2章

第66話

 ――あれから二ヶ月が経過した。時間の経過ってあっという間。

 二ヶ月の間、色々あった。まずはそれこそ貴族教育! 言葉遣いから始まって、国の歴史とか、ダンスとか、身分が高い人が受ける教育……。

 王族の血が流れているわたしには、それが必要なんだって。そのうちに社交界デビューも待っているようなことをいわれた。……わ、わたしが社交界デビューって……。ちなみにデビュタントは成人してから、らしい。

 わたしの誕生日はあのカードに記載されていた。『リネット』の誕生日。来年までに完璧な……は無理だろうけれど、それなりになってくれたら良いとのこと。

 デビュタントでダンスを踊るパートナーに、ルーカス陛下が立候補していた。良いのか、それで……と思ったけれど、楽しみがないとつまらないといわれたのでうなずいた。

 そんなわけで来年のわたしの誕生日は、デビュタントになりそう。そして驚いたことに、神殿に拾われた日と『リネット』の誕生日は同じだった。

 つまりわたしは、五歳の誕生日にダラム王国の人たちに攫われたということ。

 コンコンコン、とノックの音が聞こえた。


「はーい」

「おはよう、今日はコボルトの音楽の日だよ」

「うん、楽しみ!」


 ディーンの声が聞こえた。

 ディーンはわたしがダラム王国から追放された後に知り合った最初の人。そして、わたしにとって最初の友達。

 元々魔物討伐隊の隊長だったらしい。そこら辺の事情はよく知らない。元魔物討伐隊の人たちは、今ではわたしと一緒に暮らしてくれている。二ヶ月経過したけど、結構仲良くやれているんじゃないかな、と思う。

 あと、ディーンはわたしの護衛、らしい。もうひとり、バーナードって人も正式にわたしの護衛。元魔物討伐隊の人たちは護衛というか……屋敷警備? を任せている。

 バーナードとディーンは幼馴染なんだって。小さい頃から一緒に過ごしていたみたい。ディーンは公爵家、バーナードは伯爵家の子息。最初はわたしに対してあんまりいい顔をしなかったバーナードだったけど、最近は態度が軟化している気がする……。

 まぁ、ギスギスしているよりは良いよね! と前向きに考える。ディーンも待たせているし、そろそろ行こうっと。

 扉を開けるとココがぴょんぴょん跳ねながら挨拶をしてきた。


「アクア! おはよう!」

「おはよう、ココ。今日も可愛い~」


 思わずデレデレになっちゃうくらいに、毛がモフモフで肉球がぷにぷにのココ。

 ココはコボルト。犬みたいな顔をしていて、二足歩行の魔物。人間のことは襲わない、可愛い種族! わたしのお勧めは肉球だ。触るとぷにぷにしていてとっても気持ちが良いの! もちろん、モフモフの毛をブラッシングするのも楽しいし、可愛い。とにかく可愛いとしかいえない。だって可愛いんだもん。

 ココは子どもだけど、この屋敷には大人のコボルトたちも暮らしている。

 特に目立つのはコボルトの戦士かな。名前をササとセセ。腕相撲でディーンとバーナードに負けてから、彼らに弟子入り? したみたい。とりあえず、ココを抱っこしてそのモフモフを楽しみながらディーンに顔を向けた。


「今日はいい天気ね」

「そうだね、コボルトたちのお祈りのおかげかな」


 朝起きたら、礼拝堂で神に祈りを捧げる。それがこの屋敷でのルールだ。起きる時間はみんな一緒ってわけじゃないから、身支度が出来た人から礼拝堂でお祈りすることになっている。……ちなみに、わたしはもうすでに祈りを捧げて来た。

 ダラム王国の聖女として暮らして来た十年の月日で、日の出とともに起きることが習慣になってしまっているのだ。わたしと合わせようとしてくれたメイドたちもいるけれど、それは丁重に断った。申し訳ないもん。

 正直、ダラム王国で暮らしていた頃にいろいろ教えてもらったから、ひとりで着替えられるし料理できるし、掃除だって出来る。自分のことは自分で、がモットー。……さすがにドレスはひとりじゃ無理だけど。そのドレスだって週に一回だもんね! まだ我慢できる。

 コルセットでウエストを細くしてドレスを着るって、ものすっごく苦痛。綺麗なドレスには多少憧れてはいたけど、憧れのままで良かったのかもしれないと思っている。ハイヒールも苦手だしね。

 じゃあ現在どんな格好かといえば、聖職者のローブを着ていたりする。ずっと着ていたのだから、楽なんだよね……。

 ダラム王国で聖女をしていたから、この格好でもまぁ良いだろうと勝手に思っているの。……いや、そのダラム王国はこの国――アルストル帝国に下ったんだけど。

 元ダラム王国の貴族や王族は現在、娯楽もなにもない田舎で農作業をしているとかしていないとか、開拓しているとかしていないとか……、どうやらルーカス陛下はわたしにあまりそういう話をしたくないようで、詳細は教えてもらえなかった。ただ、これだけはいえる。自分らが見下していた平民よりも悪い暮らしを強いられている、と。自業自得……なんだろうけど。

 聞いた話によれば、国王であったザカライア陛下と王太子だったオーレリアン殿下は貴族たちにぼっこぼこにされたそうだ。……負の感情を押し付ける相手が欲しかったんだろうなぁ……。

 あれだけ腫れあがると元の顔面にならないんじゃないか、という報告を受けたらしい。……人の負の感情って本当に怖い。そんな負の感情を持って、瘴気は大丈夫なんだろうかと考えてしまうのは、元の職業病なのかもしれない……。


「今日はどんな音楽かなぁ」

「気分が晴れるのだと良いね」

「……わたし、そんな顔をしていた?」


 こくりとうなずくディーンに、わたしは肩をすくめた。

 屋敷の外に出ると、既に馬車が待っていた。バーナードも腕を組んで待っていた。

 ま、人生いろいろということで! 聖女をやめた……やめさせられた? わたしは新しい人生を満喫することに決めたのだ。


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