第53話

「……なに、変な顔してんの」

「……魔物討伐部隊の強い人たちが、こっちに来ちゃって大丈夫なの?」


 首を傾げて問えば、バーナードは目を瞬かせてそれから肩をすくめた。


「あのな、この国の最高権力者は誰だ?」

「ルーカス陛下でしょ?」

「そうだ。その陛下が、良いと言っているんだ。誰も文句なんて言えねぇよ」


 そういうもの、なの……? 少なくとも、あの老人たちはそんなことを思ってはいなさそうだったけど……。あ、そうだ! あの人たちのことも聞いてみないと!


「じゃあ、じゃあ、あの老人たちは!?」

「あー? ああ、元老院のヤツラか。頭が固いヤツラなんだよなぁ……」


 ……元老院の、ヤツラ……。元老院って、陛下の助言する人……だっけ? 政治には詳しくないし、詳しくなろうとも思わないのよね……。だって自分にはあまり関係のないことだと思っていたから。


「……今、陛下は元老院を疑っていると思う」

「疑う?」

「ダラム王国との国境近くで攫われたんだろ、お前。なぜシャーリーさまたちがそこに行ったのか、なぜタイミングよくダラム王国の人間がいたのか、アクアが生きているということで、そこら辺を再び調べ始めている。だから、念のためお前に護衛をつけているんだ。また狙われるかもしれないから」

「……それは、命を狙われている、的な意味で……?」


 バーナードは少しの間黙った。黙って、考えているようだった。それからにやり、と口角を上げて、「そうかもな?」と意地悪く口にする。なんてやつだ!


「おっそろしいことを言わないでよ!」

「脅しておかないとまたひとりで行動するだろ」

「否定できない!」


 ひとりで行動するのが当たり前だった頃とは違う。……いや、聖女をしていた頃も複数人と行動していたわ。……あの神官や司祭たちって、もしかして護衛の意味もあったのかな。


「……えーと、じゃあわたしは、ディーンたちと行動すれば良いの?」

「俺かディーンだな」


 なんでその二択? と首を傾げると、バーナードは「ディーンと俺が、正式な護衛だから」と言葉を続けた。正式な護衛?


「元魔物討伐隊は、ディーンに忠誠を誓っている。そのディーンがアクアに忠誠を誓う。ま、お前が一番偉いってこと」


 小さな子どもに言い聞かせるような口調だった。……そっか、あの人たちのあるじは、ディーンなのね。……ディーンって人望あるんだろうなぁ。


「それじゃあ、えっと、コボルトたちに会いたい時はディーンかバーナードを連れていけばいいの?」

「コボルト……って、ああ、あいつらか……」


 ディーンとバーナードは会ったことあるもんね、コボルト。あのモフモフに……。肉球触りたい。……じゃなくて。


「……あいつら、元瘴気の森で暮らしているらしいな」

「元瘴気の森……」

「言っておくが、一応コボルト魔物の一種だからな」

「……あんなに可愛いのに!?」


 ふさふさの毛皮に二足歩行の可愛い犬。会話も出来るし、どっちかといえば人間に近いような感覚だった。


「害がなさそうなコボルトたちだったけど、確かに」


 コボルトって案外器用で、あの手からどうやって生み出しているのだろうと思う伝統工芸があるのよね。楽器なんだけど……。コボルトのお祭りではその楽器を使ってわいわい盛り上がるらしい。見てみたい、そして出来れば堪能したい。肉球を……! わたしの心を読んだのか、バーナードが呆れたような視線を向けた。


「……で、お前は魔物討伐部隊がディーンに忠誠を誓っているのは、良いのか?」

「良いってなにが? 誰に忠誠を誓っていても、仕事はしてくれるんでしょ?」

「そりゃするだろうさ……。お前自身に忠誠を誓わなくても良いのか、って聞いているんだけど」


 ああ、そういう意味。……わたしに忠誠を誓われてもちょっと困惑するかな。

 だって……。


「わたしとあの人たちは、昨日出会ったばかりよ? そんな相手に忠誠を誓われるほうが怖いと思うんだけど。それに、ディーンに忠誠を誓っているのなら、ディーンが纏めやすいでしょ?」


 昨日の今日で忠誠を誓われても、戸惑うだけだ。どんな人たちなのかも、わたしは知らないし。ディーンに忠誠を誓っているのなら、そのままで良いと思うのよね……。ディーンに忠誠を誓っているのに、わざわざわたしに誓わせるのもどうかと思うし。


「そうだなぁ……、過ごしている間に、ディーンの他に忠誠を誓いたいってなれば考えるけど……。たったひとりに捧げる忠誠は、別のレディに捧げたほうが良いんじゃないかなって」


 騎士とレディの恋、だっけ。そういうのって物語の題材にもなるのだし、わたしに忠誠を誓うよりはたったひとりのレディを見つけて捧げたほうが良いんじゃないかなと思う。わたしはほら、ひとりでもなんとかなるし。


「……やっぱり貴族と考え方が違うな」

「えっ、そうなの?」

「自分に忠誠を誓えないヤツは要らないって、そういう考えも多いぜ」

「……なんかやだなぁ……」


 わたしが目元を細めてそういうと、バーナードがくつくつ喉を震わせて笑った。貴族の考え方なんてわたしにわかるわけない。そういう生活していないもん。……って、考えてみればディーンもバーナードも貴族じゃん!

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