞くなよ、知らねぇよ。あいつらがなにを考えていたかなんて――……ああ、でもあれだな、お前のことを絶対に忘れないって意志は感じるよな」
わたしは目をパチパチと瞬かせて、首を傾げた。わたしのことを絶対に忘れない?
「だってさ、前王陛下の年齢なら他にも移したい記憶があるんじゃないかって。人なら、それこそ妻とか子どもとか」
「ああ、確かに……。ええ、なに、それじゃあわたしは伯父さまに執着されていたってこと?」
「シャーリーさまかもしれないけど」
それはそれで怖い。というか、どっちにしろ怖い。
怖い考えを追い出すように左右に頭を振り、思いっきりため息を吐いた。バーナードはなにかを考えるように顎に手を掛けている。
「シャーリーさまが別の街に住んでいたのも、それが原因だったりして……」
「怖いこと言うのやめてよ!」
思わず叫んだ。その考えは怖い、怖すぎる。
「……とりあえず、バーナードが知っているディーンの過去を教えてくれない? そこから照らし合わせていくから」
そうしたほうがより自然に作り上げた『思い出話』が出来るんじゃないかなっと思って、バーナードに尋ね、数時間を掛けて話を照らし合わせた。
おかげで大分理解出来た。そして『リネット』がとっても人見知りだったこともわかった。わたしの五歳までの記憶――……三歳くらいから、だと思うけど、ナーサリーメイドにべったりくっついたり、見知らぬ人がいたら隠れたり、隠れられない場所にいた時はお母さまの後ろに隠れたり、……うん、なんだか今のわたしでは考えられないくらいの人見知りだった。
そのことをバーナードに伝えておく。バーナードもディーンと一緒に遊んだということになっているから。……全くを持ってそんな記憶ないんだけどね? どっちかといえば、部屋で大人しくひとりで絵本を読んでいたという、大人しい子だった。
でも、友好的なルーカス陛下と遊ぶくらいはしていた。わたしが唯一人見知りしない人だったから。そして、友好的な彼に憧れていたことを思い出した。
……だから、今のわたしはこんな性格になったのかしら。『リネット』としてのわたしが、そう望んだから。
……ああ、そして別のことも思い出して胸が痛い。よみがえったばかりの記憶に頭が痛くなる。
「おい、大丈夫か?」
「……あのね、これは独り言だからね」
ぴたり、とバーナードの声が止まった。わたしはベッドの上で膝を抱えるようにして座り直し、膝に額をつける。
「お父さまね、優しかったの。仕事が忙しかっただろうに、わたしが家族旅行したいってワガママ言ったから、休んでくれたの。『リネットの誕生日プレゼントだよ』って。お母さまもね、そんなお父さまが大好きだったの。ふたりはいつも仲が良くてね、三人で一緒に寝た時もあったよ。怖い夢見た時とか、甘えたくなった時に。……護衛の騎士たちもね、みんな良い人だったの。幼いわたしを危険に晒さないようにがんばってくれていた。……でも、最期は……」
言葉がそこで詰まった。まるで、言葉になることを拒絶するように。わたしが肩を震わせていることに気付いたのか、バーナードがぽん、と慰めるように肩に手を置いた。
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