第108話

 ルーカス陛下と一緒に食事をするのも、何回目だろう? コルセットやハイヒールには一向に慣れないけど、大分歩くコツを掴んできたように思える。……本当、こんなにヒールの高い靴を履いて転ばない人たちがすごい。

 そんなことを思いながら、ルーカス陛下と食事を摂る。ちらりとルーカス陛下を見ると、黙々と食事をしていた。……わたしがこの国に来るまでは、ひとりで食事をしていたのかな?


「どうした?」


 視線を感じたのか、ルーカス陛下がわたしを見て尋ねた。


「あ、えっと。……ルーカス陛下は誰にいろんなことを習ったのかなぁ、と」


 前々から気になっていたことを口にする。ルーカス陛下の剣術や魔法、とても強いから……。誰に教わっていたのだろうと……。


「ああ……、小さい頃は家庭教師だったが、一時期アカデミーに在籍していたからな。その時に大体のことを教わった。その後、城に戻ってから別の家庭教師を雇った」

「……そうなんですか……」

「ああ。十歳からアカデミーに通っていた。その後、父が亡くなり後を継ぐことになったから、単位を取って卒業した」


 ……さらっといっているけれど、きっと大変だったのだろうな……。


「あれ? では、十五歳からは別の家庭教師を雇った、ということですか?」

「そうなるな。執務にも追われていたが……中々忙しい三年間だった」


 十八歳の時まで家庭教師がいたのか……。家庭教師というよりも、相談役だったりしたのかな?


「その人は今?」

「もういない」


 ハッとして口を噤んだ。すると、わたしの表情を見たルーカス陛下が緩く頭を左右に振る。


「国中を見て回るといって、やめていったんだ」

「あ、そっちですか……」


 ちょっとホッとした。だって、あまりにも亡くなっている人が多いから。てっきりその人も……と考えてしまった。それにしても、国中を見て回る、か。わたしもいつか見て回りたいなぁ。


「ところで、私に話があるようだったが?」

「あ、はい。お願いがあるのですが――……」


 わたしはメモした内容を思い出しながら、ルーカス陛下にお願いした。ルーカス陛下は一瞬渋い顔をしたけれど、「まぁ、気持ちはわかる」といってくれた。お母さまたちのことを気に掛けてくれているみたいだ。


「そして、コボルトのことだが……あまり騒ぎにならないように気をつけるように」

「それって……!」

「許可しよう。国民がどんな反応をするのかは報告すること」

「ありがとう! ルーカス兄さま!」


 これでササとセセを連れていける! 嬉しくて声が弾んだ。ルーカス陛下はふっと優しく微笑みを浮かべると、「気を付けて行くように」と最後に言葉をくれた。


☆☆☆


 ルーカス陛下との食事が終わり、わたしは軽い足取りで屋敷に戻った。早速ササとセセに許可が下りたことを教えにいった。ササもセセも、とっても喜んでいた。外の世界を見るのが嬉しいみたい。そんな喜ぶふたりを見て、なんだかわたしまでとっても嬉しくなった。

 お茶会の日時はまだ先だから、その間に充分に用意して向かおう。

 わたしはふたりに「おやすみ」といってから、自室に向かう。セシリーたちに手伝ってもらいながら、ドレスからネグリジェに着替えて、ベッドに飛び込んだ。楽しみ過ぎる! ……正直にいえば、お茶会がどんなものなのかよくわかっていないし、不安もある。ほぼ初対面の人たちとお茶を飲むのだからね。ごろんと仰向けになって天井を見つめた。そして手を伸ばす。


「……待っていてね、お母さま、お父さま、みんな……」


 そして、お茶会が終わったら……。記憶を取り戻してから、ずっと行きたかった。わたしに出来ることを……祈りを捧げることしか出来ないけれど、きっと自己満足なのだろうけど、やりたかった。優しかった両親や、仕えてくれていた人たちにありがとうとごめんなさいを伝えたかった。

 必死に守ってくれたのに、記憶を失ってしまったことを謝りたい。

 幼いわたしが、自分を守るために封じ込めた記憶だと思う。……でも、他の記憶もちゃんと残っているから……。

 わたしを愛してくれていたことを、知っているんだ。

 アクア・ルックスとして生きていた時間のほうが長い。リネットの記憶を取り戻しても、人格が変わらなかったのはきっとそのためだろう。人見知りのリネットが望んだ性格のわたしのままだ。

 そういえば、わたしが彼女に感じた違和感――今日、鏡を見て思ったんだけど、目の色だ。

 記憶を抱えていた少女の目は確かに紫ではあったけれど、薄かった。今のわたしの目は結構濃い紫なんだよね……。


「うーん、目の色が変化するってこと、あるのかなぁ……?」


 ぽつりと呟いたけど、わたしにはわからない。

 ルーカス陛下に許可を得たことで気が抜けたのか、睡魔が襲ってきた。

 目を閉じると、すぐに眠れた。翌日、いつもの時間になるまでわたしはすやすやとぐっすり眠ることが出来た。

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