第67話
「うわぁ、もうみんな集まってる!」
思わず声が出た。ディーンとバーナード、ココと一緒に馬車に乗って、コボルト音楽隊の元へ向かうと既に街の人たちがかなり集まっていた。ココは「わぁ!」と歓声を上げて、ディーンとバーナードは「二ヶ月ですっかり浸透しているな」って話していた。
そう、二ヶ月。たったの二ヶ月だ。それだけ帝都の人たちは新しいものに飢えていたのかもしれない。
この状況を見て、元老院のおじいちゃんはかーなーり、渋い顔をしていたけど、国民から娯楽を取り上げることはしなかった。穿った見方をすれば、様子見ってところかな?
バーナード、ディーン、ココ、わたしの順に馬車を降りる。降りる時にすっと手を差し出され、その手を取ってから降りる。……エスコートされるのってなんだか不思議。ディーンもバーナードも貴族だからか、すっと手を差し出すタイミングが絶妙だ。ルーカス陛下からは慣れるように、といわれている。
「いらっしゃいませ、アクアさま」
「おはようございます! なんだか人が増えてませんか?」
「帝都の者は娯楽に飢えていたようですわ」
ふふっと可愛らしく笑うのはフィロメナ。バーナードの妹なんて信じられないわぁ……。だって本当に可愛いのだもの! そして彼女の隣には、ラシード。フィロメナの旦那さんがワクワクとした表情を隠さずにコボルト音楽隊へ熱い眼差しを向けていた。
そのうちに、豪華な馬車がやって来た。元老院のおじいちゃんが窓からこっちを睨むように見ていた。……睨まれてもねぇ……。
……二ヶ月前にわたしの浄化を拒んだ元老院のおじいちゃん。元老院の中でもかなりの権力者らしい。もう人間関係わけわかんない。ディーンの父親の謎も多いし。国家のどろどろに巻き込まれるのは困るから、やっぱり地に足のついた暮らしを所望する!
……とはいえ、特にやりたいこともないんだよね……。こうして自由にさせてもらっているし……。そりゃあ、慣れない暮らしではあるんだけど……人間、こういう暮らしをし続けていたらいつか慣れるものよね……。正直快適すぎて元の暮らしに戻せる気がしない……!
「コボルト音楽隊!」
「楽しい音楽を!」
「奏でるよ!」
屋敷からコボルトたちが楽器を持って出て来た。先頭を歩くコボルトが立ち止まり、コボルトたちが手を上げてそう宣言する。ああ、青空の元にピンクの肉球が眩しいわ……。
それからコボルトたちは顔を見合わせてうなずき合い、音楽を奏で始めた。
聞いていると楽しくなるようなリズムの音楽。他にも熱い音楽とか寂しさを感じる音楽とか……驚いたことにコボルトたちの間で曲名はないらしい。
『なんか、こう……ぶわーってなるような音楽!』
っていわれた時はよくわからなかった。その後に、実際に聞いて涙がぶわーっと出てきたので驚いた。心にしみる音楽だったのだ。
他の人たちも泣いていたから、コボルトたちの音楽って人間の心にも響くんだなぁと改めて思ったものだ。
そしてなによりも驚いたのは、コボルトたちの音楽はほぼ即興ということ!
「……みんな楽しそう」
「楽しんでいると思うよ?」
器用に楽器を演奏しているコボルトたちを見て、ぽつりと呟く。その声をディーンが拾った。
楽しんでいるみんなに聞こえないように小声で。ディーンを見上げると、にこりと微笑ましそうにわたしを見ていた。
「……そっか、なら良かった」
心の底からそう思う。コボルトたちと人間たちが楽しく過ごせているのなら、それが一番良いことだと思う。
「……オレたちは……倒すことしか出来なかったから。こんな風に人に友好的な魔物がいることが不思議だった」
「普通の魔物は人間を襲うものね。どっちが悪いかと聞かれると謎だけど」
魔物の領域を荒らす人間もいるし、その逆もあるからどっちが悪いとか決められない。魔物には魔物の、人間には人間の生活があるから。……ただ、コボルトのように人間に友好的な魔物は本当に珍しいと思う。
「どっちも生きることに必死、ってことだろ」
小声で会話に参加して来たのはバーナードだ。ココはコボルト音楽隊の元で踊っている。可愛い。
「……そうね、そうなのかも」
わたしはココたちのことをじっと見つめた。
――どうか、コボルトたちと人間が末永く暮らせますように――。
胸元で手を組み、目を閉じてそう願う。
「あっ」
左右から同時に声が聞こえた。ん? と思って目を開けると――神の祝福が集まっていた人たちに降り注いでいた。……今日も絶好調ですね、神よ! きらきら、きらきら、神の祝福を受けた帝都の人たちとコボルトたちは、不思議そうにしていたけれど、すぐにココが駆け寄ってきてわたしの元に飛び込んできた。
ココを受け止めてぎゅっと抱きしめると、モフモフの毛が顔に当たってくすぐったい。……神の祝福ってコボルトにも効果あるみたい。コボルト音楽隊は身体が軽くなったかのように踊りながら演奏していた。すっごく楽しそうに。
それを見ていた帝都の人たちは手拍子を始めて、なんだかノリの良い音楽の日になった。みんなが楽しそうでなにより!
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