第49話

 とりあえず、ディーンの部下だった人たちを部屋から出して、メイド服の女性たちのみ残ることになった。履き慣れないハイヒールと、着慣れないドレスを脱ぎたい気持ちが強かった。やっぱりいつもの格好のほうが落ち着くし。

 そう思って、お願いしたら……メイド服の女性たちは顔を見合わせて、それから首を横に振った。


「申し訳ございません。アクアさまに早く慣れていただくようにとの、陛下からお言葉です」


 ルーカス陛下……っ!

 がくりと項垂れるわたしに、多分一番年上の女性が声を掛ける。


「今日は我慢してください」

「……今日は?」


 ……と、いうことは明日ならいいのか。それなら我慢できる。ほっと胸を撫でおろし、メイド服の女性たちを改めて見る。


「……あの、本当にわたしについて来て良いんですか?」


 確認するように尋ねると、彼女たちは微笑んでうなずいた。


「アクアさまは、妹の恩人ですから」

「へ……?」

「子どもを助けたでしょう?」


 ……子ども、わたしがこの国で助けた子どもはひとりだけ。妹の恩人って、もしかして……?

 わたしが思考を巡らせていたことに気付いたのか、彼女は微笑みを浮かべていた。そして、小さくうなずく。わたしの考えていたことは合っていたみたい。


「……あの子は、元気?」

「はい。アクアさまのおかげでピンピンしています」

「そっか、良かった」


 打ちどころが悪かったら本当に危ないからね。


「その節は、本当にお世話になりました」

「気にしないで。でも、あれから危ないことはしていない?」

「……恐らく」


 ……恐らくかぁ……。まぁ、そうだよね。あのくらいの子どもだったら、たくさん遊んで、転んで怪我して痛いことを覚えていくのだろう、多分。あんまり子どもと触れ合うこともなかったもんなぁ……。神殿の中で黙々と仕事する日々……。……もう一発くらい殴っても許されたのでは……?

 なんて考えていると、不思議そうな顔をされたので適当に誤魔化した。


「妹から、アクアさまのことを聞いていたので……、陛下からアクアさまに仕える者を探していると聞いた時に立候補したのです」

「……ルーカス陛下……」


 きっと、わたしが不自由なく暮らせるようにという配慮だったんだろうけど……。なんだかこう甘やかされていることに慣れないわ……。女性はにこりと微笑んで頭を下げる。ああ、彼女とだけ話すのもダメだよね。これから一緒に暮らしていく仲間だもん。


「よし、じゃあ今日は親睦を深めるためにティーパーティーをしよう!」

「ティーパーティー……ですか?」

「うんっ。同性同士で話すこともあまりなかったから、やってみたくて。……ダメ?」


 メイド服の女性たちは顔を見合わせて、それから頬を緩ませて早速とばかりにティーパーティーの準備をしてくれた。

 女性だけのティーパーティーって初めてだ。その日は、日が暮れるまでずっとみんなでお喋りをしていた。どうやら、彼女たちの仕事は『わたしの望みを出来るだけ叶える』ことっぽい。いきなりお姫さま扱いされても困るしね。

 聖女扱いは慣れているけれど、それとはまた別だから。


☆☆☆


 そして翌日、あの屋敷に行くからという理由でいつもの格好に着替えた。ヒールの低い靴も履いた。相変わらず日が昇るのと同時に起きちゃうわたしに、付き合わせるのも悪いからいつもの時間に起きてねといって、ティーパーティーは終わった。

 楽しかった……。女性だけの空間って、ちょっと憧れだったんだよね。こっちに来てから、ジュリアと一緒の部屋だったのも十日くらいだったし。

 わたしはこっそりと窓から魔法を使って飛んだ。そのままあの屋敷に向かう。早朝ってこともあり、あまり人の気配を感じないから良いよね、多分。ディーンやバーナードに見つかったら怒られそうだけど。

 目的地付近で地面におりる。うん、やっぱりヒールの低い靴のほうが歩きやすいわ。

 それにしても門番の人たちっていつ交代しているんだろう。眠くならないのかな。そんなことを考えながら門番の人たちに声を掛ける。偶然にも、この前と同じ人たちだった。


「話は伺っておりますので、どうぞお入りください」

「うん、ありがとう」


 そして、前のように中へ入る。やっぱり『おかえりなさい』という声が聞こえた。


「……ああ、やっぱりここが一番、空気が澄んでいるなぁ……」


 すーはーと深呼吸を繰り返して、礼拝堂に向かう。……今日だけは、ひとりで来たかった。礼拝堂に入り、一番前へと歩く。そっと膝をついて、目を閉じ、胸元で手を組んだ。今日のお祈りは、ひとりでしたかった。

 神よ、から始まり、わたしは心の中で色々なことを話した。たくさんのことが一気に起こりすぎて、考えを整理したかったのもある。頭の中も、心の中もパンクしそうなくらい、色んなことがあったから……。

 元々、わたしのキャパシティはそんなに多くない。……と、思う。

 それでもなんとかここまでやってこれたのは、支えてくれる人たちがいたから。わたしがパンクする前にささっと手伝ってくれる人たちが、神殿の人たちだった。……そういえば、貴族たちって結局どうなったんだろう? あの後、ルーカス陛下に会わなかったから知らないんだよね……。

 ダラム王国の貴族たちが、心を入れ替えてくれたら良いのだけど……。……ちょっと、難しいとは思う。あ、そうだ。あの森にも行ってみないと。コボルトたちはどうなっているのか……、そう、平民たちも。……うん、まだまだ、やりたいことはいっぱいあるわ。

 ――だから、どうか――……見守っていてください。そう神に願うと、返事のように身体がぽかぽかと温かくなる。それを感じて、わたしはふっと表情を緩めた。

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